33:まさかの相談相手




「……相談相手って、本当に……?」


「ええ。私がいたら話しづらいでしょうから、2人でどうぞごゆっくり」


「え、えー」


 俺は連れてこられた先の部屋の前で、何度も御手洗に間違っていないのか確認した。

 それぐらい部屋の中の主はありえないと思ったのだけど、御手洗は涼しい顔で俺を置いていった。


 1人取り残され途方に暮れるが、部屋の扉を見つめて、渋々ノックをする。


「……誰?」


 すぐに中から、警戒心が最大の返事が聞こえてきた。


「俺だよ。入ってもいい?」


「うん! 良いよ!」


 でも俺だと分かれば、パッと明るいものに変わる。


「入るね」


 もう一度声をかけて扉を開けた先には、キラキラと輝いた表情をしている弟が待ち構えていた。



 御手洗は相談相手に選んだのは、何故か弟だった。

 双子でもないし、年下だし、体の大きさが似ているぐらいで、相談にとても向いているとは思えない。


 それでも、御手洗が言うのだから間違いは無いのだろう。

 不安に思いながらも、御手洗への信頼から俺は相談をすることに決めた。


「どうしたの? お兄ちゃん?」


 特に約束もなしに部屋に来るのは久しぶりだからか、いつもよりテンションが高い。

 その姿にあまり構ってあげられなかったと謝りたくなるが、今は先に解決するべき問題がある。


「ちょっと話がしたいんだけど、時間大丈夫?」


「うん、大丈夫!」


 その手元には勉強していた痕跡があったけど、大丈夫と言ってくれたのだから、遠慮なく話をさせてもらう。

 ソファに座って、俺は弟をまっすぐに見る。


「あのね、お兄ちゃんと同じクラスの子の話なんだけどね」


「うん」


「その子達は双子で、いつも一緒。同じ格好をして同じことを話している。そして時々、入れ替わって遊んでいたりもする」


「うんうん」


 まだ5歳の弟に、何を真剣に相談しているんだって思うけど、きちんと聞いてくれているので良かった。


「2人は見分けてほしくないらしくて、でもお兄ちゃんは、何となく分かっちゃうんだ」


「お兄ちゃんすごい! さすがだね!」


「そんなことないよ。それで見分けられたことに気がついた2人が、どうして見分けられたのか聞いてきたの。でもお兄ちゃんには、はっきりとした答えがない」


「ふむふむ」


「……お兄ちゃんは、2人になんて答えてあげるのが正解なのかな?」


「うーん」


 腕を組んで難しい顔をした弟は、そのままうなる。

 やはり難しい話だったか。

 俺はそんなに考えなくてもいいよ、とそう声をかけようとしたのだけど。


「その人に会ったことがないから、僕にはくわしく言えないけどね」


 何かしらの答えが出たのか、ポツリポツリと話し出す。


「2人は、どこかで分かっているんじゃないかな。似ているけど、違う人間だってことは」


「たぶん、そう。でも認めたくないみたいなんだよね」


「うーん。今までは、ずっと2人でいたから、離れ離れになりたくないんだよ」


「まあ、そうだよね。それじゃあ、見分けたのはたまたまだって言えばいい?」


「ううん。それはダメ」


「駄目?」


 まだ5歳なのに、とてつもなく頼もしい。

 俺はいつの間にか、対等に話し合っていた。


「ずっとそのままじゃダメ。いつか別になるんだから、早めに別になった方がいいんだよ」


「早めにか……でも、もう少し大きくなったら、別になるんだけど。それまで、そっとしておくのは……」


「現実を知るのは、早い方がいいの」


 弟が、とてつもなく成長している。

 同い年の子供より、下手をすれば俺ぐらいの歳の子供よりも、ずっとずっと大人びている。


「お兄ちゃんが気がついたのならさ、お兄ちゃんが教えてあげなよ」


「俺が? どうやって?」


「二人は別々の人間だけど、でもずっと一緒にいたんだから、誰よりもずっとずっと仲が良いって。同じになったら、一緒に遊んでも一人。でも別々なら、いーっぱい楽しいことを一緒に出来るでしょ」


「……そう、だね。俺に教えられるかな」


 とても的確なアドバイスをしてくれた弟は、こぼれてしまった弱音に対して、聖母のような微笑みで答えてくれる。


「お兄ちゃんなら大丈夫。今までも、色々な人を助けてきたからね」




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「どうでしたか? 問題は解決しましたか?」


「……俺の弟は、聖母だった……?」


「良い感じに、頭がおかしくなっておりますね。正嗣お坊ちゃまは、正真正銘お坊ちゃまの弟です。聖母ではございません」


 見事、弟に浄化された俺は、穏やかな気持ちで部屋から出た。

 出迎えてくれた御手洗が、冷静にツッコミを入れてくる。


「……そうだよね。ごめん。おかしくなってた。聖母は龍造寺さんだからね」


「まだおかしいですね。龍造寺さんも、れっきとした人間の男性で、聖母ではありません。……頭を叩けば直りますかね?」


 そのままボケたら、すっと手を上げたので、確実に叩かれると思い、俺は慌てて真面目に戻る。


「嘘嘘。大丈夫だから。弟の成長に喜んで、ちょっとテンションが上がっていただけ。叩かなくても、ちゃんと直るから」


「そうですか?」


「なんで残念そうな顔をするの。俺は昔のテレビじゃないんだから、叩いて直らないから」


「はいはい、分かりました。聖母だとおっしゃるぐらいですから、いい答えを出してもらえたのでしょう。明日は大丈夫ですか?」


 なんだかんだと言っても、御手洗は心配してくれたみたいだ。

 本当に分かりづらいけど、それでも一緒にいるうちになんとなく感じるようになってきた。


「うーん、そうだな。色々と教えてくれたから、何とかなりそうな気がする。うん、頑張る」


「まあ、ほどほどに頑張ってくださいお坊ちゃまは力みすぎると、空回りするタイプですからね」


 御手洗なりの最大限の激励をもらい、俺は明日西園寺兄弟と話をする勇気をもらった。




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