45:始まった新しい生活





 数分だけの弟が出来た次の日は、待ちに待った中学校入学式だった。


 前世で一度経験したとは言っても、規模が桁違いなのである。

 一般的な入学式と、一緒にしてもらったら困るのだ。


「お坊ちゃま。浮かれすぎですよ。顔を引きしめてください」


「うう、分かっているけど、勝手に緩むんだよ」


 楽しみにしすぎて、顔がだらしなくなっているみたいだ。

 御手洗に注意されて頬を押さえたけど、上手く取り繕えない。


「表情に出していると、旦那様に叱られますよ。今日は来られるのでしょう?」


「みたいだね。いつもは忙しい忙しいって言っているのに、どういう風の吹き回しなんだか」


「シンプルに、成長したお坊ちゃまの姿を見たいだけだと思いますが」


「そんな愁傷なことを考える人だったらいいけどね。あれ? そういえば結局、正嗣は来るの?」


「いえ、絶賛反抗期ですので。行きたいと思っているでしょうが、それを上回る意地っ張りが邪魔をしているでしょう」


「相変わらず、よく分からないことを言うね」


「相変わらず、お坊ちゃまは鈍感ですね」


 こんな感じで御手洗と会話するのも、長い時間一緒にいれば慣れていく。

 何だかんだと言って、まだまだ俺の執事をやってくれている御手洗は、すでに俺にとっていなくてはならない存在にまでなっていた。


 本人に言ったら馬鹿にされるだけなので、1度も伝えたことは無いけど。


 御手洗の言う通り、父親が来るのであれば、顔を引き締めなくては。

 そういう所に目ざといので、見つかったら何を言われるのか分からない。


 俺は緩んだ顔をなんとか引き締め、御手洗の方を見る。


「どう? 上手く作れている?」


「ええ。面白みの無い顔が出来ておりますよ」


 俺の外用の顔は、御手洗には不評だ。

 いや御手洗だけではない、弟や美羽達にも好きじゃないと言われている。


 でも父親には及第点をもらっているので、この顔が1番トラブルなく終わらせられるだろう。

 表情をキープしたまま、俺は校門から中に入る。


 そうすればすぐに、見覚えのある姿が前を歩いているのに気がついた。


「匠!」


「ん? ああ、帝か。おはよう」


 やはり誰よりも大きいのは、匠だった。

 声をかければ、振り返って挨拶をしてくる。


「おはよう。いよいよ、今日から中学生だね」


「そうだな。全く実感わかないけど。ほとんど知っている奴らばかりだろ?」


「そう言わないでさ。同じ学校に通えるの、俺は楽しみにしていたんだけどな。匠は違うの?」


「そんなわけないだろう! これから、また一緒で嬉しい!」


 俺だけが入学式を楽しみにしていたのかと、眉を下げて言えば、大きな声で否定された。

 最近声のボリュームがおかしい気がするけど、まあ小さいよりは聞きやすいから、指摘しないでいる。


「そうだよね。美羽と朝陽と夕陽も一緒だし、またみんなで楽しくやろう」


「……ああ、うん。そうだな。みんなでな……」


「ん? どうしたの?」


「獅子王様、お気持ちお察しします」


「ああ、ありがとう……」


「え? 何? どういうこと?」


 何故か御手洗が匠を慰める。

 そんなに接点の無いはずなのに、どうして俺よりも通じ合っているのだろう。


 少し嫉妬みたいなものを感じて、ジトっとした目を向ければ、大きなため息を吐かれてしまった。


「こちらの教育不足で、申し訳ありません」


「いや、こっちのアピール不足だ。謝らなくてもいい。分からないのならば、自覚させるまで」


「その心意気です」


 完全に会話からはじき出された俺は、手持ち無沙汰だったので、地面を移動しているアリを観察した。


「「何しているのー?」」


「アリを見ている。2人もどう?」


「あはは、みかみか変なのー」


「あはは、今日は意味分からないねー」


 これが意外にも面白くて、熱中して見ていたら、上から声がかかった。

 昔ほどシンクロはしなくなったが、それでも似ている声に、顔を上げずに答えたら爆笑される。


 確かに中学生にもなって、何をしているんだろう。

 今の自分の姿を客観的に考え、これは父親に見られたらまずいと、勢いよく立ち上がった。


「あっぶねー」


「みかみか急に動きすぎー。あごに頭が当たるかと思ったー」


「あ、ごめん」


 そのせいで覗き込んでいた朝陽と夕陽に、もう少しでぶつかるところだったらしい。

 焦った様子もなく、緩い口調で言うから、俺もつられて軽い謝罪になってしまう。

 でも特に気にしていないみたいなので、これで十分なようだ。


 顔を上げると、今日も目に優しくない金色と銀色が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 いつ見ても根元からきれいに染まっていて、手入れをしているだろう使用人の腕がいいのが、よく分かった。

 飽き性の2人だが、今のところは髪の色に飽きる様子はない。


「今日は、それ付けなくても良かったんじゃない?」


「みかみか、何言っているのー?」


「これはもう体の一部みたいなものだから、取り外せませーん」


 俺があげたヘアピンも未だにつけているのを見ると、とてつもなく照れくさいけど、まだまだ気に入ってくれているのは嬉しい。


「髪の方は、怒られなかったの? 前に一度、言われたよね?」


「今回は大丈夫だよー。ちゃんと根回ししておいたからー」


「そうそう。先生もいいよって言ってくれたよー」


 隠そうともせずに根回しを認め、意地の悪い笑みを浮かべている。

 これは小学校の時のように、桐生院先生以外の先生の胃を痛めそうだ。


 まだ見ぬ先生のことを思い、俺は心の中で手を合わせた。

 大人は大変である。


「……あなた達、こんなところで何を騒いでいるのですか?」


「あ、美羽。おはよう」


 道の脇にではあるが、立ち止まっているのは目立っていたようで、美羽がものすごく呆れた顔をして話しかけてきた。


「全く、これから入学式なのですから、きちんとしないと。他の人に示しがつきませんよ」


「みーみーは真面目だねえ」


「そうだよ。まだ時間じゃないんだから、少しぐらいいいじゃん」


「みーみーと呼ぶのは止めなさいと、いつも言っているでしょう!」


「あはは、怒っちゃ嫌だよー」


「そうだよ、みーみー」


「そうだそうだ。みーみー」


「あなたが1番、腹が立つんですよ! 匠!」


 これで勢揃いだ。

 俺は一気に騒がしくなった空間に、心地良さを感じる。


 今日から始まる、中学生としての生活。

 賑やかなものになりそうな予感があった。




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