19:別荘と見知らぬ? 青年と




 どうしてこうなった。

 俺は自室とは違うベッドの上で、頭を抱えていた。


 もう一度言おう。


「どうしてこうなった」


 ここは、一之宮家が所有している別荘の中の一つ。

 その別荘の俺にあてがわれた部屋だった。

 なんでこんな所に、現在いるのかというと。


「俺は健康優良児ですう」


 体調不良勘違い事件の結果だ。




 あの後、何とかヘリを飛ばしたり救急車を呼ぶ事態は回避出来た。

 さすがにまずいと思ったのか、御手洗が遅い助け舟を出してくれたおかげだ。

 常駐の医者を連れてきてくれて、パニックになっていた父親と弟を落ち着かせた。


 連れてきた医者は体調不良ではないと言ってくれて安心したのだけど、それに続く言葉がまずかった。


「体の面では不調はございません……ただ、奥様が亡くなってしまい、精神的に参っているのかもしれません。少し静かな場所で、休まれた方がいいかと」


 精神的には参っていたけど、決して母親の死のせいではない。

 でも御手洗以外は、そう思ってくれなかった。


 あれよあれよという間に、別荘に静養する手筈が整えられ、次の日にはここに来ていた。

 お金持ちならではのスピードに、俺は口を挟む隙が無かった。


 見渡す限り木々があり、鳥がさえずる声が聞こえてくるような、そんな場所にある別荘。

 確かに落ち着ける場所なのかもしれないけど、落ち着いている場合じゃない。


 まだまだこれから先のために、色々と準備をしておきたいところなのだけど。


「まあ、来てしまったものは仕方がありませんよ。別にここでも、やれることはございます」


「原因は御手洗にあると思うけど……そうだね。一週間だっけ? 少し落ち着きながら、考えてみるのもいいのかもね」


「その意気です。旦那様も正嗣お坊ちゃまも、ここにはいません。ゆっくりと考えるには、最適な場所でしょう」


 御手洗の言葉を聞いて、考えを改めた。


 ここには仕事上の都合や、護衛の都合で、父親と弟は来られなかった。

 ものすごく機嫌が悪くなっていたし、ものすごく駄々を捏ねていたから、もしかしたら遊びには来るかもしれない。


 わざわざ出迎えるのも、とてつもなく面倒くさい。

 2人の相手は御手洗に任せるか。

 どうせ護衛が着いてくるだろうから、別荘に置いていっても何の問題もないはずだ。


「よし、外に行こう」


「何の脈絡もございませんね。お気をつけてください。私は昼食の用意をしておりますので、お昼には帰ってきてくださいね。……もし1分でも遅れれば、あなたのご飯は抜きですから」


「……あれ? 俺の執事だよね……?」


 俺の考えていることを分かっていての言葉だけど、最近態度を隠そうとしなさすぎる。

 これで、もし他の誰かに見られたら、不敬だと言われてクビになってしまうのではないか。


 まだ俺の執事でいてくれると言ったのは、嘘じゃないだろうけど、どうなるかは誰にも予想出来ないのだ。

 そのうち注意しておいた方がいいか。

 今日のところは、まだ怖いから、いや忙しいから後にしよう。


「……えーっと、いってきます」


「はい、いってらっしゃいませ」


 優しく見送ってくれた姿に、少しくすぐったい気持ちになる。

 なんだかんだといって、優しいところがある。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 そうして意気揚々と出かけた俺だったのだが、


「あ、はははは。…………迷った」


 森の中で迷子になっていた。


 周りには木しかなく、そして護衛がいない。

 色々と探検しているうち、撒いてしまったみたいだ。

 一流の人間なはずなのに、俺って凄い。


「……って、そんな悠長なことを、考えている場合じゃなかった」


 何も持っておらず、誰もいない。

 それだけならまだいいけど、きっと護衛は別荘に血相を変えて戻っているはずだ。

 さすがの御手洗も、俺の迷子には悠長なことを言っていられない。


 そうなると待っているのは、


「そ、壮大な山狩り……!」


 俺の頭の中では、ヘリが何台も飛び、自衛隊が出動、警察の重要なポストの人達まで動くような、そんな騒ぎが簡単に想像出来た。


 無理だ、恥ずかしすぎる。


 俺は早く別荘に帰ろうと、必死に歩いた。




 そして辿り着いた先は、川。


「何でだ……俺は方向音痴なのか……?」


 自分の思いつくままに歩いたのが悪かったのか。

 全く見覚えのない場所に、さらに迷子になったのだと分かった。


 俺は川の近くに寄って、水面を眺める。

 キラキラと輝いている川は、綺麗に俺の顔をうつした。


「やっぱり、綺麗な顔をしているなあ」


 水面にうつる俺は、困った表情をしていても可愛い。

 この顔のおかげで、ショタコンが釣れたのだから、自他ともに認める容姿の良さというわけだ。


「こんな顔だったら、普通はチートだし、輝かしい未来が約束されているはずなんだけどな」


 実際に待っているのは、破滅。


「むしろ顔がいいから、試練が与えられたのか……? もしそうなら、学園の他の人も破滅しなきゃおかしいか」


 ほとんどの生徒の顔がいいという、ありえない世界なのだ。

 平凡と言われる人だって、前世の世界だったらイケメンレベルである。


「顔面偏差値の高さが狂っているんだよな」


 まだ俺の世界が狭いからなのか、今までに顔面の整った人しか見たことがない。

 パーティーに呼ばれていたモブの人達でさえ、ある程度は整った顔立ちをしているのだから凄い。


「作者の願望が、自動的に反映されているってことなのかな?」


 どんな人が、あの物語を書いたのかは知らないけど、もしかしたらだいぶ夢見がちなタイプだったのかも。

 小説の主人公である転入生と、自身を重ね合わせていた可能性がある。


「もしかして、転入生に転生していたりして……ははは、それは無いか」


 そうなっていたとしたら、俺が助かる可能性はゼロに等しくなる。

 俺が破滅しなければ、弟が一之宮家を継げなくなるからだ。

 所詮俺は、転入生と弟の恋愛を盛り上げるために用意された、駒の一つに過ぎない。


「出来れば、そうじゃないといいな」


 それでも俺は、この世界で生きている。

 感情だってあるし、痛みだって感じる。


「……頑張るぞ、おー」


「……誰だ?」


 緩く気合を入れていたら、すぐ近くから声が聞こえてきた。

 まさか人がいるとは思わず、勢いよく声のした方を見れば、そこには高校生ぐらいの男性がいる。


 短い黒髪がツンツンと立っていて、そして首を真上にして見上げるぐらい大きい。

 剣道部や弓道部が似合いそうな、日本男子の代表といった感じのイケメン。


 ……初めて会うはずなのに、どこかで見たことがある気がした。



 どこでいつ見たのかを思い出す前に、俺にはやるべきことがあった。



「た」


「……た?」


「助けてくださいい!!」


 ようやく会えた人だ。

 絶対に逃がさないと、俺はその人に向かって勢いよく飛びついた。




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