16:知りたくなかった事実です




 13年前の桐生院先生というと、何歳なのだろう。

 小説の中で年齢を言う場面は無かったし、同級生だという御手洗の年齢も知らない。

 車の運転をしているということは、18歳以上なのは確実なのだけれど。


 俺は助手席に座り車に揺られながら、運転している御手洗の横顔を盗み見る。

 いつもは後部座席に座っているから、こうして見るのは新鮮だ。


 やはり顔が良い。

 運転をしているから真剣な顔をしていて、それはそれで魅力が増している。


 その姿は年齢不詳で、ずっとずっと若くも見えるし、落ち着いた雰囲気からはずっとずっと年上にも見えた。

 別に年齢を知ったところで何かが変わるわけでもないのだけれど、もしも学生の年齢だとしたら、学校はどうしているのかという疑問が出てくる。


 執事をするために学校に通わない人もいるけど、御手洗の所作を見ていて、高等な教育を受けているような気がした。


「……お坊ちゃま。ジロジロと見すぎですよ」


「わ、わ。ごめんっ」


 ぼんやりと考えているうちに、いつしかガン見をしていたらしい。

 視線に気がついた御手洗が、赤信号で止まるとからかうように注意してくる。


 顔の良さに見とれていたなんて恥ずかしいので、俺は慌てて前を向いた。


「本当に素直になられましたね。私としては可愛らしいと思いますが、この世界ではやっていけるかどうか心配です」


「今はまだ、前世と今世の記憶に慣れていなくて、それに子供だから。これから、一之宮帝として、性格をつくりあげていくつもりだよ」


「それが出来ればいいですけどね。見たところ、あなたは善人のようですから。悪人にならざるを得ない場面で、そのまま潰れてしまいそうな危うさを感じます」


「……そうならないように頑張る」


「私も手を貸せそうな時は、気が向いたら助けますよ」


「そこは、必ず助けるじゃないんだ」


「私は善人ではございませんので」


 信号が青に変わり、発進させるために御手洗の視線が俺から外れた。


 完全な味方じゃない。

 そう言いきった御手洗に、むしろ救われた気分だった。


 絶対に助けると言われるよりも、信じられる言葉だった。


「……それで、桐生院せんせ……桐生院さんに会いに行くって言っていたけど。突然だから、迷惑じゃないの? 大丈夫?」


 照れくさくなった俺は話題を変える。

 それは、ずっと心配していたことだった。


 御手洗の提案から、あれよあれよという間に父親が許可を出し、こうして二人で出かけているのだけど。

 その間に、御手洗が桐生院さんに許可を得たような気配が全くないのだ。


 元々行くつもりでもなかったし、どう考えても急な訪問となる。

 一般的に考えて、迷惑以外の何物でもない。

 そのぐらい、仲がいいということなのか。

 絶対に口には出せないけど。


「気にされなくても、大丈夫ですよ。いつもいる場所は決まっておりますし、急に行ったとしても……」


 そこで何故か、ちらりと視線をこちらに向けてきた。


「……まあ、何とかなるはずですよ」


 その言い方に、なにか不穏なものを感じ、鳥肌が立った。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 そうして連れてこられた先は、これまた大きな屋敷だった。

 一之宮家と比べたら、多少小さいかもしれないけど、それでも充分お金持ちだということが分かる。


「……そうだよね。薔薇園学園で教師をやるぐらいだし、お金持ちに決まっているか」


 屋敷の大きさに衝撃を受け、記憶の奥底にあった、桐生院さんは薔薇園学園の卒業生だという情報を思い出した。


 そうなると、御手洗も卒業生なのか?

 もしそうなら、御手洗もまたお金持ちということになるが。

 お金持ちが、こんなところで執事をして、自分よりもずっと年下の子供の相手をするわけが無い。


 同級生と言っていたけど、幼稚園とか小学校とか大学など、薔薇園学園じゃない他のところなのだろう。


「本当に約束無しに入ってもいいの? つまみ出されない?」


 自分の家以外の大きな屋敷を見るのは、思い出してから初めてなので、圧倒される。


「心配しすぎですよ。だいぶチキンになりましたね」


 その隣で御手洗が馬鹿にするけど、前世は一般人だったのだ。

 まだまだ、お金持ちの感覚に慣れない。


「お坊ちゃまは、ただ私についてくればいいです。全て私が何とかしますから」


 頼もしいことを言っているけど、約束を取り付けてくれていれば、もっと簡単に済む話だった。


「ああ、そうだ」


 俺が呆れていると、何かを思い出したように、御手洗が手を打つ。


「一つ、言い忘れていたことがありました」


「何?」


 何を言い忘れていたのかと聞こうとした時、体がふわりと浮き上がった。

 後ろから誰かに抱き上げられた。

 そう理解した瞬間、頬擦りをされる。


「へっ!? な、なになに!?」


 当然パニックになった俺は、手足を振り回して暴れるけど、抱きしめられた腕は外れない。

 俺のピンチなはずなのに、全く助けてくれない御手洗は、何故か俺の後ろの方を見て嫌そうな顔をした。


「あなたを今抱き上げて、頬ずりをしている男は、ショタコンです。つまりあなたは、好みどストライクなのですよ」


「そ、それって……それじゃあ、この人は……」


「はい。訪ねる予定だった、この屋敷の住人。桐生院ですよ」


 いまだに頬ずりを止めてくれないから、顔は見えない。

 それでも香ってきたいい匂いと、頬の柔らかさ。あとは、俺が抱き上げられたというのに全く警戒していない御手洗。

 その全てが、この人が桐生院さんだと言っている。




 13年後にはホスト教師のなる桐生院さんを、夢見ていたわけではない。

 でも、だからといって、ショタコンだと予想出来るはずもなかった。


 俺は頬ずりをされながら、魂が抜けそうになる。


 その事実は、出来れば知りたくなかった。





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