11:目が覚めて状況把握




 目を覚ますと、自分の部屋だった。


「……使用人の誰かが、運んでくれたのかな?」


 父親が運んでくれたとは思えないので、俺はそう判断する。

 話をする前に寝てしまったのだから、もしかしたら怒っているかもしれない。


 子供の体というのは、色々と不便が多い。

 動きは制限されるし、あまり知りすぎたことを口にしたら、不審に思われてしまうかもしれない。

 たまに忘れて、大人みたいな言葉を使ってしまうけど、お金持ちの早熟な子供として評価が上がってくれる。

 そこは、ものすごくありがたかった。


「……あとで、お父様に謝りに行くか」


 元から怒っていたところに、更には寝落ちしてしまった。

 どれぐらい怒っているのか、俺には予想もつかない。


 憂鬱に思いながら、俺はまず目の前の問題から片付けることにした。


「……どうしてここにいるんだ?」


 目が覚めた時から、その存在には気がついていた。

 でも今まで無かった事態なので、後回しにしていたのだけど、そろそろどうにかしなくては。


 俺は腰の辺りに腕を巻き付けて、気持ちよさそうに眠っている弟の姿に、大きく息を吐いた。



 俺が寝ている間に、布団に潜り込んで来たのだろう。

 熟睡していたから、全く気が付かなかった。


 別に嫌なわけではないけど、いつの間にここまで気を許されていたのかと、不思議に思ってしまう。

 この光景を見られたら、父親や使用人が驚きでひっくり返るんじゃないか。


 起こした方がいいのか。

 でも、ものすごく気持ちよさそうに眠っているのだ。

 無理やり起こすのは、可哀想だった。


「どうしようかな」


 俺は前髪をかけ分けて、弟の頭を優しく撫でる。

 少しむずがったけど、起きない。

 それを良いことに、柔らかな感触を楽しみながら、撫で続けた。


 ここまで人に好かれた記憶が無いから、とても嬉しいし恥ずかしい。

 兄としての自覚に芽生えつつ、寝ている弟を可愛がっていた。

 でも誰かが部屋に入ってくる気配がして、そちらを警戒する。


 使用人がノックもせずに入ってくるわけがなく、そうなると選択肢が限られていた。

 そして正解は、嫌だと思っていた方であった。


「……あ、お父様……お、はようございます」


 謝りに行かなくてはと思っていたけど、心の準備がまだのまま会いたくはなかった。


 いつもの無表情で入ってきた父親は、俺に巻きついて眠っている弟の姿を見ると、少し目を見開いた。


「正継か……どうしてここに?」


「おそらくですけど、寝ている時間に潜り込んできたみたいです」


 それは俺の方こそ聞きたかったけど、一応予想を答える。


「全く……お前達、そこまで仲は良くなかったと記憶していたが……」


「色々あったんです」


 父親の疑問は、ごもっともだ。

 他人に近い関係を築いていたのに、急に一緒のベッドで寝ていたら、不思議に思うだろう。


「……そうか。起きられないだろうから、そのままで話をする」


 起き上がろうとした俺を制止し、ベッドの近くにある椅子に座った。

 そして頬杖をついて、首を傾げる。


「あれとは、どういう関係なんだ?」


「あれ……?」


 端的なせいで、聞きたいことが伝わってこない。

 俺も同じように首を傾げたら、何故か眉間にシワができた。


「昨日のだ」


 もっと詳しく言ってくれてもいいと思うが、元々がこんな性格だから、期待するだけ無駄か。

 何となく分かったからいいけど、会話のキャッチボールをしてほしい。

 求めるだけ無駄か。


「……美羽の件ですか?」


 名前を呼んだだけなのに、苦虫をかみ潰したかのような、ものすごく嫌そうな表情になった。

 何をそこまで、嫌がっているのだろう。


「……今まで接点など無かっただろう。どうして急に、あんなに仲良くなっていたんだ?」


「……えっと、今まで軽く話はしていて、話が合うなとは思っていました。それで、昨夜も一緒にいて、仲良くなったんです」


 嘘は言っていない。盛っただけだ。

 前から、パーティで一緒になったことはある。

 ただ、今までは挨拶しか交したことはないけど、そんなことを父親が把握しているはずがない。


 俺には、全く興味を持っていないのだから。

 むしろ何故、美羽のついてわざわざ部屋に来たのか。

 そっちの方が、これまでのことを考えるとおかしい。


「……友達は選びなさい。昨日の件だって、騒ぎになっていたのを宥めたんだ。……子供だからって、許されることじゃない」


「何ででしょうか」


 不干渉だったくせに、急に色々と指図されて、カチンときた。

 友達を選べだって?

 選ばせてくれなかったのは、どこの誰なんだか。


 同い年の子供と付き合うな。

 レベルの低いのと付き合うな。

 弱味を作るな。


 これは全て、前の俺が言われた言葉だった。

 俺が俺様になったのは、元々の性格もあったかもしれないけど、父親の教育だって大きな影響があった。


 もしかしたら、全ての元凶はこの人なのかもしれない。



 俺は怒りを必死に抑えて、でも少しだけ父親を睨んだ。

 美羽は、いい子だ。

 それを否定する権利は、誰にもない。


 反抗することが今まで無かった俺が、言葉の中にトゲを含ませたからか、父親は驚いたみたいだ。

 怒られるのを覚悟していたけど、どちらかというと怯んでいる気がする。


「……もしかして、そういう仲なのか……?」


「そういう仲? 何を言っているんでしょうか?」


「…………キスを、していたじゃないか……」


「はあ?」


 とても言いにくそうに、視線を逸らして言った言葉に反応したのは、俺じゃなかった。


「……おにいちゃん、どういうこと?」


 いつの間に起きていたのか、大きな目がこちらを見ている。

 気のせいじゃなく、腰の腕が強く絞められるのを感じた。


 どうして、このタイミングで目を覚ますんだと、俺はこの場から逃げ道を探した。

 そんなもの、どこにも無かった。




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