09:未来の副会長は面倒くさいタイプです




「……むりをしている……?」


 皇子山の口からこぼれ落ちた言葉は、絶望しか含まれていなかった。

 顔は青ざめ、焦点の合っていない目が、うつろに俺を映す。


「なにをいっているんですか……?」


「あ、えっと、ごめん。な、何でもないよ」


 闇堕ちの気配に、俺は前言撤回しようとした。


「そんなの、そんなの、あなたに言われなくても分かっている!」


 しかしすでに手遅れで、皇子山は大爆発してしまった。


 周りの視線がこちらに向き、そしてすぐにそらされる。

 でも気になって耳をそばだてているということは、俺にだって分かった。


「ご、ごめん。俺が悪かったから」


「何も分かっていないくせに、そんな風に謝らないで! 馬鹿にしているんでしょ!」


 皇子山は周りの様子が見えないほど、怒っているようだ。

 顔を真っ赤にさせて、全身で怒りを表しているが、俺には微笑ましくしか思えない。


 弟もそうだけど、怒っている理由がよく分からない。

 俺が鈍いのか、それとも最近の子供がそういうものなだけなのか。

 どう慰めたらいいのだろう。

 とても困ってしまった。


「あなたはっ、あなたは完璧だから、僕の気持ちなんて分からないんだ!」


 俺がどう慰めていいか悩んでいるうちに、さらに怒りはヒートアップしてしまって、今にも涙がこぼれそうだ。

 さすがに何人かの人がいる中で、泣かせてしまうのはまずい。


「僕はっ、もう笑いたくなんかないっ! 疲れた! こんなところになんか来たくなかったんだ!」


 その悲痛な叫びを聞いて、俺はどうして怒っているのか、ようやく理由が分かった。

 いや、怒っているんじゃない。悲しんでいるんだ。


 きっと今日は、久しぶりの外出だったのだろう。

 でも無理やり連れてこられた先は、よく分からない子供の誕生日パーティ。

 行儀良くしなさいと言われ、不満や悲しみでいっぱいだったところに、俺が追い打ちをかけてしまった。


 ほとんど俺のせいなので、俺が何とかするしかない。

 皇子山の赤く染まった頬を手で挟み込み、顔を近づけた。


「な、何するのっ?」


 突然のことに、驚いて涙は引っ込む。

 よしよし。あとは、慰めるだけでいい。


 俺は顔を近づけたまま、ゆっくりと言い聞かせる。


「俺は完璧なんかじゃない」


「……うそだ。ずっときらきらしていて、僕なんかよりもずっとずっと、おかあさまやおとうさまに、すごいって」


「これは、頑張って作っているだけだよ。本当の俺は、あんなに完璧な人間じゃない」


「つくりあげたとしても、すごい。僕はもう、わらうのにつかれた。なんでわらわなきゃいけないの……」


 目も鼻も真っ赤にさせた皇子山は、話を素直に聞いてくれた。

 こんなにも素直で可愛い子に対して、俺がこれから言う言葉は酷いものになる可能性が高い。

 下手をすれば嫌われるかもしれないけど、どうしても言っておきたかった。


 そうじゃないと、この子はこの先つぶれてしまう。


「笑うのは大変だよね。俺も今日は、顔が痛くて大変だった。でもね、俺も皇子山君も、これから笑わなきゃいけないんだ」


「……なんで?」


「俺達の家を、家族を守るために、笑顔を武器にするんだ。心の中で辛くても悲しくても、それを相手にバラしちゃ駄目。いつでも笑って、強いふりをするんだよ」


「つよいふり? つよくなくていいの? ……でも、そんなの僕にはできないよ……」


 子供だから仕方ないけど、皇子山が弱気すぎて、俺は活を入れるために少し強く頬を叩いた。


「出来ないじゃない! やるしかないんだよ! 自分の家を継ぐのなら、誰よりも強くならなきゃ!」


「……でも、でも……」


「分かった。それじゃあ、辛くなったら俺に言えばいい。皇子山君の弱いところ、悲しいこと、辛いこと、全部全部聞くから。俺の前でだけ、本当の自分を見せればいいよ」


 慰めるだけとは言え、少し言い過ぎたかもしれない。

 熱くなると、何も考えずに口に出してしまう癖は、早めに直すべきか。


「……わかった。がんばってわらう。それで、つらいときはきみのところにいく」


 それでも、泣き止んでくれたから、今回は結果オーライだ。

 周りも微笑ましいといった感じで見てくれているし、上手く出来た方だろう。


「うん、いつでもおいで。家に遊びに来てもいいよ。えっと、そろそろ戻ろうか。皇子山君」


 俺は頬を挟んでいた手を離して、会場に戻ろうとした。

 でも、何故か皇子山が動かない。


「……えっと、どうしたの?」


 早く帰らないと、そろそろ父親に怒られる。

 話すのにそこまで時間はかかっていないだろうけど、あの人は気が短そうだ。


 そういうわけで帰ろうと促そうとしたが、その前に皇子山がポツリと呟く。


「……みう……」


「ん?」


「なまえ、僕のなまえ、美羽ってよんでください。僕も帝ってよびますから」


「ああ、えっと、分かった。美羽だね」


 顔には出さないでいられたのを褒めてもらいたいぐらい、今の俺は驚いていた。

 小説の中で、俺は皇子山を名字でしか呼んでいなかった。

 名前を呼ばれるのは、転入生にしか許可しなかったと思ったんだけど。

 俺の勘違いだったのだろうか。


 それでも、好意的な感情を向けられて、嫌な気持ちにはならない。

 俺はなんだかポカポカした気持ちになりながら、名前を呼んだ。


 名前を呼べば、皇子山じゃなくて美羽は、とても綺麗に微笑む。

 そして、どんどん顔が近づいてきた。


「……んん?」


 なんだかデジャブを感じていたら、唇に柔らかい感触。

 それはすぐに離れたけど、それでも何が起こったのかは分かった。


 ……というか、何でまた。

 弟と言い、お金持ちの中ではキスが流行っているんだろうか。

 そんなわけないか。


 俺はキスされた口を手で覆って、現実逃避をする。

 周りの視線が、とても痛かった。



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