第27話 初デートと稲作
1月10日。釜揚高校の3学期の授業初日だ。
藤田のりは職員室で一人気合いを入れていた。その姿を見た越ひかりがのりに声をかける。
「おはよう、のり先生。すごく気合い入っているじゃない」
「おはようございます、ひかり先生。やはり授業初日ですからね。最初が肝心ですよ」
「そうね。最初がしっかりしないと後がだれちゃうからね。でも、気負いしすぎないでよ」
「はい。じゃ、そろそろ授業始まりますので、いってきますね」
のり先生が連絡用のホワイトボードに何かを書いたあと、教科書を持って職員室を出た。のり先生が職員室を出た後、ひかり先生はホワイトボードを見て、思わず笑ってしまった。
「ちょっと待って……。『のり、はいりまーす』って。どこに行ったか書けってんの」
3―Dの教室では、生徒たちが各自自習していた。
3年生になると、大学受験を控えているので3学期はほとんど自習になっているのだ。三日月モモは机の上に辞書を置きながらノートにいろいろ書いていた。安永拳は何か本を読んでいたが、飽きてしまいモモに声をかけた。
「モモッチ、英語の勉強?英語得意じゃなかったっけ?」
「ううん、これはドイツ語よ。向こうはドイツ語が公用語だから、今から少しでも身につけないと」
「ほほー、さすが」
「で、ヤスケンは何読んでいたの?」
「ああ、料理の入門書。包丁の使い方とか『さしすせそ』とか」
「さしすせそ?」
「調味料のことなんだけど、えっと上から砂糖・塩・酢・センブリ・ソース」
「なんか、違うような……。もう一回本見たら?」
「わかった。……あ、砂糖・塩・酢・醤油・味噌だ。でもなんで『せ』が醤油なんだろう?」
「うーん、それは謎ね」
安永がモモに近づいて小声で話し始めた。
「ねぇ、今度さ行きたい所があるんだけど、一緒に行かない?」
「ん、いいけど。でもこれってもしかしてデート?」
モモがいたずらっぽく言うと、安永が顔を赤らめた。
「え?ん、まあ……そうとも言えるけど……。じゃ今度の土曜日ね」
「うん。あ、先生が来た」
安永は急いで席に戻った。
土曜日。安永とモモは静岡駅を降りて、バスに乗っていた。張り切る安永とは対照的にモモは不満そうな顔をしていた。
「ヤスケン、本当にいいの?何にもないところだよ?」
「なに言ってんの?歴史の名所じゃない?きっと面白いって!」
あるバス停で安永とモモはバスを降りた。まわりは住宅が並んでいる。
「へぇ、住宅街にあるんだ。意外」
安永ははやる気持ちを抑えていた。
「モモッチ、行こう」
安永はモモの手を引き、住宅街にある広場の中に入って行った。広場にはショベルカーが何台か動いていた。殺風景な広場には木造の倉庫や、古い時代の住居が数件あった。あまりにもさみしい風景である。その光景を見た安永はうなだれた。
「ここって、本当にあの……」
「そうよ、ここが有名な『登呂遺跡』よ」
「そう、ここが歴史の教科書に載っている……」
「だから、何もないって言ったじゃない。ね、元気だして。とりあえず竪穴式住居でも見ようよ」
モモはうなだれる安永の肩をたたき、竪穴式住居の中に入って行った。
「意外と広いね」
「そうだね。でも寒いな」
「それも言える。帰ろうか。このあと、あたしビレバンに行きたいな」
「ビレバンって?」
「宝島よ」
「宝島!面白そう。行こうか」
二人が竪穴式住居を出ると、なんと風景がガラリと変わっていた。さっきまでの殺伐とした風景と異なり、竪穴式住居が十数件立っている。稲穂が実っている水田、高床式倉庫、そしてたくさんの人々が稲刈りをしていた。
あまりの変化に安永とモモはしばらく呆けていた。多くの人が働いている中、一人の女性がやる気なさそうに稲刈りをしている。
「あれ、カズ兄ちゃんの店で働いている人に似てない?」
「ああ、ミルクさんね。ロビンソン亭でもバイトしているよね」
しばらくすると集落の中心に建てられている祭壇の中から巫女のような服装をした女性が二人現れた。
「ひかり先生とあすか先生に似ているよね」
「うん」
すると、二人の巫女の前に他の住民たちとは違う服装を着た長身の男性が現れ、片膝をついた。
「ヒカリさま、アスカさま。今年も見事に実りました」
「そのようですね。これもルギ殿のおかげです」
「いえいえ、私の力は微々たるものです。この結果はみなの力です」
「では、御神体へのお供えを」
三人のやり取りを見た安永とモモは、
「ねね、あれルギーさんそっくり!」
「うん、女性に尻を敷かれている様がまさにルギーさん」
と笑いをこらえながら、こそこそと話していた。
ルギと名乗る男が稲穂を二人の巫女に差し出す。するとあすか先生に似た巫女が祭壇の中に入り、何か丸い物を持ってまた祭壇から出てきた。その丸い物を見たモモは思わず叫んだ。
「ミッフィー!」
「何者だ!」
モモと安永は男たち数人に見つかり、祭壇の前に連れて行かれた。ひかり先生に似た巫女が二人に語りかけた。
「あぁたたち、不思議な格好をしていますね。異国の方ですか?」
「いえ、日本人ですけど」
安永が何も考えずに答える。
「日本?やはり聞いたことありませんね。それにしても、御神体のミフイ様の名前を知っているとは何者ですか?」
「え、あたしのペットに似ているから」
モモがミフイ様を指差した。
「おのれ、ミフイ様に何たる無礼!二人を閉じ込めておきなさい!」
あすか先生に似た巫女が突然怒りだし、モモと安永は男たちに竪穴式住居の一つに強引に入れられた。
安永とモモが竪穴式住居に入れられると、最初入ったときの殺伐とした風景だった。なにもないただ広いだけの部屋。外に人の気配はなさそうだ。
「もしかして、元にもどった?」
「そうかな?外に出てみようか」
安永を前に二人が外にでると、現在の殺風景に戻っていた。
「何だったんだろうね?」
「うん……」
お互い不思議そうに見つめあう。
「じゃ、ヤスケン、ビレバン行こうよ」
「ああ」
二人はバス停に向かった。
ヤスケンとモモは静岡パルコの6階にある雑貨屋「ヴィレッジヴァンガード」にやってきた。様々な雑貨に目を光らせるモモ。一方、目をキョロキョロさせて戸惑っている安永。
「いろんなのがあるね」
「そうでしょ。まさに宝島よ」
「宝島ね……。よくわからないものが多いけど」
「あ、なっちゃん先輩!こんにちは!」
モモは偶然ヴィレッジヴァンガードに来ていた日向夏子に遭遇した。
「あ、モモ。それにヤスケンくん。こんにちは。あれ?あぁたたちデート?」
「え?ま、まあ……」
顔を赤らめるモモ。
「んもー、ちょっとは否定しなさいよ。熱い、熱い」
「ごめんなさい。で、先輩、今日はどうしてここへ?」
「ちょっとレアものを探しにね」
「さすが、先輩。あ、あれなんか良くないですか?」
「どれどれ?いいねぇ」
モモとなっちゃん先輩が二人で盛り上がっている一方、安永は一人呆然と立っていた。
その頃、城ヶ崎しげるは大学の体操部の練習に参加するため新幹線に乗っていた。
しげるの隣には桜小路舞が座っている。しかし、二人は会話をすることもなく緊迫した空気が流れていた。
しばらくすると、緊張していたためか二人とも居眠りしてしまった。しげるは夢を見ていた。
弥生時代の田園風景でしげるは村の兵士をしている。村の中心には祭壇があり二人の巫女が村を指導している。巫女はひかり先生とあすか先生に似ている。他にも知ったような顔がいくつかいる。そして、祭壇には御神体としてミッフィーに似たものが祭られていた。
そこへ、現代の格好をした安永とモモが現れ、しげるがあすか先生に似た巫女の命令で二人をある住居に閉じ込めた。二人を閉じ込めた時点でしげるは目覚めた。すると、舞がいつの間にかしげるの肩に寄り添ってまだ眠っていた。しげるは少し舞に寄り添って再び眠った。
夕方になり、安永とモモは釜揚噴水公園にいた。噴水の前で見つめあう二人。安永が口を開く。
「モモッチに初めて会ったの、ここだったね」
「そうだね。ミッフィーが勝手にヤスケンに向かってきて」
「ははは、そうだったね。ミッフィーは元気?」
「うん、あの頃から3回りくらい大きくなったよ。今度、一緒にミッフィーの散歩に行こうよ」
すると、安永は返事もせずいきなり真剣なまなざしでモモを見つめた。
「どうしたの、ヤスケン?」
「俺……モモッチに伝えたいことがあって」
「ん?何伝えたいことって?」
「俺……俺……モモッチが……」
「あ」
「ん?」
「危ない!」
モモが叫んだ瞬間、サッカーボールが安永の頭に当たった。するとボールが飛んできた方向から菊地萌子が走ってきた。
「すみませーん!あ、安永先輩。……とモモ先輩。失礼しました」
「あ、菊ちゃん」
菊ちゃんはボールを持ってさっさと走り去った。また二人きりになる安永とモモ。
「で、伝えたいことって」
「あ……、もう日が暮れてきた。それは今度言うわ。帰ろう、モモッチ」
「うーん、わかった。帰ろう」
二人は公園から家に帰って行った。
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