44:幽霊? 恥ずかしがり屋さん?



「おお、どこだここ……?」


 声の聞こえる方へ進んだら、大きな扉の前にたどり着いた。

 中学校の校舎に入るのは今日が初めてなので、何の部屋なのか分からない。


 でも扉の豪華さから考えて、恐らく理事長室な気がする。

 さすがに中に入るのは駄目か。

 確実に声は中から聞こえてきているけど、勝手に入って怒られるのは嫌だ。



 今回は諦めよう。

 とても気にはなるけど、わざわざ怒られにいくほど馬鹿でもない。

 そう決めると、扉の前から離れようとした。


「……誰かいるの?」


「うおっ……」


 でも何ともまあタイミングのいいことに、俺が行こうとした瞬間、中から声が聞こえてくる。

 どうやら俺の気配を感じたらしい。


 そのまま帰っても良かったけど、驚いて声を出してしまったから、行きづらかった。


「……あなたは誰?」


 扉は開かず、また中から声が聞こえてくる。

 同じぐらいの年齢だと思ったけど、もう少し幼いようだ。

 正嗣と同じぐらいかもしれない。


 その声は扉の近くに来たのか、音量が大きくなった。

 でも、扉を開ける気は無さそうだ。


「あー、えっと、俺は明日からこの中学校に通う生徒なんだ。声が聞こえたから来たんだけど……」


「そうなの? 明日から……」


「そうそう。君は? もしかして、君も明日からこの中学校に通うの? それとも、在校生だったりする?」


 声は幼くても、同い年や年上の可能性はある。

 下に見るのも失礼かと、確認するために聞いてみる。


「ううん。違うよ。あとちょっとしないと、中学生じゃない」


「そっか。それなら、俺の弟と同い年かも」


「弟?」


「そう。2つ下なんだけど、絶賛反抗期なんだよね。まあ、そこも可愛くて仕方がないんだ」


「ふーん。弟のことが好きなんだ」


「うん。大好き。だから反抗期で寂しい。本人には言わないけどね」


 思った通り年下だったので、途端に警戒心が緩む。

 姿は見えないけど、話し方から見て悪い子じゃなさそうだ。

 扉を開けないのは、開けられない理由があるのだと考えて、俺はそのまま話を続けることにする。


「いいな。僕、兄弟がいないんだ。だから、いつも思うの。お兄ちゃんがいたらなって。だから、とっても羨ましい」


「そう? 構いすぎて、うざがられているだけな気がするんだけどね。俺は、いいお兄ちゃんをやっている自信が無いんだ」


「きっと、いいお兄ちゃんだって。僕には分かる。……あのさ」


「ん? 何?」


「えっと……」


 扉の向こう側で、迷っているような様子を感じた。

 何かを言おうとして、でもどうすればいいのか分からずにいるみたいだ。


「遠慮しないで、言ってごらん?」


 だから、俺はきっかけを与えてあげた。

 これで何も話さなかったら、大した話じゃなかったのかもしれない。

 どのぐらい待てばいいのかと考えていると、数秒も経たないうちに、恐る恐るといった感じで声が聞こえてきた。


「えっとね。無理なら無理って言ってほしいんだけどね。……僕の、僕のさ、えっと、お兄ちゃんになってくれないかな?」


「俺が? お兄ちゃんに?」


「あ、駄目なら、全然いいんだ……変なお願いをしちゃって、ごめんなさい」


 聞き返しただけだったのに、慌てたように言葉を撤回しようとするので、俺は落ち着かせるために優しく話しかける。


「違う違う。駄目って言うわけじゃなくてね。うん、分かった。いいお兄ちゃんになれるかどうかは分からないけど、俺でよかったらお兄ちゃんになるよ」


「本当に?」


 いつもだったら、いくら年下の頼みだとしても、お兄ちゃんになるなんて簡単には了承しない。

 でも何故か、その頼みごとを聞いてあげたいという気持ちになった。


「ありがとう! お兄ちゃん!」


 とてつもなく喜んでもらえたので、すぐにそれは間違っていなかったと証明された。


「あ、あと……」


「お坊ちゃま、どこにいらっしゃるのですか?」


 続けて扉の向こうの声が何かを言おうとしたのだけど、それを遮るように遠くから御手洗の声が聞こえてくる。


「あ、やば。完全に怒っている」


 その声は冷静に聞こえるようで、完全に怒っていた。

 さすがに待たせすぎたと、完全に血の気が引く。


「ごめん、俺そろそろ行かなきゃ!」


「え? ちょ、まっ!」


 これ以上待たせたら、何をされるか恐ろしくなる。

 俺は謝罪をすると、その場から立ち去った。

 後ろから引き留めるような声が聞こえたけど、御手洗の方に天秤が傾いたのだ。


「また今度! 会った時に、よろしくね!」


 また今度会った時に、落ち着いて話をすればいい。

 そう思って、叫んでおいたのだけど、それが間違いだと気が付いたのは御手洗に説教をされている時だった。


 そういえば自己紹介をしてもいないし、自己紹介をされてもいない。

 どこの誰かも分からず、向こうも俺が誰なのか分からないのだから、次に会ってもお互いに気づくわけがない。


 きっと引き留めていたのは、名前を聞くためだったのだ。

 初めに、名乗っておけば良かった。

 後悔しても、もう遅い。

 俺は正座をしている足を痺れさせながら、内心で悶えた。


 そしてそれを見た御手洗が、説教に集中していないと、更に正座の時間を長引かせる羽目になった。


 もう二度と会うことの無いだろう、声だけの存在を思いながら、俺は何度も心の中で謝罪を繰り返す。



 やはり俺は、いいお兄ちゃんにはなれなさそうだ。




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