42:それは温かいものです





 次は誰にしようか。

 1人目が上手くいき、勢いづいた俺は次のターゲットを選んでいた。


 候補としては、美羽、匠のどちらかだった。

 朝陽と夕陽とは、この前話したばかりなので、もう少し間を開けた方が伝わると思ったからだ。


「うーん。……美羽にするか」


 悩みに悩んで、そして出した答えは美羽だった。

 理由は単純。

 最近、2人きりになることが無かった。それだけである。


「あとは、どうやって匠達を撒くかだな」


 基本的に5人でいることが多い。

 だから美羽だけを連れ出そうとしたら、かなり目立ってしまう。


 どこに行くんだ。一緒に連れてけ。

 そう口々に言う姿が簡単に想像できて、俺はため息を吐いた。


「2人きりになるなんて、難しいよな」


「誰とですか?」


「美羽と。匠達が絶対に着いてこようとするから、どうやって撒けばいいのかな」


「それなら、今ちょうどチャンスじゃありませんか?」


「チャンスって何が? ……って、美羽!? いつの間に?」


「つい先程ですよ」


 独り言だったのに、返事があるのはおかしいと思った。

 でも悩みの方が大事で、全く気が付かなかったのだ。


「それで、私と2人きりになりたいなんて、どういった用事でしょうか?」


 すぐ隣に立つ美羽は、不思議そうに首を傾げた。


「あー、うーんと、ここじゃ誰かが通るかもしれないから、落ち着いて話をできる場所に移動しない?」


 どうしてここに美羽が一人でいるのかは知らないけど、こんなチャンスはそうそうない。

 俺は断る隙を与えず、美羽の腕を掴んで、屋上へと足を向けた。


 文句の一つでも言われるかと思ったが、大人しく着いてきてくれた。



「わざわざここまで連れ出して、一体何の話をするつもりなの?」


 屋上に着くと、生徒のために設置されているベンチに並んで座った。

 どうやら話の内容が気になるみたいで、ソワソワと落ち着きなく美羽が聞いてくる。


「えーっと、そんな大した話じゃないんだけどね……こうして、2人きりになるの久しぶりだね!」


 チキンな俺は、本題に入る勇気がなく、まずは別の話題を振ってしまった。


「確かにそうだね。入学した当初は、2人でいることが多かったけど、今はとても賑やかだから。いつの間にか、西園寺兄弟が加わり驚いたよ」


「色々あったからね。もしかして、騒がしいのは苦手だった?」


 副会長のイメージ的には、騒がしいのは嫌いそうだ。

 今更ながら無理をさせていたのではないかと思い、慌てて尋ねる。


「ううん。苦手というわけではないよ。たまに突拍子もないことをするけど、それはそれで楽しいし」


 その表情は穏やかで、本心から言っていた。

 嫌な展開は避けられ、俺は安心する。

 ここで苦手だと言われたら、どうすればいいのか困っただろう。


 美羽とも離れたくないし、かといって匠や朝陽や夕陽とも離れたくない。

 どっちつかずかもしれないけど、これが俺の気持ちだった。


「でも、たまにはこうして2人で静かな時間を過ごすのも、悪くないとは思う。帝を独り占めしているみたいで」


 まるでいたずらっ子のように、くすくすと笑って言ったその言葉もまた、美羽の本心なのだろう。

 やはり、最近2人になれなかったことを、気にしていたみたいだ。

 この機会を作って良かった。


「確かに、2人でこうしているのもいいね。昔を思い出す」


「昔って、いつのこと?」


「んー? 初めて会った時のこととか? あの時の美羽は、凄かったからね」


「その話は止めて! あんなわがまま弱虫、思い出したくない!」


 初めて会った日のことは、美羽の中で黒歴史になっているらしい。


 俺からすれば、子供らしかっただけだと思うけど、本人曰くわがまま弱虫だったとのこと。


「でも、あの時会えたおかげで、こうして仲良くなれたんだからさ。忘れるのは駄目だよ」


「ぐうっ。わ、忘れないけど、でもからかうのは止めて!」


「分かった分かった。気をつける」


 そうは言ったけど、たぶんこれからもこの話を止める気は無い。

 俺と美羽が出会い、そして仲良くなった大事な日だから、つい口にして言いたくなってしまう。


「はあ、もういい。ところで、何の話をしようとしていたの?」


「あー、えーっと、忘れちゃった……」


「忘れたあ?」


 色々と言おうと考えていたけど、こうして話しているだけで満足してしまい、何を言おうとしていたのか完全に忘れてしまった。

 それを正直に言えば、呆れた顔をされる。


「わざわざ連れてきたから、大事な話をするのかと思ったら。忘れるってことは、そこまで大事じゃなかったの?」


「俺にとっては大事だったけど、内容はそうでも無いような……?」


「何それ。ふふ」


「ごめんごめん。あはは」


 そのまま2人で笑い合っていると、屋上の入口の方が騒がしくなってきた。


「……おい! 押すな!」


「たっくん、うるさーい」


「うるさいよー」


 何とか声を抑えようとしているのに、全く小さく出来ていない。

 誰がいるかなんて、姿を見なくてもすぐに分かった。


「全く……落ち着いて、話もさせてもらえないとは」


 美羽も分かったみたいで、敬語に戻って大きく息を吐いた。


「よく、ここが分かったね」


「帝に関することは、犬なみの嗅覚を持っていますからね。もちろん私も含めて。抜けがけを許さないってことです」


「何それ」


 また笑っていると、大きな音を立てて扉が開け放たれた。


「イチャイチャ禁止!」


「「2人でコソコソ何をしているのー?」」


 ここにいることに対して、全く言い訳はしないみたいだ。

 堂々と入ってきた姿に、俺と美羽は爆笑してしまった。


「「何笑っているの?」」


「2人きりで、何していたんだ!?」


 それに怒った3人をなだめるために、俺と美羽は立ち上がる。


「はあ、全く騒がしい」


「まあ、仕方ないね」


 これからどうなるかは分からないけど、もう少しこのままで。

 俺は願いを込めて、勢いよく手を空に掲げた。




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