39:実はとても寂しかったようです




「それはそれは、ぜひその場で見てみたかったですね」


「御手洗がいたら、さらにおかしなことになっていただろうから、いなくて本当に良かった」


「そんなことはいたしませんよ。……ああ、でももしかしたら、つい口が滑って色々と話をしていたかもしれませんが」


「本当に連れていかなくて良かった。何で、その猫かぶりがバレないのか不思議すぎる」


「お坊ちゃまとは、経験の差が違うのですよ」


 俺と父親のよく分からないやりとりを終えて、部屋に戻ってくると、野次馬根性満載の御手洗が一連の話を聞きたがった。

 隠すことでもないので、最初から最後まで話せば、出てきたのがこの感想である。


「俺は悟ったよ。父親の前で、もう恋愛系の話は絶対にしない」


「それは賢明です。もう少し早く察するべきでしたが、お坊ちゃまにしては早い方でしょうか」


「なんか普通に馬鹿にされているよね。別にいいけどさ。まさか俺のせいで、父親の再婚と俺の婚約者が先の話になるなんて、全然思ってもみなかった」


 部屋を出ていく前も、父親に念を押されてしまった。

 再婚は絶対にしないし、婚約者はまだまだ早いと。

 頷いておいたけど、どちらも諦めてはいない。


「父親にはいい人を見つけるし、俺もいい人を探す予定だから。そこの所よろしく」


 御手洗が味方になってくれれば、何でも上手く行きそうだ。

 そういう期待も込めて、手を貸してもらうように言うと、何故か首を振られた。


「お坊ちゃま、それは難しいかと」


「え……何で?」


「どちらも邪魔をされますし、バレた場合に待っているのは、悲しい結果ですから」


「邪魔をするって、誰が?」


「そうですね。たくさんの人ですよ。……もちろん私を含む」


「は?」


 その誰かを結局教えてくれなかったけど、手伝ってくれないのは分かった。

 無理やりさせられないから、これは俺一人で頑張るしかないようだ。

 一気に難易度が上がったが、時間はまだあるから、何とかなるだろう。


 俺は楽観的に考える。


「ああ、そういえば……」


 話に区切りがつくと、御手洗が思い出したかのように手を打つ。


「どうした?」


「お坊ちゃまがいない間に、部屋に正嗣お坊ちゃまが訪ねてこられました」


「ん? 何の用で?」


「お坊ちゃまがいないと分かると、何も言わずに部屋に戻ってしまったので、用件がなんだったのかは分かりかねます。ただ、とても思い詰めた表情だったので、早めに話をされた方がいいかと」


 御手洗がそこまで言うのなら、何か重要な話だったのだろう。

 入れ違いになってしまったのは父親のせいだが、わざわざ訪ねて来てくれたのに申し訳ない。


「それじゃあ、今から話に行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 最近、ネガティブになりがちな弟のことだ。

 時間がかかるにつれて、悪化してしまう可能性が高い。


 御手洗に見送られながら部屋を出ると、まっすぐに弟の部屋に向かった。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 しかし、遅かったようだ。


「おーい。正嗣?」


 俺の目の前には、見たことのある光景が広がっている。

 こんもりと盛り上がった布団。

 その中にいるのは、弟だった。


 2年前にも見たことのある光景。

 俺のフォローが遅かったせいで、弟は完全に拗ねてしまったようである。

 そこまで放置していたのかと思ったけど、小学校やら何やらで忙しくて、構えなかったのは確かだ。


 俺は弟に対する申し訳なさから、布団を引きはがすことが出来なかった。

 すぐ脇に座り、なだめるように声をかけて布団を一定のリズムで叩く。


 今回は俺が悪いので、とにかく出てくるまで待つしかない。

 恐らくだけど、構わなさ過ぎて拗ねている。

 こうなったら誰に似たのか頑固なので、長期戦になりそうだ。


 こうして話しかけてから、まあまあな時間が経つのに返事さえしてくれない。


「正嗣。布団の妖精になっちゃったのかな。それはそれで可愛いんだけどね。でもお兄ちゃんは、顔が見たいな」


 決して強制はせずに、弟が自分から顔を出すのを待つ。

 時間はたっぷりあるのだ。

 今まで構ってあげられなかった分、今日はずっと一緒にいようと思う。


「最近、お兄ちゃん、小学校に行くようになってから、正嗣といる時間が少なくなっちゃったよね。本当はいっぱい遊びたいけど、勉強も大事なんだ」


 寝てはいないだろうから、きっと聞いている。


「これからも、ずっと一緒にいることは出来ない。でもだからといって、正嗣が嫌になったわけじゃないからね。大好きだし、大事だと思っているよ」


 下手にごまかしても、弟にはバレてしまう。

 だから冷たい言い方になってしまうけど、本当のことを話す。


「正嗣も、俺以外の人と仲が良くなっていくだろうね。それは寂しいことでもあるし、でも嬉しいことでもある。たくさんのことを知って、世界が広がるんだからさ」


 西園寺兄弟の話に似ているが、いつまでも2人きりの世界に閉じこもれるわけがない。

 それは俺と弟でも当てはまることだ。


「そういえば正嗣のおかげでね、双子の子と仲良くなることが出来たよ。相談に乗ってくれてありがとう」


 ここで選択を間違えたら、共依存の関係になってしまう。

 そんな未来がはっきりと見えてしまい、俺は弟の思考を言葉で塗り固めていく。


「正嗣が小学校に通うようになったらさ。いいや、こらからもしも友達が出来たらさ、お兄ちゃんに紹介してよ。俺もそのうち、誰かを紹介するから。一緒にどこかに遊びに行くのもいいね」


 布団の中が動き始めた。

 俺はそれについて気にしないふりをして、話を続ける。


「たくさんの人と出会って、そしてたくさんの人と別れる。でもね。これだけは覚えていて」


 もうすぐ、出てきそうだ。


「俺と正嗣は、一生家族だよ。絶対に変わることは無いし、俺が正嗣を捨てたりすることなんて一生無いから」


 まあ、弟が俺を捨てる可能性はあるけど。

 自嘲気味に笑うと、布団の隙間から真っ赤に目をはらした弟の顔が覗いた。


「おにいちゃん」


「どうした?」


 泣きすぎたせいか、舌足らずな声。

 俺を視界に入れると、顔が歪んだ。


「おにいちゃんは、たまにいじわるいうね」


 その言葉に、俺は頭を撫でることで返事をした。


 弟の言うとおりだ。

 俺は、とても酷いことを言った。

 それは分かっているが、取り消すつもりは無かった。


 そうしないと、弟が俺に執着しすぎてしまう。

 そんな気がしたからだ。



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