18:勘違いが加速していきます
「それじゃあ、またね帝君。いつでも遊びにおいで」
「こんなところには、二度と来ませんので安心してください」
「ははっ、照れるなって」
「行きますよ。お坊ちゃま」
桐生院さんに見送ら、俺と御手洗は屋敷を後にした。
再び御手洗の運転で、家へと戻る。
どこかに寄ることは父親が許さないから、まっすぐ帰るしかない。
きっと拗ねているだろう弟に、泣くかお土産を買ってあげたかったのだけど。
まあ、無理か。
「……どうでしたか、お坊ちゃま」
お土産を買うことを諦めていると、御手洗が話しかけてきた。
主語がなかったけど、桐生院さんの話だとすぐに分かる。
「桐生院さん? うーんと、まあ色々あったけど、そうだなあ。えーっと、いい人だよね。う、うん。いい人いい人」
色々とあれな部分があったけど、悪い人ではなかった。
俺が好みのタイプだから、とても優しかったし。
もう一度会いたいかと聞かれると、微妙なところであるけど。
「少しトラウマを植え付けられたようですね。まあ、お気持ちお察しします」
「絶対こうなることは予想していたよね……御手洗は意地悪だ……」
「言ったでしょう。私はあなたの完全な味方ではないと」
「分かっているよ」
「それなら、よろしいですが。とにかくこれで、少しはあなたの生存確率が上がりましたかね」
いつも通り素っ気ない御手洗だったが、少しだけ口角を上げて、俺をちらりと見た。
「今、あいつに気に入られておけば、13年後も味方になってくれる可能性が高いでしょう」
「ああ、そういうことか」
ここでようやく、俺はなぜ突然桐生院さんのところに連れてこられたのか理解した。
今の俺は5歳。
何をしたって、どんな表情だって、可愛く見えるお年頃だ。
ショタこんである桐生院さんにとっては、更に魅力が倍増するだろう。
好みのタイプであるうちに、会って気にいられておく。
そうすれば高校生になっても……
「……ちょっと待って」
「どうしましたか?」
俺は一つの、とんでもない可能性に思い至った。
「桐生院さんって、ショタコンなんだよね?」
「ええ。あの様子を見れば、一目瞭然だったでしょう」
「それならさ、俺が高校生になったらタイプじゃなくなるよね……?」
御手洗が、軽く息を飲む。
「興味を失うぐらいだったらいいけど、もしも成長したことに関して嫌悪を抱かれたら、逆に敵になるんじゃないかな……」
「それは……」
さすがに何も言えないみたいだ。
俺自身この可能性に、考えすぎだとは思ってしまうけど、慎重なぐらいじゃないと危ない。
13年後の俺は、自分で言うのも恥ずかしいが、イケメンに成長する。
可愛らしさのかけらもなく、ショタコンにとって完全に範囲外だろう。
「そういえば、気に入る転入生の素顔も、どちらかといえば童顔だった」
ということは、13年後も変わらず、元気にショタコンをしているわけだ。
そうなると、俺はピンチに陥ってしまう。
かたや金髪碧眼の、天使のような見た目の転入生。
かたや身長180cm超えの、体格のいいイケメンで俺様な性格の俺。
桐生院さんがどちらを選ぶのかなんて、考えるまでもない。
「……変態ですが、懐に入れた人間には優しいはずですよ」
もしかしたら悪いと思ったのか、気を遣った御手洗の慰めも、俺にとっては何の気休めにもならなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「……ただいま」
「お兄ちゃん!」
ショックから抜け出せないまま、家に帰ってきた俺を迎えたのは、弾丸のように飛んできた弟だった。
勢いよくお腹の辺りに抱きついてきたせいで、くぐもった声を口から出てくる。
「ご、ごめんなさい! でも、どこにいってたの?」
謝っても、抱きしめる腕は緩めず、弟は俺を見上げた。
その顔は怒りと寂しさが混じっていて、かなり不安にさせてしまったみたいだ。
「ごめん、ちょっとね……」
でも人のことを慰められるほど、俺の精神状態は回復していない。
いつもよりおざなりな対応をしたら、弟の表情が心配に染まった。
「だいじょうぶ? どこかいたいの?」
「ん? 大丈夫だよ……うん、大丈夫」
心配をかけたくなくて元気に返そうとしたけど、上手く取り繕えない。
いくら3歳でも騙されてくれなかった。
「おねつでもあるの? ねなきゃ!」
いつもと違うのを、体調不良だと勘違いされた。
腰から腕を外し、今度は腕を掴んで俺を引っ張る。
「い、いやいや、違うよ! 体調が悪いんじゃないから! 御手洗、助けて!」
「私、おかゆと薬を用意致しますね」
「こら、楽しむな!」
御手洗に助けを求めても、むしろその勘違いを加速させるようなことを言い、全く助けてくれない。
そのまま俺は自室まで連れられていき、ベッドに強制的に入らされた。
「大丈夫だって、正嗣。全然病気じゃないから」
「うそつかなくていいんだよ。むりしちゃだめ」
おでこの上に濡れタオルをのせられ、体温計を口に突っ込まれている。
ここまでの病人スタイル、そうそうないんじゃないか。
タオルは水びっしょりだし、体温計は口に入れる用じゃないし、このままなら体調が悪くなりそうだ。
必死に看病する弟の姿に、何も言えないけど。
小さな体を一生懸命使って、俺のために色々としてくれているのだ。
ブラコンを自覚してきた俺には、とても本当のことは言えなかった。
だから、大人しく看病をされていたのだけど。
「帝が熱を出して倒れたって!?」
「お、お父様!?」
俺の知らないうちに、大事になっていたようだ。
普段は冷静な父親が勢いよく部屋に入ってきたかと思ったら、まっすぐに俺の寝ているベッドに近づいてきた。
そして布団ごと俺を抱き上げ、扉のところにいた使用人の一人に叫ぶ。
「何をしている! 早く救急車を呼べ!」
「ちがっ、お父様!」
抱き抱えられた俺は、パニックになりながらも、事情を説明しようとした。
「お兄ちゃん、つらいつらいなの!」
「ま、正嗣」
しかし遮るように弟が、誤解を生む発言をする。
「救急車を待っていられるか! 今すぐヘリを飛ばせ!」
「かしこまりました!」
それにヒートアップしてしまった父親の命令に、慌ただしく動きだす使用人。
布団にくるまれて為す術もなく、言葉も届かず、俺は早めに誤解をとくべきだったと後悔した。
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