第28話 恵方巻きとヴァレンタインの悲劇
2月3日火曜日。藤田六郎ことロビンソンは気持ち悪そうな顔で起きた。
「頭痛いな……。昨日はナンシーちゃんと飲みすぎたかな。二日酔いだ……」
ロビンソンはふと時計と見た途端焦り始めた。
「え、もう時間?やばい、やばい。今日は鈴井校長に頼まれてアレの仕込みをしなきゃいけなかったんだ。今からやるんじゃ間に合わないぞ」
ロビンソンが急いで厨房に駆け込むと、そこにはたくさんの太巻きが巻かれていた。そして、そのそばに書き置きのメモがあった。ロビンソンがメモを読む。
『ちゃんと巻いておいたよ。のり巻き』
「ふふふ、粋な奴だな」
娘の心遣いに感謝するロビンソンであった。
11:45。釜揚高校では急に全校放送が流れた。鈴井校長の声だ。
「3年D組城ヶ崎くん、安永くん……」
次々名前を読み上げる校長。
「……1年A組田勢くん、以上の生徒は至急職員玄関に集まってください」
数分後、鈴井校長に呼び出された十数人の生徒は職員玄関に集まった。すると、玄関の前にロビンソン亭のバンが現れた。ロビンソンがバンから降りると、たくさんの太巻きが入った箱を運んできた。
「ああ、拳ちゃん。これ学校の全員に配るから、手伝って」
「全員ってマジ?」
「校長に頼まれちゃってさ」
「全くあの校長はなに考えているだか」
「今さら文句言っても始まらんよ、リーダー。さあ配ろうぜ」
「お前のその前向きなところ、本当感心するよヤスケン。じゃ、いくか」
「ていうか、1年なんで俺だけ~?」
生徒たちはロビンソンとともに太巻きを配り始めた。
そして、正午。全員に太巻きが配られ、安永としげるが席に着くと、また鈴井校長からの放送が流れてきた。
「みなさん、太巻きはいきわたったかな?さて、本日は『春の節分』です。ということで全校イベントとして今から『恵方巻き』をやります。みなさん、今年の恵方、西南西を向いて太巻きを無言で食べきりましょう!では始め!」
「おい、西南西ってどっちだよ」
「あっちだよ、あっち」
鈴井校長の合図に合わせ、西南西を向いて太巻きを無言で食べていく一同。男子は一気に食べきることができるが、女子は食べきれない者が続出した。3―Dの教室でもある女子が、
「ちょっと、これ多すぎる。食べきれないよ」
「じゃ、あたしが残り食べようか?」
「え、モモ?あぁた、自分のは?」
「もう食べきったから」
「え……あぁたって。じゃ頼むわ」
「任しといてよ」
三日月モモが頼もしい言葉とともに友人の恵方巻きを食べた。それも一本だけでなく、2本、3本と続々と友人の残した恵方巻きを食べていく。その姿を見た男子は、
「救世主だ。三日月モモは恵方巻きの救世主だ」
と感嘆の声をあげた。
2月7日。菊地萌子は友人とデパートで買い物をしていた。
向かう先には大勢の女性が群がっている。上に看板があり、『ヴァレタインセール』の文字が。女性たちはチョコレートを買っていた。菊ちゃんの友人がいろいろとチョコを漁っているのに対し、菊ちゃんはチョコを眺め、なかなかチョコを手に取ろうとしなかった。
「お菊、どうしたの?どんどん買わなきゃ、みんなに渡せないよ?」
「うん、でもあたしは一個でいいから」
「え?」
菊ちゃんはチョコを手に取ってみては元の場所に戻し、なかなか決められずにいた。
結局、菊ちゃんはチョコを買わずにデパートを後にした。一方友人は大きな袋2つかかえて歩くのが大変そうだった。
「お菊、結局一つも買わないで……。安永先輩へのチョコどうするのよ?」
「安永先輩って……。一言も言ってないのに」「あたしゃあぁたの親友だよ。それくらいわかるだよ」
「でも……」
肩を落とす菊ちゃん。
「ほら、頑張りなよ、お菊」
友人は手がふさがっているので、頭突きをして菊ちゃんを励ました。
「あいたたた……。わかった、あたし頑張ってみるよ。ありがとう」
城ヶ崎しげるは大学で体操部の練習をしていた。練習のあと、女性マネージャーに呼び出されたしげる。
「城ヶ崎くん、お疲れさま。はい、これ」
マネージャーは小さな箱をしげるに差し出した。
「これは?」
「ちょっと早いけど、ヴァレンタインチョコよ。来週は来ないからね」
「あ、ありがとうございます」
「ま、わたしのは取るに足らない一個だけどね。城ヶ崎くんモテるからたくさんもらいそうだし」
「え、取るに足らないって、そんなことないですよ。本当にありがとうございます。しかも俺、モテないですって」
「本当?」
意地悪そうににやけるマネージャー。
「ちょっと、からかわないでくださいよ」
照れるしげる。
帰りの新幹線の中でしげるはマネージャーからもらったチョコの箱を開けた。箱の中には普通のチョコとホワイトチョコが入っていた。まず、ホワイトチョコを食べるしげる。
「うん、甘くておいしい」
満足な顔をするしげる。続いて、普通のチョコを食べるしげる。しかし、チョコを食べた途端しげるが悶絶した。
「か、辛い……」
2月14日。釜揚高校のグランドではサッカー部が練習を行っていた。1、2年生に混じって、安永拳が一緒に練習していた。
「ヘイ、こっち」
安永の声に応じて、高く上がったボールが安永に向かってきた。そのボールを頭でゴールへ押し込む。
「ナイシュッ、安永先輩!」
部員たちが喜ぶ。安永も一緒に喜んでいた。
練習の後ミーティングをして、普段はそのまま部室に戻るサッカー部員たちであるが、今日に限って戻ろうとしない。部員たちの視線はマネージャーの菊ちゃんに向けられていた。視線に気づいた菊ちゃんは焦る。
「み、みんな何よ?」
「菊ちゃん、今日は何の日だか知ってる?」
「ん、なに?」
「ちょっとちょっとちょっと、今日は2月14日だよ」
「うん、それが?」
「それがって、わかってるんでしょ?2月14日といえば、ヴァレンタインデーだって! で、用意してくれたんでしょ?」
「何を……?」
「何をって、チョコだよ。チ・ヨ・コ・レート」
「あ、忘れた」
「えー!」
一斉に肩を落とすサッカー部一同。
「しようがないよ。みんな帰ろうぜ」
安永が部員たちの肩を叩いて慰める。部員たちが部室に帰るところ、安永のジャージが誰かが引っ張った。安永が振り向くと、菊ちゃんが。
「なに、菊ちゃん?」
「安永先輩、このあとお話があるんですけど、いいですか」
「いいよ」
二人は人気のないところへ移動した。すると、菊ちゃんがポケットから包みを取り出して、安永に差し出した。
「菊ちゃん、これは……」
「安永先輩、好きです!受け取ってください!」
「ありがとう。でも、俺……」
「知ってます。安永先輩が他の人を好きだってこと。でも、あたし自分の気持ちにウソつけないから……諦めるなら、自分の気持ち伝えてからにしようと思って。好きじゃなくてもいいですから、受け取ってください!」
「うん。ごめんね、菊ちゃん」
安永がチョコの入った袋を受け取ると、菊ちゃんは急いで走り去った。安永は中のチョコを食べてみる。いつもより苦みが強い気がした。
一方、体育館では体操部が練習していた。この日はしげるも大学ではなくこっちで練習していた。練習のあと、体操部の部員たちはマネージャーの江戸サキから義理チョコをもらった。部室で部員たちがしげるに言い寄ってきた。
「リーダー。今年はいくつもらったんですか?」
「え、まだ二個だよ。大学で義理1個、いま江戸さんから義理で1個」
「あれれ?インターハイの英雄なのに?」
「おいおい、インターハイに出たからって、モテるってわけじゃないでしょ」
「いやいや、これからっしょ。今日たくさんもらえますって」
「そうか?」
まんざらでもない顔をするしげる。
『少なくとも、エージェントフジか桜小路さんからもらえるかな?』
そんなことに期待するしげるであった。
しげるが部室を出ると、合気道部の藤すみれを見つけた。しげるが声をかけようとすると、藤さんの隣に男子がいて二人は手をつなぎ合っている。二人を申し訳なさそうに立ち去ろうとするしげるを発見する藤さん。
「先輩、城ヶ崎先輩!」
「あ、エージエントフジ」
「ちょっと、もう『エージェントフジ』って呼ぶのやめてくださいよ。で、今日はこっちで練習ですか?」
「ああ。ところで隣の人は?」
「ああ、ごめんなさい。カレです。ヨリ戻したんです」
「どうも、お久しぶりです城ヶ崎先輩。避難訓練のときの敵役です」
「ああ、あのときの。ヨリ戻んたんだ。おめでとう、お幸せに」
「ありがとうございます、先輩」
二人は幸せそうにしげるの前を去って行った。
「そっか……」
残念そうに肩を落とすしげる。
しばらく歩いていると、校舎の玄関から桜小路舞が現れた。声をかけるしげる。
「桜小路さん」
「あ、城ヶ崎先輩」
行儀よくお辞儀をする舞。
「今日はこっちで練習だったのですか?」
「うん。で桜小路さんも部活?」
「はい。あ、そうだ」
慌ててかばんから包みを出す舞。
「これ、ヴァレンタインチョコです。どうぞ」
「ありがとう、桜小路さん」
しげるはチョコを受け取った瞬間、自然と笑みがこぼれた。すると、男子が一人玄関から現れた。
「おお、ぐっさん」
「お、リーダー」
現れたのはしげるの親友、山口であった。
「ぐっさん、今日はどうした?受験中だろ?」
「ああ、でも今日は試験ないから。ちょっと用事があってね」
「そうか、受験がんばれよ」
「推薦が決まると言葉が軽いなぁ。でも、ありがとう。頑張るよ。じゃあな。舞、帰ろう」
「はい」
山口と舞が一緒に帰ろうとする姿にびっくりするしげる。
「え、ぐっさん……桜小路さん?」
「ああ、言ってなかったっけ?カノジョ。避難訓練の時はありがとうね。それじゃ」
「それでは、また」
二人は仲よく手をつなぎながら帰って行った。呆然とするしげる。
しょげながら、しげるが歩いていると、右側から誰かが走ってきた。
ドッシーン!
二人はぶつかってしまった。倒れこむ二人……。
「あいたたた……。君は」
しげるが立ちあがって見た人物はサッカー部のマネージャー、菊地萌子だった。顔をあげた菊ちゃんは涙で目が真っ赤になっていた。
「うわー!!」
菊ちゃんが泣きながら、しげるに抱きついてきた。
「え?えっ?」
しげるはただただ戸惑うばかりであった。
安永拳が駅に着くと、改札口には三日月モモがいた。安永に手を振るモモ。
「やあ、ヤスケン」
「やあ、モモッチ。今日はなんで来たの?」
「なんでって、今日はヴァレンタインじゃない。はい、チョコレート」
チョコレートを受け取った安永は驚愕の顔をした。
「何これ?チロルチョコじゃない?!」
「だって、留学の準備で忙しかったから、これくらいしか用意できなかったんだもん。チロルチョコでもあげたんだからいいじゃない?」
「なんだよ、忙しいからってもう少し凝ったものくれればいいじゃない?菊ちゃんなんて……」
「何、怒ってんのよ?それに菊ちゃんって……。菊ちゃんと何かあったの」
「もう、なんでもないよ!」
安永が振り向き、学校に戻ろうと走って行く。その瞬間、モモの目の前にバスが通り過ぎた。次の瞬間、バスは止まり、バスの前では安永が血まみれになって倒れていた。
「いやー!」
モモが惨状を見て、大きな声で叫んだ。その時、モモが持っていたバッグからハート形の大きな包みがこぼれた。
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