17:ショタコンに気にいられました




「あらためてよろしく。俺の名前は、桐生院真司だ」


「お、れは一之宮帝です」


「あー、一之宮家の長男か。前にパーティーで見た時は、面倒くさそうな性格をしていたのに、なんか随分と可愛くなったな」


「そ、そうですか? あ、あはは」


 桐生院家の屋敷の中に入れてもらえたのはいいけど、ものすごく熱烈な視線を感じる。

 御手洗の気まぐれで、抱きしめられた腕からは抜け出せたけど、それでも隙あらば触ってこようとしてくるのだ。


 小さい体を活かして何とか逃げ、御手洗の後ろに隠れているから、今のところは被害に遭わずには済んでいる。

 それでも御手洗が、いつまた気まぐれを起こして俺を捧げるかもしれないので、全く油断出来なかった。


「あー、リサーチ不足だった。もう少し早く気づいていれば、パーティーでも話しかけたのに。そういえば俺、この前の誕生日パーティーにも行ってたんだよな」


 桐生院さんは13年分の若さがあって、大人の色気というものは無くなったけど、その分また違った魅力がある。


 少しつり上がった目に、泣きぼくろ。

 物語の時点では明るい茶色に染められていた髪は、今は落ち着いた茶色になっている。

 盛っていた髪も、今は落ち着いていて丸い。

 それが幼さを演出していて、年上の女性に好かれそうだ。


 でもその目が、デレデレとした表情が、色々と台無しにしていた。


「そ、そうだったんですか」


「まあ、その時はこんな可愛い子だとは知らなかったから、挨拶せずに帰ったんだよ。いやあ、もったいないことをしたな」


「はは……」


 好感度が最初から高いのはいいけれど、ショタコンという点が引っかかる。

 その目に性的な欲望がないのが、まだ救いだろうか。


「やはり、あなたのタイプでしたか……そんな気はしていたのですが。おそらく、最近の中では一番ではないですか?」


「ああ、確かに。すっごい可愛い。あきら、お前が羨ましい」


「……あきら?」


「私の名前ですよ、まさか知らなかったとは言いませんよね?」


「ししししってたよ!」


 下の名前を呼ぶ機会なんてないのだから、知らなくてもしょうがない。

 でも目が怖い御手洗に、本当のことは言えなかった。


「あー、本当可愛い。なあなあ、うちの子にならないか? 何でも言うこと聞くからさ」


「えっと……それはちょっと」


「変態は嫌だそうです」


 冗談なのか本気なのか分からない言葉に、根っからの日本人の俺は、きっぱりとNOと拒否出来ない。

 御手洗がいてくれて、本当に良かった。

 元々の原因は彼なのだけど、心の底からそう思った。


「変態じゃない。俺は紳士だぞ。ショタは、遠くで眺めているのがいいんだ。身勝手な自分の欲望をぶつけることなんて、クズのすることだからな」


 俺の心の脅えを感じたのか、ゆっくりと穏やかな声で、桐生院さんは安心させるように笑いかけてきた。

 それは本心から言ったように聞こえ、御手洗を伺えば、軽く頷いてくれる。


「思考は変態ですが、この言葉は信じても良いですよ。あなたに害をなすことは、あなたが嫌がる限りはしないでしょう」


「そうそう。まあ、嫌がらなければ、遠慮なく触れるが」


 安心しかけた俺だったけど、完全に気を許してはならないと本能が訴えた。

 だから御手洗の後ろに隠れ続けていたら、ものすごくキラキラとした目が向けられる。


「まだ小さいのに、俺達が何を言っているのか理解しているんだな。賢いねえ。それに、子供が彰に懐くなんて珍しいこともあるもんだ」


 しまった。

 子供らしくしない方が、ショタコンは興味を失うかと思ったけど、むしろ逆効果だったようだ。

 今更仲良くしようとしても手遅れだし、近づくのも今は嫌だ。


「珍しいとは、まるで私が子供に嫌われているかのような言い方ですね」


「実際にそうじゃねえか。表面では笑顔でも、内心では嫌っているのが伝わってくるんだろう。好かれているところなんか、今まで見たことなかったぞ」


「だからといって、あなたに近づくのもおかしいですけどね。変態のくせに」


「俺は優しいからな。悪いことはしないし、遊びには全力で付き合う。比べたら、どっちに寄ってくるかなんて、一目瞭然だろ」


 たしかに純粋な子供だったら、御手洗の笑顔が作り物だと本能で分かってしまうのかもしれない。

 そうなると、上手く優しいお兄さんに擬態している桐生院さんに懐くのも、仕方の無いことかもしれない。


「お、俺は御手洗が好きだからね」


 それでも俺は、どんなに愉快犯でSで意地悪で容赦がなかったとしても、御手洗の方が好きだ。

 その気持ちだけは伝えておきたくて、御手洗の服の裾を軽く引っ張って注目を向けさせる。


「……そう、ですか。まあ、変態と比べれば当たり前ですよね。わざわざ気を遣って頂かなくても、結構ですよ」


「ご、ごめんなさい」


 瞬きを数度した御手洗は、いつものように素っ気なかった。

 本心だから、気を遣ったわけじゃないけど、そう聞こえてしまったのなら俺が悪い。


 少し落ち込んでしまい俯いていたら、何故か桐生院さんが吹き出した。


「お前も素直じゃないね。照れ隠しするんじゃねえよ。嬉しかったのなら、そう言わなくちゃ。ものすごく誤解されているじゃん」


「黙りなさい」


 御手洗が照れ隠しするわけがない。

 今だって、特に変わった様子は無いのだ。


 桐生院さんは、信用ならない人だと、俺の中で位置付けが決まった。


「やっぱり可愛いなあ。また遊びにこいよ。帝君。今度は、彰抜きで一人でさ。いつでも大歓迎するから」


「結構です」


「お前に聞いてないから。どんだけ気に入っているんだよ」


 ほとんど俺じゃなくて御手洗が話していたけど、桐生院さんとも一応は、あまり嬉しくはないけど仲良くなれた。

 破滅の危機から遠ざかったのはいいが、今度は別の危機が出てきた気がする。


 ニコニコと手を振ってくる桐生院さんに、俺はとりあえず笑うしか無かった。




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