15:協力者? 愉快犯?
「……前世の記憶ですか」
「し、信じられないよな。別に、信じなくてもいいから、本当に」
全てを話すのを余儀なくされた俺は、疲れきっていた。
説明をはぶこうとしたり、嘘を言おうとすると、すぐに気づかれ棒で威嚇してくる。
そのせいで、色々と恥ずかしいことまで話してしまった。
腐男子だったこととか、弟と美羽にキスをされたこととか、別に言わなくても良かった気がする。
肉体的にも精神的にも疲れ果て、俺は椅子の上でぐったりとしていた。
その様子に逃げられないと判断したのか、縛られていたロープはほどかれる。
「なるほど……一つ聞いてもいいですか?」
「は、はい!」
考え込んでいた御手洗は、口元に手を当てたまま、俺のほうに視線を向けた。
その目からは多少恐ろしさは消えたけど、それでも威圧感がある。
蛇に睨まれた蛙のように、俺は縮こまった。
「そんなに怯えないでください。今のあなたは、昔よりもクソガキじゃなくなりましたから」
そんな俺に笑いかけてきたけど、威圧感が消えることは無い。
とりあえず、引きつった笑いを返しておく。
「難しいことは聞きませんよ。あなたが読んだ小説の中では、私は出てこなかったんですよね?」
「う、うん。名前すらも出てこなかったと思う」
何でこんなことを聞くんだろう。
もしかして小説に出てこなかったことに、怒っているのか。
「……そうですか。それはおそらく、私が13年後の時点で、執事を辞めていたからでしょうね」
「え、辞めるの?」
「ええ、旦那様に相談する予定でした」
そうだったのか。
俺のそばにいなかったから、物語に絡むこともなかった。
だから、こんなにもキャラが立っているのに、名前すらも出てこなかったというわけだ。
辞めてしまうのは寂しいけど、本性を知ってしまってからは、その方がありがたい。
もう、出来れば関わり合いたくない。
執事の所作をしている時に、絶対に笑ってしまう。
それぐらい、ギャップがありすぎた。
「そ、そう。それはざんね……」
「でも気が変わりました」
「んん?」
空気が不穏なものに変わった。
俺は聞き間違いかと思い、聞き返す。
「事情があったから辞めるつもりでしたけど、ここに残っていた方が面白そうですから」
「で、でも、その事情の方が大事じゃ……?」
「いえ。少しぐらいここにいても、取り戻すのは容易です。心配しないでください。私が辞めたら、あなたも悲しいでしょう?」
「いや、べつに」
「悲しいでしょう?」
「は、はい、悲しいです」
聞き間違いじゃなかった。
俺は考え直させようとしたけど、一度決めたことは変えなさそうだ。
何を気にいられてしまったのか、前世の話をしたことが間違いだったのか。
「これからも、末永くよろしくお願いします。帝お坊ちゃま」
「ハ、ハイ」
俺は変な態度をとった時に、そのまま辞めさせるべきだったと、ものすごく後悔した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
お互いの本性をさらけだした俺と御手洗は、現在秘密の部屋で作戦会議をしていた。
「せっかく面白いものを見つけましたのに、破滅されるのは困りますからね。……いや、それはそれで面白いでしょうか?」
「ぜひ、助けてください!」
「そこまでおっしゃるのでしたら、仕方ないですが助けましょう」
完全に愉快犯な御手洗の手綱を握るのは苦労するが、それでも味方にすれば心強い。
話し方も丁寧なものではなくていいと言ったのだけど、そちらの方が慣れていると頑なに変えなかった。
ここぞという時に、脅すのにギャップは使えるらしい。
それを聞いて、俺はどんな表情をすればいいか分からなかった。
今後、そんな状況が来ないことを、願うばかりである。
秘密の部屋の中で、俺は前に書いた紙をテーブルの上に広げ、覚えている限りの物語や登場人物を教える。
その中で、御手洗が反応した名前が、一つだけあった。
「……
「そう、知っているの?」
「誠に不本意ですが、知り合いです」
「そうなんだ」
13年後、転入生の担任兼生徒会顧問になるホスト教師の名前だ。
詳しい年齢は知らないけど、確かに二人は同年代ぐらいに見える。
「どんな知り合い?」
「……腐れ縁、同級生、げぼ……まあ旧知の仲というものですよ」
「今、絶対に下僕って言おうとしていたよね……」
どこまでの仲の良さかは教えてもらえなかったけど、絶対に御手洗の方が強いのは感じた。
桐生院先生のことを思い出しているのか、苦々しい顔をしている御手洗。
そんな表情をするのは珍しい。
「桐生院先生とは、仲良しじゃないんですか?」
「仲良し? そんなわけありませんよ。仲良しだなんて、冗談でも言わないでください。あんな変態と仲間だとは、本気で思われたくないですから。というか、今のあいつはまだ先生じゃないですよ」
「あ、ごめんなさい。つい癖で」
「物語を読んでいた時とは違って、今この瞬間は、私にとってもあなたにとっても現実です。それを忘れてはなりませんよ。リセットボタンなんて、無いのですから」
少しからかおうとしたのだが、真顔で責められてしまい、二度と言うまいと心に決めた。
「……でも、そうですね……今のタイミングなら、いい方向に進む可能性もありますか……」
反省して黙っている俺の顔を、御手洗は隅から隅まで観察するように見る。
視線の中には嫌な感情を含んでいなかったけど、少し寒気がしてきた。
これから言われることは、俺にとっては確実にいいものではない。そう感じた。
「前に聞いたものと一致していますし、性格もクソガキじゃなくなったから、気に入る可能性は高い」
「あ、あの……?」
俺の意見を聞かずに、勝手に何かを決めようとしているので、ストップをかけようと声をかける。
でも俺の行動は、一歩遅かった。
「いいことを思いつきました。今日これから、桐生院に会いに行きましょう」
「…………はい」
勝手に決められた予定を覆すことは、御手洗に歯向かうのと同じ。
まだ幼い俺には、到底出来なかった。
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