32:俺を巻き込まないで、勝手にしてください




 双子だから、一つにならないといけないと思っているらしい。

 そう考える根拠が分からないけど、本人達は真剣なのだから、他人が口出しできることではない。


 そう思って、そっとしておこうとしていたのに。


「ねえねえ、早く答えてよ」


「黙ってても駄目だよ」


「「話すまで帰さなーい」」


 わざわざ自分から、話題にしなくてもいいのに。

 俺は、出来るだけ気付かないふりをしたのだ。

 これはもはや、八つ当たりされているのと同じだと思う。


「ねえねえ。無視は酷いんじゃない?」


「性格悪いよ? 聞かれたことには答えてくれなきゃ」


 全く帰してくれる気の無い2人に、俺はそろそろ隙が出来てこないかと様子を窺っていた。



 双子の見分け方なんて、実際のところ、よく分かっていない。

 何となく違うなと思うだけで、これといった理由は無いのだ。


 それを説明しろと言われても、言葉に出来ないから困っている。

 分かっていれば、拘束された時点で話していただろう。



 物語を読んでいて、西園寺兄弟のことを少しは知っている。

 そっくりに産まれたから、幼少期は自分達でさえ見分けがつかなくなったことがあったらしい。


 でも段々と自我が生まれるうちに、お互いが別の人間だというのに気づいてしまった。

 その衝撃は本人達にしか分からないが、性格がねじ曲がってしまうほどだったようだ。


 元々一つだったはずなのに、別々の人間に変わってしまう。

 成長するにつれて、家族はおろか他人にも見分けられてしまう。


 それが、2人には我慢ならなかった。

 そういうわけで時々入れ替わって、誰にも気づかれないのに安心しているというわけだ。

 遊びは高校生まで続き、完全に見分けられる転入生に出会い、考え方が変わる。


 双子ではあるが、別の人間。

 そう思うようになり、徐々に自分の好きなような格好をして、好きなように生きていく。



 だから、今ここで自我を芽生えさせたらどうなってしまうのか。

 全くもって、予想出来ないのだ。

 本当だったら味方になってもらうために、俺に懐いてもらった方が良いのかもしれない。


 でもこういったデリケートな問題は、一歩でも間違えると、一生仲良くなる機会を失う可能性がある。

 御手洗と作戦を練ってから、この2人には立ち向かいたかったのだけれど。


 1人で、ここで何とか頑張るしかないのか。

 俺は掴まれた腕を少し動かして、そして力の加減を確認する。

 これなら、何とか抜け出せそうだ。


 ここで口を開いたところで俺に不利益しかないのだから、とりあえず一時撤退しかない。

 タイミングを計り、俺は油断させるために口を開く。


「どうして2人を見分けられたか。知りたいんだよね」


「やっと話してくれる気になったの?」


「もう、こっちだって時間が無いんだから、早くしてよね」


 俺が話す気になったと思ったのか、油断したみたいだ。

 拘束する力が緩んで、俺の前に回り込んできた。


「それで?」


「どうやって見分けたの?」


「それは……」


 よし、ここだ。

 俺は腕を振り払うと、両手を顔の前で合わせて逃げる。


「ごめん! 今は言えない!」


「ちょっ!」


「うわっ!」


「本当にごめん!」


 ちょうどいいタイミングだったようで、あっさりと逃げ切れた俺はもう一度謝ると、その場から走り去った。


「「ぜーったい、逃がさないんだからー!」」


 後ろで不穏な言葉が聞こえてきたけど、今は逃げるが勝ちだ。

 そのまま振り返ることなく、何とか逃げ切った。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「というわけで、一緒に作戦を考えて。御手洗!」


「全く、お坊ちゃまは次から次へとトラブルを持ち込んできますね」


 御手洗の大きなため息に、俺は眉を下げた。


「俺だって、巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃない……しかも今回に至っては、向こうから因縁をつけてきたんだから」


「しかし元はと言えば、お坊ちゃまが原因なのでしょう」


「ぐぬうっ。で、でも変なことを言わないように、頑張って逃げてきたんだから」


「当たり前です。下手なことを言って、もしも酷い状況に巻き込まれていましたら、笑い転げるところでしたよ」


 笑い転げることなんて絶対にありえないが、それぐらい馬鹿にしたということだろう。

 俺は逃げきれて良かったと、今更ながらに安堵した。


「今日は一日、疲れた。何とか一人にならないように、美羽と匠にくっついていたら、様子が変だって言われたし」


「いつもはほどほどの距離を保っている人が、そういった状況になれば、不思議にも思うでしょう。まあ、彼らにとっては、ご褒美だったから深くは考えなかったのかもしれませんが」


「確かに、なんか照れていたかも。俺だったら、四六時中くっつかれていたら、だんだんと煩わしくなると思うけど」


「お坊ちゃまは、分かっているようで分かっていませんね。もしかして前世では、恋人がいませんでしたか?」


「な、何言っているの? 今、別にそんな話していないよね?」


「ええ、そうでしたね。すみません。……ふふ」


 完全に図星をつかれて、俺は焦りから変な態度をとってしまった。

 御手洗にはバレバレで、耐え切れないといった感じで笑われる。


「と、とにかく! ずっと美羽や匠にくっついているわけにもいかないし、絶対に一人になる時間があるから。今日のうちに、どうすればいいか考えておこうと思って!」


 恋人がいないなんて、前世では珍しいことじゃなかった。

 特に今と違って俺の顔は、平凡も平凡だったのだから仕方が無い。


「ふふ。かしこまりました。……しかしですね。私には良いアドバイスが出来る問題では無さそうです。ここは別の人に聞いた方が早いでしょう」


「別の人? 誰かいた? 桐生院先生とか?」


「あれは駄目です。お坊ちゃまの身近にいる人ですので、今からでも聞きに行きましょうか」


「今から?」


 強引な御手洗に、俺はどうすることもなく、黙ってついていくことしかできなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る