08:パーティで何も起こらないわけもなく




 やりたくない時間というのは、嫌でも早く来てしまう。


 俺は着飾られて、人々に注目される場所に座らされていた。

 あまりにも嫌で昼食は喉を通らず、朝食から何も食べていないのだけど、緊張しているからか全くお腹が減っていない。


「奥様は本当に残念でした。でも、こんな素晴らしい息子さんがいらっしゃいますもの、一之宮家は安泰ですね」


「いえ、まだまだ至らぬ愚息です。ご指導のほどよろしくお願いします」


 まだ子供だから、客人の対応は父親がしてくれる。

 俺は椅子に行儀よく座って、可愛らしく、でも馬鹿っぽく見えないギリギリのラインで笑いかけていればいい。


 俺の誕生日を祝うパーティとは名ばかりで、ここは家同士のビジネスの場だ。

 でも主役という立場だから、俺の一挙一動が他の子供よりも注目されやすいというわけである。


 さすがに、一之宮の名に泥を塗れない。

 俺はマナーで勉強したことをフルで活用して、完璧な息子を演じていた。

 そのおかげで、俺の評価はまあまあといったところだ。



 でも、そろそろ挨拶も疲れてきた。

 笑顔をキープし続けるのだって、相当顔の筋肉を使う。

 いくら精神的には大人だからとはいえ、限界というものがある。


 俺は笑顔のまま、周りをこっそり見た。

 ここから抜け出すための、適当な理由が欲しい。

 弟がタイミングよく困っていたら、優しいお兄ちゃんのふりをして助けに行けたのに。

 まだ3歳なので、今日は不参加なのだ。


 そう父親に言われた時、拗ねて泣いて大騒ぎになったのだが、今その話は関係ない。

 帰った後なだめるのが大変だと思いつつ、客人の顔を一人一人見ていく。



 ……いた。

 その中から、ちょうどいい人間を見つけたら俺は、挨拶をする人が途切れたタイミングで父親に話しかける。


「お父様、少し話をしてきてもいいですか?」


「誰か知り合いでもいたのか?」


「はい。挨拶をしてこようと思います」


「分かった。ただし、あまり長い時間はかけるな。あくまで今日の主役はお前だ。みっともない真似だけはやめてくれ」


「分かっています」


 素っ気なく、そして一言も二言も多かったけど、許可は得た。

 俺は椅子から優雅な仕草で降りると、階段を数段下りる。


 パーティを開くための部屋なんて、ものすごく無駄にしか思えない。

 しかし広くなければ、たくさんの客人を入れられないのは確かだ。

 ビジネスの場としても機能しているから、お金持ちからしたら必要なのか。

 まだ前世の庶民感覚が抜けきれていないせいで、俺としてはやっぱり無駄なのだけど。



 周りは大人が多いせいで埋もれそうになったが、みんながみんな俺に気がつくと道を開けてくれる。

 さすがは主役、そして一之宮家の子供なだけある。

 俺自身になんの力が無くても、後ろにあるものだけで、ひれ伏させてしまえるわけだ。


 それはとても奇妙な気分で、馬鹿らしくも思った。



 モーゼのように開かれた人の道を進み、目的の人の元にたどり着いた俺は、その人物に向けて笑いかけた。


「久しぶりだね。えっと……皇子山おうじやま君?」


 突然現れた俺に驚き目を見開いている顔は、とても幼かった。

 13年後の未来を知っている俺からしたら、何だか感慨深いものもある。


 まるで女の子のようで、ふわふわした髪をした西洋の人形みたいなその子は、13年後俺を裏切る中の一人。

 副会長の皇子山おうじやま美羽みうだった。


 どちらかというと名前も女の子みたいだから、今は間違えられていそうだ。

 しかし高校生になった時には、中性的で名前の通り王子様のような見た目になる。


 イラストで描かれていたキラキラと少女漫画のようなエフェクトと、背後に咲く薔薇は、どういう感じになるのか少し楽しみだ。


「ひ、久しぶりです。一之宮君。お、お誕生日おめでとうございます」


 今のところ可愛い皇子山は、ものすごく戸惑っている。

 ほとんど初対面みたいなものだから、そんな反応をされても仕方がないか。


 あの場所から離れるために利用したのだけど、無理やりすぎたかもしれない。

 それでも、もう少し付き合ってもらおうと思う。


「ありがとう。あの、すみません、皇子山君と話をしてもいいですか?」


「ええ、構わないわ。美羽さん、少し落ち着ける場所で話していらっしゃい」


 俺はすぐ隣にいた皇子山の親に、話をしていいかうかがう。

 丁寧に申し出てみたからか、それとも俺の家の力のおかげか、好意的に許可を得られた。


「……はい、お母様」


 皇子山本人は嫌そうな顔をしていたけど、親に言われてしまったら従うしかない。

 おおかた、ここでコネクションを作っておくように教育されているはずだ。


「お気遣いありがとうございます。それじゃあ、行こうか」


 完璧な作り笑顔で手を差し伸べれば、しぶしぶ手を重ねられた。

 ここでなんで手を繋いだのかというと、周りの大人に可愛い子供だと思ってもらうためだ。


 あまりに完璧すぎても、警戒されたり気味悪がられたりするだろう。

 今の時期は、少し子供らしさを出しておいた方が得と判断した。


 手を繋いだ俺達は、少しだけ人の少ない場所に移動する。

 全くいないところを選ばなかったのは、安全面を考えてだ。

 悪い人は、どんな時でもいる。油断はしていられない。


「ごめんね。無理やり連れ出して」


「……いえ、大丈夫です」


 巻き込んでしまったのは確かだから、俺はまずはじめに謝った。

 5歳なのに、話し方があまりにもよそよそしすぎる。


 そういう性格なのかと思ったけど、本人を見ると無理をしている感じだ。


 だから俺は何も考えず、頭に浮かんだまま聞いてしまった。


「なんか無理していない? 大丈夫?」


 それが間違いだったと気が付いたのは、皇子山の顔がぐちゃぐちゃに歪んだからだ。

 つまりは手遅れである。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る