14:絶対にモブじゃないですよね




 俺が悪かったのか。


「お坊ちゃま、ちゃんと聞いておられますか?」


「ハイ、キイテイマス」


「……全く、いつもあなたはそうです。私の話など耳を貸す価値はないと、聞き流してばかり」


「ゴメンナサイ」


 先程から、ペシペシと何か棒のようなもので机を叩きながら、満面の笑みを浮かべている御手洗。

 椅子に縛りつけられている俺は、逃げることも顔をそらすことも出来ず、必死に返事をしていた。


 それに対して、全く目が笑っていない御手洗は、大げさな身振りで呆れる。



 どうして、こんなことになった。

 俺は数分前のやり取りを思い出そうと、現実逃避をした。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 朝食を終えて、俺は部屋へと戻った。

 弟が何か言いたげだったけど、今は話をする余裕が無いと、見て見ぬふりをした。


 背中にチクチクと視線を感じながら、それでも部屋へと戻った俺を待っていたのは、満面の笑みで待つ御手洗だった。


 その姿を見た途端、俺は扉を閉めた。



 まさか、まだ部屋にいるとは思わなかったのだ。

 頭突きをしてから、だいぶ時間が経っている。

 それまでずっと部屋にいたとすれば、ものすごい恨みを募らせているに違いない。


 ほとぼりが冷めるまで、弟の部屋にでも逃げ込もう。

 そう思って、扉の前から離れようとしたのだが、いつの間にか俺の肩に誰かの手がのっていた。


 誰かなんて、分かりきっている。


「どこへ、行こうとしているんですか? ……お坊ちゃま?」


 のせられた手は力が込められていないのに、決して逃がさないと言った圧が強い。


 俺は油の切れたロボットのごとく、ギギギといった音を立てながら後ろを向いた。


「……み、みたらい……?」


 そこには笑っているのに、背後に鬼が見える御手洗の顔が間近にあった。

 俺は振り返ったことも、すぐに逃げなかったことも後悔しつつ、逃げ道を探した。


「さあ、こんなところで立っていてもなんですから。どうぞ、早く中に入りましょう」


 しかし全く隙のない御手洗は、肩を掴んだまま俺を部屋の中に入れる。

 自分の部屋に入るだけなのに、地獄へと進んでいるような気分を味わうなんて、人生でそうそう経験することではない。


 このまま頭から食べられてしまうのではないかと、冷や汗がダラダラと流れる。

 椅子まで丁寧にエスコートされ、いつの間にか座らされたかと思うと、気がつけば逃げられないように縛られていた。


「……あれ……?」


 あまりにも鮮やかな手口だったので、俺は縛り付けられてしばらくしてからも、全く抵抗出来なかった。



 理解した時には、すでに手遅れ。


 よくしなる棒を持った御手洗。

 椅子にぐるぐる巻きに縛られた俺。


 そんな、カオスな空間の出来上がりだった。


「……えーっと、どういうこと……かな……?」


「私が、坊っちゃまを椅子に縛りつけました」


「そ、そうだけど。そうじゃない」


 棒で机を軽く自分の手を叩く御手洗は、心から楽しそうな笑みを浮かべている。

 俺にとっては、全く楽しくない。


「……きつくしないようにしていますが、もしかして苦しいですか?」


「苦しくないけど……なんで縛ったの?」


「それなら良かったです。もしも縛らなかったら、お坊ちゃまは逃げるでしょう?」


「あ、はは。逃げないよ?」


「お坊ちゃまの言葉は、信用なりませんので」


 赤くなったおでこを見せられながら、そう言われてしまえば、俺はぐうの音も出なかった。




 こうして、現在に至るというわけだ。




「えーっと、それで。俺を椅子に縛り付けてまで、何がしたいの?」


 いくらなんでも、やり返すにしては大げさすぎる。

 一応、子供がやったことなのだ。

 もう少し、大人な対応をしてくれればいいのに。


 これから何をされるのだろうかと、俺は恐怖に怯えた。


「……本当に、道に落ちていたものでも食べましたか?」


「は?」


「いつものあなただったら、私に罵詈雑言を浴びせているところですが。ここまで怯えられるとは。それとも、頭を打って人が変わりましたか?」


 その言葉に、俺は別の意味で汗が流れた。

 御手洗は今の俺に対して、不信感を抱いている。


 今の記憶を思い出すまでの俺は、確かに嫌な態度ばかりをとっていた。

 使用人達は全て、自分より下だと馬鹿にしていたからだ。


 昔と違った行動をすると、前世の記憶があるとバレてしまう。

 だから出来る限り、同じ行動をしようとは思っていたのだが。

 あまりにも俺様すぎて、笑わずにやる自信が無かったのだ。


 一人称が俺様なんて、恥ずかしすぎる。

 しかも当の本人も、内心では恥ずかしがっていたのだ。

 そんなキャラを、たとえ演技だとしても出来なかった。


「ここ一週間前ぐらいから、おかしくなりましたよね。初めは奥様が無くなったショックかと思いましたが、それにしてはあまりにも違いすぎる」


 そんな俺の違いを、父親や弟、その他色々な人は母親の死のせいだと思い、傷口に触れないようにと、そっとしておいてくれた。

 それに甘えて、何の対策も取らなかった俺も悪い。


「……ねえ、お坊ちゃま」


 でも、御手洗。


「あなたは、本当に帝お坊ちゃまですか」


 絶対に、お前が物語の中でモブキャラだったのはおかしすぎる。



 疑問ではなく確信を持って聞いていると、その目を見れば分かった。

 ごまかしても、子供のふりをしたって、すぐに見透かされる。


 どうする? どうすればいい?


 誰かが、この部屋に来るまで時間稼ぎをするか。

 それとも、大声を出して助けを求めるか。


 でもそうしたら、御手洗は即刻クビになってしまう。

 それじゃあ、話し合いをしようとした意味が無い。


 とにかくどうすれば……。


 何か策を考えようとした時、顔のすぐ近くで風を感じた。

 そして同時に、乾いた音。

 俺の頬ギリギリのところで、御手洗が棒を振ったのだ。


「……お坊ちゃま、私は気が長い方ではございません」


 すぐ目の前まで、御手洗が顔を近づけてくる。


「さっさと、話をしようか」


 本当のことを話してしまった俺は、絶対に悪くない。




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