05:これからのことを考えましょう
完全に上手くいったかは微妙なところだけど、父親と弟との仲は、少しは改善できただろう。
物語の中での俺が憎まれるレベルだったとしたら、知り合いぐらいにはレベルアップしたはずだ。
それでも他人に変わりないのは、調子に乗らずに状況を冷静に判断した結果である。
あれから弟が泣き止むまで抱きしめていたせいで、感覚の無くなった腕を振りながら、俺は自室のベッドの上で、これからの計画を立てている。
部屋に帰ると言った俺に、もう少し一緒にいないの? と弟が寂しそうな顔をしたが、心を鬼にして帰ってきた。
というか、あのまま居続けたら、何かボロを出しそうだったので逃げたのだ。
それぐらい弟は可愛かった。
前世の俺は一人っ子だったから、兄弟に憧れていたせいで、余計にそう思うのかもしれない。
とにかく、目指せ仲のいい家族の第一歩を無事踏み出せたので、次にどうしようか考えてみる。
13年後にハッピーエンドを迎えるため、やるべきことは、まだまだ山のようにあるはずだ。
でも、どこから手をつければいいのか分からない。
ベッドの上で頭を抱え、俺は唸る。
こういう時に限って、脳みそは機能してくれず、いい案を全く出さない。
もう十分以上考えているが、何も無かった。
「……そうだなあ。とりあえず、未来に起こることを書いておくか」
考えるのに疲れた俺は、とりあえず先延ばしにして、状況を整理することにした。
現実逃避とも言うが、混乱している頭を落ち着けるには良い時間稼ぎになるだろう。
俺は机の引き出しから紙を一枚取り出すと、箇条書きにこれから起こる事実を書いていく。
・13年後、俺は生徒会長をリコールされて、家からも勘当される。
・その後は行方不明という説明。死んではいない?
・父親は俺を道具としか見ていなかった。だからリコールされたと知ると、跡継ぎにはふさわしくないと言って見捨てた。
・弟はおれを憎んでいた。きっかけは母親の死を、弟のせいにしたから。その後も、嫌な態度をとり続けたせいで、嫌われて憎まれた。
・生徒会の役員は表面上の関係で、知らないところで何故か和解していて、リコールまではされなかった。
・風紀、特に委員長とは馬が合わず、最初から険悪の仲。だから俺をリコールするのに、転入生に協力をした。
・親衛隊は、みんな俺の顔と家のことしか見ていなかった。
・あんなに騒いでいたのに、リコールされそうになると手のひらを返したように、失望しただのと勝手なことを言ってきた。
・転入生は、別に俺のことを嫌ったり、憎んでいたわけではなかった。
・ただ俺が仕事を放棄したから、周りの人に言われてリコールを決行しただけ。
・俺が一目ぼれをしただの言わなければ、特に関係もなく、一番害が無い存在の可能性あり。
ここまでまとめてみて、俺は冷静に呟く。
「……あれ? これ、俺が大人しくしていれば、何も起こらないんじゃないか?」
こんな簡単な答えに、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。
リコールされるきっかけは、ほとんど全部俺のバカな行動だった。
つまり逆に考えれば、何もしなければ何も起こらない。
あえて仲良くしようとしたところで、失敗する可能性が高い。
それなら、誰の記憶にもとどまらないような、平凡な人生を送ればいい。
どちらかというと目立ちたくないタイプだから、影を薄くするのだって簡単だ。
「そうか。そんな簡単なことだったんだ」
これからの人生に光が見え、俺は目が覚めてから初めて希望が見えた。
もう一枚紙を取り出すと、決意を表明するために、用紙全体を使って文字を書く。
「目指せ! モブ!」
俺はその文字を見て、大きく頷いた。
「これで、よし」
こうして、俺のモブになるため、何もしないようにしていたのだが。
「……何でだ。どうしてこうなった」
何故か、全く上手くいかない。
一週間経った今、俺はベッドの上で体育座りをしていた。
この一週間、色々なことがあった。
そして、その結果を思い出すと、俺は間違っていたと叫んでしまいたくなるのだ。
もう一度言おう。
「どうしてこうなった?」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
まず最初におかしくなったのは、モブになろうと決意した次の日のことだった。
希望が見えたおかげで、すっきりと目覚めた俺は、朝食の前に自分の姿を鏡で観察していた。
ナルシストだと言われてしまうかもしれないが、それぐらい容姿が整っているのだから、思う存分見ておかないともったいない。
一応自分が生まれ変わったのだと理解はしているけど、それでも未だに夢なんじゃないかと思う気持ちもあるのだ。
もしかしたら、これはただの夢で目が覚めたら、元の僕に戻っているかもしれない。
そうなる可能性が少しでもあるのなら、この顔を十分に堪能しておきたい。
元の顔が嫌いだったわけじゃないけど、こんなにも完璧な顔を見る機会が無かったのだ。
「おにいちゃん、まさつぐだよ。おへやにはいっていい?」
後悔しないようにと、色々な角度で自分の顔を楽しんでいたら、小さなノックと共に、弟の声が聞こえてきた。
弟の不安を感じて、俺は自分の顔を見るのを中断する。
「いいよ」
断る理由も特に無かったから許可を出すと、すぐに扉が開いた。
少しだけ空いた隙間から、不安そうな顔が覗く。
今日も、絶好調に天使です。
「どうした? おいで」
さすがに昨日よりは慣れてきたおかげで、取り繕うのが上手くなった。
俺はいい兄の仮面を素早く被って、こちらに来るようにと両手を広げる。
最初は戸惑っているようだったが、おずおずと中に入ってくると、最終的には俺の腕の中に飛び込んできた。
あまりにも勢いが良かったから、変な声が出てしまうけど、痛みは全くなかった。
「おにいちゃん」
抱きついてきた弟は、マーキングするみたいに頭をぐりぐりと押し付けてくる。
動くたびに首に当たる髪が、とてもくすぐったい。
それでも好きなようにさせていたら、満足したのか弟は顔を上げて、視線が合うとにっこりと笑ってくる。
「おにいちゃん、だーいすき」
油断していた俺は、近づいてくる弟に対し、特に疑問に思わなかった。
笑った顔も可愛いな、とずれたことを考えていた。
そのせいで、唇同士が可愛い音を出してくっついても、状況を理解出来ないまま数秒ぐらい固まってしまった。
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