29:え、そっちが?



「黙りなさい、変態」


「お前こそ、なよなよしているくせに生意気なんだよ」


「……あのさ、二人とも落ち着いて?」


 一触即発。

 顔だけなら美少年が睨みあっている状況に、俺は間で、ただうろたえることしか出来なかった。


 この状況は、もしかしなくても俺が悪いのか。

 途方に暮れながら、俺は美羽と獅子王が争っているのを見つめた。



 美羽が怒っていたのは、獅子王と仲良くなったから。

 あれを仲良くなったと言っていいものなのかと聞きたいけど、美羽の目にはそう映ってしまったわけだ。


 そして獅子王が怒っているのは、完全に美羽の言葉のせいだろう。

 急に俺に近づくなと言われれば、言った相手に嫌な感情を抱く。


 お互いがお互いに、そりが合わないというのか、歯車が合わないのか、会話をしていて全く良い結果を産んでいない。


「もうあなたとは話しが合いません! 帝に悪影響です!」


「そんなことを言うなら、お前だって腹の中は真っ黒だろ! 天使を汚すな!」


「変態に言われたくないです!」


「俺は変態じゃない! 天使を見守る役目をしているだけだ!」


「それが変態なんですよ!」


 これはもう収拾がつかない。

 誰かに助けを求めようにも、遠巻きに見ているばかりで、何の役にも立たなそうだ。


 ずっと言い合っている2人の姿に、こういうのをまさに犬猿の仲というのかと考える。

 会話のテンポが良いから、喧嘩しているのに完全に仲が悪く見えないのが面白い。


 現実逃避にも似た感じで、2人を分析した俺は助けを求めて、桐生院先生を探しにその場から離れた。

 言い合いに夢中で、俺が抜け出すのは全く気が付かれなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「……っていうことがあってさ」


「それは、ぜひ実際に見てみたかったですね」


「実際にその場にいたら嫌になるはずだよ。今でも耳が痛いし」


 家に帰ってきて、御手洗に一連のことを話せば、傍観者の立場としての感想が返ってきた。

 俺は疲れ果ているので、ぐったりと椅子にだらしなく座っていた。


 苦労を分かってくれたのか、はしたないと怒られない。


「結局、桐生院先生が抑えてくれたけど、その報酬に今度遊びに行こうって言われたんだ。行ってもいい?」


「後で絞めておきますので、行かなくても結構ですよ」


「分かった、そうする。でも助けてくれたから、お礼はしておかなきゃ。俺の小さい時の写真渡したら喜ぶかな?」


「今の写真でも喜びそうですけどね。しかし、わざわざ餌を与えるなんて、慈悲深いと警戒心がないは、全然違いますよ」


「気をつける……でも、俺の周り変人が多過ぎるよ」


 その中には御手洗も含まれているが、決して口には出さなかった。


「類は友を呼ぶ、と言いますからね。お坊ちゃまの性格に問題があるのでは?」


「本当、最近遠慮が無くなってきたよね」


「お坊ちゃまが、そう望んだのでしょう?」


「まあ、そうだけど。今までボロを出さないっていうのも、さすがだよ。いつお父様や、正嗣にバレるのかと冷や冷やしていたのに」


「私はお坊ちゃまほど、楽観的のおっちょこちょいではございませんので。何度、バレそうになったところを、私が助けたことか」


「ぐう……それは言わない約束」


「失礼。つい口が滑りました」


 2年も経てば、色々なことがある。


 御手洗と話している時に、正嗣がノックも無しに部屋に入ってきたり。

 秘密の隠し部屋が、父親に気づかれそうになったり。

 前世にしかない建物や人物、歴史を口にしてしまったり。


 主に俺がやらかして、それを御手洗が何とか誤魔化してくれた。

 もしも御手洗がいなかったら、すぐにバレてしまっただろう。


「……それにしても美羽と獅子王が、あそこまで仲が悪くなるとは思わなかった。たぶん物語の中では、表面上は仲良くしていたはずだったけど」


「確か、小学校は同じではなかったと。性格も違っているようですし、原作から改変されているのかもしれませんね」


「性格は……まあ、うん。どっちもどっちか……うん。でも改変されているってことは、俺の未来も変わる確率が高くなるよね」


 それは俺にとって希望だ。

 物語補正が入る可能性があれば、俺が何をしたって無駄になる。

 しかしここまで変わったことがあるということは、補正は入らないかもしれない。


「そうですね。しかしそれと同時に、別の可能性も出てまいります」


「別の可能性?」


「誠に言いにくいのですが、お坊ちゃま以外の人間が破滅するという可能性です」


「……どういうこと? 俺以外が破滅?」


「ええ。もしかしたらお坊ちゃまは生徒会長になれず、誰か代わりの人がなるかもしれません。そしてその方が、リコールをされる可能性もあります」


 その可能性は、全く予想出来ていなかった。

 俺はこのまま生徒会長になるのだと、勝手に思っていた。


「そっか。それもそれで、いいのかな。その人には悪いけど」


「……お坊ちゃま、それが皇子山様になるかもしれません」


「美羽が? どうして?」


「皇子山様の家は、一之宮には劣りますが、他と比べますと群を抜いています。向上心もありますし、生徒会長にもなりやすい。今は獅子王様と犬猿の仲なのは彼の方なのでしょう。条件が、彼の方が当てはまっているというわけです」


 自分がリコールされないのなら、別に生徒会長という立場にこだわってはいなかった。

 でもそんな話を聞いてしまったら、考えは変わる。

 俺が不幸にならない代わりに、誰かを不幸にはしたくない。


「……俺は、生徒会長になる。それで、リコールされないようにする」


 決意を込めて、俺は力強く言う。

 まずは、早くやっておくべきことが出来た。


「美羽と獅子王に、仲良くしてもらわなきゃ」





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