37:上手くいった報告と




「そうか。上手くいったんだね。良かった」


「はい。龍造寺さんのおかげです。今度ぜひ、お礼をさせてください」


「俺は特に何もしていないよ。頑張ったのは、帝君だ。でもそうだなあ、お礼と言うわけじゃないけど、今度遊びにおいで。弟も、話をしに来るのを待っているからさ」


「話すって、俺が一方的に話しかけているだけですけど。それでいいんですか? そろそろ、うるさいって怒られません?」


「あはは! 絶対にそんなことないから。むしろ最近来ないから、元気無くなっているよ。帝君が来てくれれば、とても助かるな」


「ええと、それなら」


 西園寺兄弟と上手くいったことを、龍造寺さんに報告すると、まるで自分のことのように喜んでくれた。

 お礼をしたいと言えば、家に遊びに来るように言われる。

 俺からしたら、お礼のうちに入らないけど、それでいいと言われたのだから他のことは望まないはずだ。


 龍造寺さんの弟さんとの交流は、いまだに扉越しで続いている。

 未だに姿を見たことも、話をしたことすらないけど、それでも龍造寺さんにとっては満足いくものらしい。

 あまり何度も話には行けないけど、楽しみにしてくれるのであれば、話に行く甲斐がある。


 俺としても、愚痴や悩みを相談してストレス発散する場所になっているから、話が出来なくなるのは精神的に辛い。

 だから大歓迎してもらえるのは、とても嬉しい。


「それじゃあ、今度の休みの日に伺います。本当にありがとうございました」


「うん、楽しみに待っているよ。連絡よろしくね」


「はい、それじゃあ。また今度」


 電話を切ると、傍に控えていた御手洗が、そっと紅茶を差し出してきた。

 電話が終わるのを見計らっていたような、ちょうどいいタイミングに、最初は驚いたけど今は慣れたものだ。


「上手くいって良かったですね」


「うん。本当に良かった」


「やはり、お坊ちゃまは人たらしの才能があるのかもしれませんね」


「だから、そんなのは無いって。龍造寺さんのアドバイスのおかげ。ああ、あと御手洗が選んでくれたヘアピン、とても喜んでいた。ありがとうね」


「いたみいります。しかし、私が選んだというよりも、お坊ちゃまが選んだと言った方が、喜んでいただけるはずですよ」


「何で? 御手洗が選んだんだから、俺は色々な候補を出しただけだよ? 別に誰が選んだって、喜びが変わるわけがないでしょ?」


「私は、お坊ちゃまがたまに分からなくなります。天然でも作り物でも、どちらにしても末恐ろしいですね」


「……ありがとう?」


 よく分からない評価をもらい、とりあえずお礼を言って置いたら、呆れた顔をされた。

 よく分かっていないでお礼を言ったのは、バレバレなようだ。


「それでは問題を解決したところで、まことに恐縮なのですが……」


「え、何?」


 眉を下げて残念というような顔を作った御手洗に、嫌な予感がした。

 わざとらしいその態度は、これから俺に降りかかるだろう面倒ごとに対して、面白がっているのがすぐに読み取れる。


「今度は何? 何かあった?」


「そこまで大したことではありませんよ。ただ」


「ただ?」


「旦那様がお呼びです。書斎に来るようにと」


 書斎に呼び出された。

 それだけなら特に変な話ではないけど、わざわざ御手洗を使ったことが、いつもとは違う。


「何の用?」


「さあ、そこまでは私には教えてくださりませんでしたので。直接聞いて確かめたらいかがでしょうか」


 完全に楽しんでいるし、何かあったら見捨てる気満々の御手洗は、他人事のようにそっけなかった。

 まあ、他人事なのだけれど。







 書斎の部屋の中。

 目の前で書類を見ている父親は、俺が部屋に入ってきてから、もう十分ぐらい口を開いていない。

 ノックをした時は返事をしたし、俺がいることは分かっているはずなのだけれど。


 仕事に夢中で、俺の存在は忘れ去られてしまったのだろうか。

 それなら、手が空いている時に出直そうかと思ったが、話しかけるのでさえもためらってしまう雰囲気だった。


 椅子に行儀よく座っていても暇はつぶせないし、やることが無いので、書類と格闘している父親の姿を眺める。

 2年という月日は、俺や弟といった子供だと変化があるけど、父親の姿にあまり変わりはない。


 2人の子供がいるとは思えないぐらい若々しいし、仕事も出来る。

 容姿も優れていて、結婚相手としては優良物件のはずだ。

 きっと周囲にも再婚を勧められているはずで、それがビジネスに繋がる可能性もある。


 それなのに未だに再婚をする気配がないのは、やはり死んだ母親が理由なのだろうか。

 俺の記憶の底の方にある母親は、とても優しい人だった。

 政略結婚だったはずなのに、父親と本当に愛する関係性になったのは、母親の力が大きいはずだ。


 俺や弟にも優しく接してくれて、この家には無くてはならない存在だった。

 だからこそ突然の死に、父親も俺も弟も荒れて、物語では最悪の事態を生み出す羽目になった。


 母親の存在は大きい。

 でも、その傷はゆっくりとだが癒えていくはずだ。


 いつかは母親の代わりではないが、心から寄り添える人を連れてきてくれるのだろう。

 そうなったら、悪い人じゃない限りは受け入れられると思う。


 さすがに父親を取られるとか、そんな子供みたいなことを言うつもりは無い。


「……何を考えている?」


 妄想をめぐらせていたら、いつの間にか書類見終えた父親が、声をかけてきた。

 俺は考えていたまま、返事の代わりに自然と言葉が出る。


「もしもいい人がいましたら、遠慮なく紹介してくださいね」


「……は?」


 父親の声が低くなり、それが間違いだと気がついた。




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