38:久しぶりに父親と話をしましょう




「もう一度言う。私は今のところ再婚をする気はない」


「は、はい。でも……もし、そうなったら言って欲しいだけで……」


「今のところ、じゃないな。絶対に再婚はしない」


「でも、いい人とか、紹介されたり……」


「もしかして、誰かに何かを言われたのか? ……全く。帝は何も心配をしなくていい。誰に何を言われても、私を信じなさい」


「えーっと、はい……」


「それならいい」


 ものすごい食い違いがある気がするけど、俺はとりあえず頷いておいた。


 たぶん父親の中では、再婚をさせようとしている人の誰かが俺に余計なことを言ったと思っている。

 きっとこれから、全てのそういった話を蹴ってしまうだろう。


 そのうち落ち着くだろうけど、父親の再婚が遠のいてしまったわけだ。

 完全に俺のせいで。

 何てことをしてしまったのだと頭を抱えたくなったが、今は父親が目の前にいるので出来なかった。


 落ち着いたら、御手洗に協力してもらい、それとなくいい人を探そう。

 俺が責任を持って、父親に幸せになってもらわなくては。




 俺の決意も知らずに、目じりを下げた父親は、手招きをする。


「こちらに来なさい」


「は、はい」


 脱線してしまったが、最初は父親が俺を呼んだのだった。

 何の用だと、警戒しながら近づく。


 手を伸ばせば触れる距離にまで行くと、俺はここまででいいだろうと立ち止まる。

 不服そうな顔をされたけど、これ以上近づくなんて、精神的に無理だ。


 実はまだ少しだけ苦手意識が残っているので、今部屋に2人きりという状況にも緊張している。

 御手洗がいてくれれば、頼もしかったのに。

 きっと部屋に待機しているであろう御手洗に、テレパシーで助けを求めているが、エスパーでもないので届くわけもなかった。


「……前のように、膝の上にのっても怒らない」


「一度ものったことはありません」


「そうだったか?」


 仕事のし過ぎで、頭がおかしくなったのだろうか。

 まるで、桐生院先生のようなことを言ってくる。

 俺は冷静に切り返すと、そのままの状態で話を聞く。


「学校はどうだ? 上手くやっているのか?」


「ええ。家で勉強していたおかげで、今のところ問題はありません」


 さすがクラスメイトの大半が、名のある家の子供だからか、小学校といっても普通のところと全く違う。

 1+1=2なんて、そんな計算を初めにするわけがなく、すでにレベルは中学生ぐらいのものだ。

 大体の家に家庭教師がいるので、それについていけない人は今のところいない。


 俺も英才教育のおかげもあり、たぶん今度のテストではいい点が取れるはずだ。

 一ノ宮家の長男として、落ちこぼれは許さない。

 父親が言いたいのは、そういうことか。


 俺は安心させるために、先回って言った。

 でも、一番じゃなきゃ許さないと思っていそうだから、御手洗に頼んで勉強する時間を増やしてもいいかもしれない。


「……それは心配していない。そうじゃなくてだな」


 どうやら俺の予想は間違っていたようで、父親は苦虫を噛み潰したかのような顔をした。


「そうでしたか。それじゃあ、どういったことでしょう?」


 勉強以外となると、他に何があるだろう。

 考えるよりも聞いた方が早いと、率直に尋ねた。


「あー、そのだなあ。……友達は出来たのか?」


 歯切れ悪く返ってきた答えに、俺はすぐに納得する


 なるほど、そっちか。

 小学校には多種多様の企業の、子供達がいる。

 だから、一ノ宮家のビジネスに有利に働くような人と、今のうちに知り合って仲良くしておけと言いたいわけだ。


 全くもって回りくどい。

 そういう基準で友達を選びたくはないけど、父親の期待にも出来る限りは応えたい。

 高校生になる前に、使えない人間だと判断されたら、容赦なく捨てられるだろう。


「ええ。同じクラスには皇子山家の美羽もいますし、後は獅子王家と西園寺家の人とも仲良くさせてもらっています」


「そうか……」


 どの名前も、名家。

 これなら父親も納得するかと思ったら、微妙な顔をしていた。

 まだまだ他にも、パイプを作っておけということか。


 俺は言葉にはしないそれを察して、ビジネスな知り合いも作ることを目標とする。

 これから先、必要になっていくだろうから、父親に言われなくても、いずれはしなきゃいけなかったことだ。


 もしも破滅を回避出来た時。

 それ以降のことも考えて行動していかなくては、いずれ全てを台無しにする可能性も否定出来ない。

 今のところの目標は破滅回避だけど、人生の目標は天寿を全うするだ。


 孫やひ孫に囲まれて、ベッドの上で穏やかに死にたい。



 そういえば俺には、許嫁みたいな存在が出てくるのだろうか。

 父親と母親だってそうだったのだ。

 普通であれば、恋愛結婚なんて許されない。


 きっと家柄が釣り合い、いいビジネスパートナーになるような家のお嬢様をあてがわれる。

 でも俺はそれに、不満はなかった。

 出来れば優しい人がいいが、俺を好きになってくれて一生一緒にいてくれるのならば、条件なんてつけない。


 今から、候補を探して婚約者になるのもいいかもしれない。

 前世では誰とも付き合ったことがないから、女の子との甘酸っぱい日々を過ごせるなんて、なんて魅力的だろうか。


「お父様……」


「何だ?」


 そうと決まったら、早く話を進めてしまおうと、俺は提案をする。


「俺にも婚約者が必要でしょう。そろそろ候補を選び出した方が、いいと思います」


 何故か父親の手から、書類の束が床に落ちた。

 手元が滑ったのか、床にちらばってしまったそれを、俺は慌てて拾う。


 俺が拾っているのを、ただ眺めていた父親が、突然俺の腕を掴んだ。


「な、何ですか?」


 腕じゃなくて紙を拾ってくれ。

 そう思いつつも口に出さなければ、体を小刻みに震わせていた父親が、静かな声ではっきりと言った。


「婚約者を選ぶのはまだ早い」


「……えーっと、でも……」


「私の目が黒いうちは、そういう人を選ぶことは無い。分かったな」


「は、はい」


 頑なな態度に、また選択肢を間違ったと、俺は感じた。


 こうして俺の女の子との交流の機会は、遠のく結果となってしまった。





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