10:子供というのは便利です




「ふふ、帝、顔が真っ赤。可愛い」


 何かが吹っ切れたのか、美羽は先ほどまでの泣きそうな顔はどこへやら、自信に満ち溢れている。

 俺は頭が痛くなりながら、それでも聞かなければいけないと口を開く。


「えっと、何で、キス? したの?」


 これをキスだと認めたくなかったけど、それでも口と口が触れ合ったのだ。

 キスでしかない。

 周りの大人もひそひそと、俺達のことを話している。


 こんなことを仕出かした本人は、俺の質問に涼しい顔で答える。


「したかったから? 好きな人には、キスをするんだよ。それに帝は僕をたすけてくれた。だから、ありがとうって気持ちもこめて」


 そういうことじゃない。

 一体、どんな教育を受けてきたんだ。


 色々と突っ込みたい気持ちもあったけど、それよりも先に第三者が登場した。


「帝、ここで何をしているんだ?」


 我らがお父様の冷たい声が、俺のすぐ後ろから聞こえてきた。

 さすがに時間がかかりすぎたのか。


 人の目があるから、きっと強くは怒らないだろう。

 でも、きっとネチネチと責めてくるはずだ。

 そういうタイプの方が面倒くさいと、心の中でため息を吐いた。


「あ、えっと、ごめんなさい。お父様。話をするのに夢中になってしまったんです」


 顔には出さず、笑顔で対応する。

 振り返った先の父親の眉間には、何本もの線が刻み込まれていた。


 感情を表に出すぐらい、怒っている。

 それは父親にしては、とてつもなく珍しいことだった。

 そこまで怒るほど、遅くなったつもりは無いんだけど。


「先ほども言っただろう。あまり時間をかけるなと。もう忘れてしまったのか」


「ごめんなさい」


 美羽のころが見えているはずなのに、完全に無視をしているのもおかしい。

 父親のことだ。

 このパーティーに参加している人全員、それこそ子供まで把握しているに違いない。


 皇子山の家は、一之宮家には劣るが、それでも大企業である。

 その子供である美羽に対して、なんのアクションも取らないはずがないと思ったのに、今の状況はそれを裏切っていた。



 そんなことをされたらメンタルの弱い美羽が、また泣いてしまう。

 心配になった俺は美羽の方を見たが、何故か好戦的な目をしている。


「すみません。私が帝君をひきとめてしまったんです。怒らないであげてください」


 しかも、意見を言うとは。

 俺でさえ、今の機嫌の悪い父親に話しかけたくないのに。

 この短時間で、まるで人が変わったみたいだ。


「君は、確か皇子山さんのところの……帝とそこまで仲が良かったのかな?」


 更に眉間のシワが深くなり、ほぼ睨んでいる。

 一触即発。

 今にも爆発しそうな雰囲気に、逃げた方がいいのかと思っていれば、騒ぎを聞き付けた美羽の両親が慌ててこちらに来た。


「も、申し訳ありませんっ! うちの息子がなにか仕出かしたのでしょうか?」


 顔を青ざめさせて、美羽の隣に行くと、無理やり頭を下げさせようとする。

 一之宮グループを敵に回したくないから、とっさの判断としては間違っていない。


 でも、親としては完全に間違っている。


「俺がここまで、美羽君を連れてきたんです。少しの間のつもりで。でも一緒に話をしていて楽しかったから、引き止めたんです。だから悪いのは俺なので、美羽君を責めないでください」


 俺ははっきりと、美羽が悪くないと言いきった。

 9割以上俺のせいなのは確かで、美羽は巻き込まれたに過ぎない。


 それなのに、一方的に美羽に謝らせるなんて、我慢できなかった。


「あ、あら、そうなの?」


「ち、ちが」


「俺達、もう親友なんです。今度遊ぶ約束もしました!」


 俺の言葉に納得していない美羽が、余計なことを言いそうになったので、被せ気味に叫ぶ。

 不満そうな顔をしているけど、ここで変なことを言ったら、また面倒なことになるのを分かってほしい。


「……そうです。私達、親友なんです」


 必死にアイコンタクトを送れば、唇をとがらせながらも、俺にのってくれた。

 完全におかしな顔をしているが、美羽の両親にとっては中身の方が重要なようだ。


「あらあらあら、そうだったのお!」


 特に母親の方が強いらしく、大げさなぐらいに喜び、俺じゃなくて後ろの父親に目線を移す。


「子供というのは、いつの間にか仲良くなるものですわね。今後とも、よろしくお願いいたしますわ」


「……ああ」


 さすがにここで邪険な態度を取れるほど、皇子山の家は小さくない。

 俺からしたら苦々しい顔で、父親は軽く頷いた。


「……パーティは、そろそろ終わりだ。最後の挨拶をする。早く来なさい」


「はい、お父様」


 早くこの場から離れたいといった感じで、俺の腕を軽く掴んだ。

 俺は抵抗することなく、それについていこうとする。


 でもその前に、


「それじゃあ、また。……美羽」


「! また会いましょう!」


 美羽に手を振れば、嬉しそうな顔をして振り返してきた。

 まるで犬がしっぽを振っているみたいで、とても可愛い。


「……行くぞ」


 和んでいたら、少し強めに引っ張られたので、俺は慌てて方向転換した。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 父親の機嫌が、ものすごく悪い。

 パーティも終わり、今は何故か書斎に連れられ、ソファに座っていた。


 ここに連れてきたくせに、何も言わない。

 どうしたいのかが分からない。


「えーっと、おとうさま……なにかごようですか?」


 中身は大人でも、体は子供なのだ。

 そのせいで、どんどん眠気が襲ってくる。

 呂律も上手く回らない。


 まぶたが落ちそうになりながら聞いてみたら、ようやく父親がこちらに視線を向けてきた。

 そして、何かを言おうと口を開いたのは見えたけど、もう限界だった。


「……おと、さま……ごめんなさ……」


「先ほどの皇子山美羽の件だが、いつの間に名前で呼びあって……それに、どうしてキスを……って、帝?」


 話しているのは分かっても、何を言っているのかまで理解出来ない。

 そのまま眠気に抗えずに、俺は目を閉じた。


 柔らかな感触が、俺を受け止めてくれたのが、今日の最後の記憶だった。



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