12:どうして、そんなに怒るんですか?




 前には、眉間にシワを寄せた父親。

 横には、完全に怒っている弟。


 逃げ場のない俺は、現実逃避をしかけたけど、2人が許してくれるはずもなかった。


「どういうことか説明しなさい。なんで、キスをしていたんだ?」


「おにいちゃん、だれとちゅってしたの?」


 きちんと説明するまでは逃がさないと言った感じで、顔がとても怖い。


 でも、そう言われても、俺だってなんでキスをされたのか説明出来ない。

 それに、俺からしたわけじゃない。


 こんなふうに主張したかったけど、それでは納得してくれなさそうだ。


「さあ、どうしてだ」


「おにいちゃん?」


 俺が答えないから焦れた2人が、顔を近づけてくる。

 人の顔が近づくと、キスをされるんじゃないかと、普通だったら自意識過剰すぎる被害妄想をしてしまう。

 それでも、ここ最近で起こったことだし、そのうちの一人がいる。


 俺は口を押さえて、顔が熱くなってしまう。


「どうして、そんな顔をするんだ。やっぱり、付き合っているのか? どうなんだ?」


「どこのうまのほね? ぼくのおにいちゃんを、たぶらかしたのは。うわきなの?」


 そんな反応に、さらにうるさくなったので、収集がつかないと俺は叫んだ。


「ち、違います! あれは、事故だったんです!」


 事故ではなかったけど、こうでも言わないと止まってくれない気がした。

 現に俺の言葉に、好き勝手に言っていた口が閉じる。


 というか、浮気ってなんだ。

 俺は誰とも付き合っていない。まだ婚約者だっていない。

 言葉の意味も分からずに、テレビで聞いた言葉を口にしただけか。


「本当に事故なんだな? 帝から、したわけじゃないんだな?」


「は、はい」


「そうだったの。ごめんね、おにいちゃんはわるくないのに」


「だ、大丈夫だよ」


 ようやく落ち着いてくれたが、最終確認をしている時の顔が怖すぎた。


 これは、しばらく美羽の名前は口に出来ないな。

 さすがに馬鹿じゃないので、それは分かる。


 ほとぼりが冷めたら、頑張って連絡を取ろう。

 せっかく仲良くなったのに、しばらく放置してしまうだろう美羽に、決して届かない謝罪を心の中でした。

 きっと、美羽ならば分かってくれるはず。



 それよりも今は、目の前のことを何とかする必要がある。


「すみません、お父様。事故とはいえ、騒ぎにしてしまって」


「い、いや。いいんだ。私も少し誤解していた。責めたようで、すまなかった。……起き抜けに騒がせすぎたな。私はそろそろ行くから、朝食まで休んでいなさい」


 最近、前よりも柔らかくなった父親は、俺の頭をぎこちなく撫でると、かたい表情のまま部屋を出て行った。


 出て行った瞬間、緊張の意図がほぐれて、俺はベッドの上に寝転がる。


「……おにいちゃん」


 でも、まだ問題は残っていた。

 寝転がった俺を覗き込んでいた弟は、何故か泣きそうな顔をしている。


「どうした、正継?」


 俺は手を伸ばして、頬に触れる。

 そうしないと、泣いてしまう気がした。


「……おにいちゃん」


 何かを不満に思っているけど、それが自分でも分かっていないといった感じだ。

 答えが出るまで気長に待っていようと、急かさなかった。


 うー、うーとうなって、そして囁くような声で聞いてきた。


「……このまえ、ちゅってしたとき」


「う、うん」


「…………はじめてだった?」


 待たない方が良かったか。

 俺は顔をひきつらせて、なんて答えるべきなのか考えた。


 家族にされた分を含めなければ、前世を含めてキスをするのは初めてだった。

 それにしたって、どうしてそれが聞きたいのか。


 ファーストキスだったなんて、答えるのは恥ずかしい。

 でも、答えなかったらへそを曲げそうだ。

 ここは、腹をくくるしかない。


「……は、初めてだった……」


 柔らかい感触を思い出して、俺はまた顔が熱くなる。

 頬に触れていた手を外し、唇を押さえ弟から目をそらす。


 もう見ていられなくて、目を閉じた。

 そうすると、上の方から絞り出したかのような声が聞こえてくる。


「……か、わいすぎ……」


 子供のような可愛らしい言い方ではなく、何かを耐えているような言葉だった。

 どうしたのだろうと目を開けると、そこにはりんごのように顔を真っ赤にさせた弟がいた。


「……どうした?」


 俺はもう一度、弟の頬に触れた。

 そうすると変な声を上げ、さらに顔が真っ赤になる。

 そんなに顔を真っ赤にして、頭の血管が切れてしまうのではないか、そう心配していたら弟が顔を近づけてきた。


 嫌な予感がしたけど、避ける暇が無かった。

 唇にまた柔らかい感触。

 人生二度目の、弟とのキスだった。


 今回はすぐに離れたから良かったけど、それでもキスはキスだ。

 俺は口を押えて、弟の真意を探ろうとする。

 でもとろけるような顔で俺を見ている顔に、いたたまれなくなって視線をそらした。


 そうしたら、また近づいてくる気配がして、俺は体を固まらせて口を押さえる。


「おにいちゃん、ほんとうにかわいい。だーいすき」


 今度は、おでこに柔らかい感触。

 まるで恋人のような甘い雰囲気に、俺はキャパオーバーしてしまった。



 いくら幼少期だといったって、あまりに甘すぎるだろ。

 小説の中での、ミステリアスでクールなキャラをどこに置いてきたんだ。


 心の中でツッコミながら、俺は頭がいっぱいいっぱいになって、目の前が暗くなった。

 寝落ちに似たような感覚に、身を委ねる。


「ぼくのものだ……」


 唇の柔らかい感触は、俺の勘違いだと願いたい。

 今までキスをした大半が、相手は弟なんて、完全に笑えない。




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