13:新たなキャラの登場




 朝食の時間になって、使用人が俺を起こしに来た。

 すでに弟は自分の部屋に戻ったみたいで、俺だけが取り残されていたようだ。


「帝お坊ちゃま。旦那様と正継お坊ちゃまがお待ちです」


「あ、ああ。悪かった」


 俺は未だにパジャマのままだから、慌てて着替えようとする。

 そうすると、起こしに来てくれた俺付きの執事が、手伝ってくれる。


 小説の中では出てこなかったけど、容姿で採用でもしているのか顔が良い。

 今は俺に合わせてしゃがんでいるので、その顔がよく分かる。


 つややかな髪をオールバックにしていて、大人っぽく感じるが、実年齢は見た目よりも若かったはずだ。

 執事服がとても似合っていて、何だか世話をされるのが申し訳なくなる。


 確か名前は、


「……御手洗みたらい


「いかがなさいましたか?」


 名前を呼べば、伏せていた顔を上げて視線を合わせてきた。

 長いまつ毛がキラキラとした瞳を、余計に際立たせている。


 名前を呼んだはいいけど、特に話題があったわけではない。


「あー、えっと、いつもありがとう」


 でも呼んだからには何かを言わなくてはと思い、とりあえずお礼を口にした。

 昔の俺は、こうして世話をされることに慣れていない。

 俺の記憶が無かったら、申し訳なさ過ぎて世話なんてさせられなかったはずだ。


 お礼を言われた執事の御手洗はというと、一瞬固まり、そして俺の顔をまじまじと見てくる。


「……どうした?」


 その視線は、俺を見透かそうとしているみたいで、居心地が悪い。

 もしかして、お礼は言わない方が良かったのか。



 俺の脳裏に浮かんだのは、前世で呼んだ物語の中の一幕だった。


 王道学園では学食が基本。

 しかし一般的なものとは違って、ウエイターが働いている。


 学園の生徒はウエイターが働くことが当たり前だから、一度もお礼を言ったことがない。

 だから転入生が何も考えずに、料理を運んできたウエイターにお礼を言うと、心を奪われてしまう。


 すごくちょろいけど、お礼を言われるのは誰でもいい気分になる。

 それを上手く利用して、たくさんの人を魅了していくというわけだ。



 もしかしたらだけど、今のこの状況も、同じようなことなのかもしれない。

 今まで一度もお礼を言った記憶なんてなかった。

 何となく言ってしまったお礼のせいで、惚れられてしまったらどうしよう。


 そう思い、執事の次の言葉を待っていたら、彼の表情が歪んだ。


「今さらお礼など……何か道の落ちているものでも食べたんですか?」


「……………………は?」


 その口から放たれた全く予想していなかった言葉に、俺は子供らしくない反応をしてしまった。


 あれ?

 御手洗って、執事だよな?

 雇い主は父親だろうから、俺に対しても本当だったら、こんな態度をとるわけが無い。


 聞き間違いだろうか。


「あなたは、私にお礼など今まで一度も言ったことはありませんでした。いつも態度が大きくて、クソガキで、ただの馬鹿だと思っていましたが。何か心境の変化でも? 今さら、私のご機嫌取りをするなんてこともないでしょう」


 聞き間違いじゃなかった。

 いくらなんでも、こんなことを言っていいのか。

 俺しかいないとはいえ、父親に言えばクビになる。

 それが分かっているのか。


「どうしましたか? 図星だから、何も言えないんですか。とんだ腰抜けですね」


 御手洗が、感情のままにこんなことを言うとは思えない。

 もしかして、わざとなんじゃないか。


 一度考えたら、もうわざとにしか見えなくなった。


 どういう理由があるかは知らないけど、クビになるために俺を怒らせようとしている。

 どうして今なのか、それはもうすぐ父親が様子を見に来るからだ。

 ちょうどタイミング良く、スムーズにクビになるようにしている。


 もしそうだとしたら、俺はここでどうした方が正解なのだろう。

 御手洗が望む通り怒るべきか。

 それとも、違った行動をするべきか。


 俺の気のせいじゃなかったら、父親のものらしき足音が聞こえてきた。

 時間の猶予が無い。

 未だに何かを言っている御手洗を見て、俺は行動を決めた。


 勢いよく御手洗の頭を掴むと、自分の頭を後ろにそらす。

 そして困惑している顔に向けて、頭突きをかました。


「い゛っ!?」


 子供の体でも勢いをつければ、いい打撃になったようだ。

 顔を押さえて悶絶している御手洗に、俺はすっきりした気分になり、そのまま脇をすり抜けて扉へと向かう。


 扉を開けたら、ちょうど向こうから開けようとした父親と鉢合わせした。


「……起きていたのか、正嗣も待っている」


「申し訳ありません、お父様。準備に少し、手間取ってしまって」


「御手洗が行っていただろう」


「手伝ってもらいました。ちょっと色々あったんです」


 部屋の中で痛みに呻いているだろう御手洗の姿を想像して、クスリと笑った。

 きっと俺がなんで頭突きをしたのか分からずに、困惑しているはずだ。

 そして状況を理解したら、俺に対する怒りが湧き上がり、話をする場を設けてくれる。


 俺のおでこも痛みを訴えているけど、向こうの方が確実に痛かっただろうし、赤くなっているかもしれない。

 理由も話さず、俺を悪者にして、勝手にクビになろうとしたバツだ。

 腹を割って話をし、理由に納得出来れば辞めてもいい。


 突然、何を思って辞めようとしたのか。

 俺に嫌気がさしたとしたら悲しいけど、もっと深い理由があるような気がした。


「……正継が心配していた、早く行くぞ」


 父親は少しだけ俺の顔を、特におでこの辺りを見ていたけど、特に触れなかった。

 俺がこの時間まで寝ていた理由は、その心配していた弟のせいだけど、わざわざ自分で傷口をえぐるような真似はしない。


 踵を返した父親について行くため、歩き出した俺は閉まる前の扉の隙間から、御手洗を見た。

 おでこを押さえながら、こちらを見ているので、意地悪の意味を込めて人差し指を唇に当てて笑っておく。




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