第23話 恋のずんだケーキ
11月17日。文化祭が終わり、釜揚高校の生徒たちは体育館に集まっていた。檀上に鈴井校長が立った。わざとらしくマイクテストを行ったあと、スピーチを始めた。
「みなさん、文化祭は楽しかったですか?ところで、数学の服部先生が今日から産休に入った関係で、臨時教員が来ることになりました。では、紹介します。藤田先生どうぞ」
鈴井校長に紹介され、若い女性が檀上にあがった。その姿を見た安永拳と城ヶ崎しげるは驚きの色を隠せなかった。
「どうも、今度臨時で数学を教えることになりました藤田のりです。みんな、よろしくお願いしますね」
のりはあいさつした後、かわいくウィンクした。そのウィンクを見た男子生徒たちがどよめいた。どよめく男子を冷たく見る女子生徒たち。
昼休みになり、売店へ向かう安永としげる。今日は一応ロビンソン亭のマグロカツサンドの特売日だ。
「それにしても驚いたな。まさかのりさんが教師になるなんて」
「本当そうだな、ヤスケン。でもな、残念なことが一つあるんだよな」
「なにさ、リーダー?」
「今日特売日じゃない。今まではのりさんが来てたわけじゃない。
でものりさんが先生になると、必然的に来ちゃうじゃない、あの男が」
「ああ、ロビンソンがな……」
少し落胆した二人が売店に着くと、意外な光景が。
なんとマグロカツサンドを売っているのは、本日臨時教師をして赴任した藤田のりだった。
「あれ、のりさん?なにやってんの?」
「ああ、拳ちゃん、いらっしゃい」
「いらっしゃいって、あぁた今日からうちの高校の先生になったんじゃないの?」
「それはそれ。これはこれっていうじゃない?まあ、これからよろしくね」
「はい、よろしく」
「のりさん、数学ですよね。ヤスケン君、数学苦手なんですよ。ちょっと教えてやってくださいよ」
「そうなの?じゃあ、ビシバシ鍛えてあげるわよ」
「余計なこと言うなよ、リーダー」
マグロカツサンドを買う安永としげる。するとのりさんが話を切り出した。
「拳ちゃん、もうすぐ誕生日だよね。ケーキでも作ってあげようか?」
「本当ですか?じゃ俺、ずんだケーキがいいな」
「なんだそれ、ヤスケン?」
「昔、仙台に旅行に行った時に食べたんだけどさ、なまらうまかったのよ」
「わかったよ、考えておくね」
「お、よろしくお願いします」
3人の談笑を遠くから見つめる影が一つ。
「ずんだケーキね」
にやりと笑った人物の手には大きなペットボトルが握られていた。
11月18日。菊地萌子は片手にペットボトルを握りながらもの考えている様子で歩いていた。
「ずんだケーキか……。ていうか、ずんだって何?」
ぶつぶつと独り言をいう菊ちゃん。そこへ友人が声をかける。
「おはよう、お菊。どうしたの?」
「うん、『ずんだケーキ』っていうのを作りたいんだけど、ずんだってよくわからなくて」
「そういう時はあの人に頼めばいいじゃない?」
「あの人って?」
「いやだもう、あの人といえばあの人よ」
「だから、誰よ?」
「もう、昼休み紹介してあげるから!」
「うん」
少しとまどう菊ちゃんであった。
昼休み、菊ちゃんは友人に連れられ、2―Bの教室にやってきた。
「藤先輩、こんにちは」
「あら、どうしたの?」
「実はこの娘が先輩に相談したいことがあって」
友人が菊ちゃんに紹介したのは、藤すみれだった。少し緊張した面持ちの菊ちゃん。
「はじめまして、菊地です」
「こんにちは、菊地さん。で相談っていうのは?」
「あの……『ずんだケーキ』っていうのを作りたいんですけど、どういうものか知らなくて」
「ああ、『ずんだケーキ』ね。あれおいしいのよ。そうだ今度仙台にいくから、お土産にずんだあん買ってきてあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
「楽しみにしてててね」
友人と教室をでる菊ちゃん。
「お菊、よかったね。藤先輩のことだからきっといいずんだ持ってくるよ」
「うん……でもずんだって?」
「あ、あたしもわからない……」
沈黙する二人。
11月24日。三日月モモは「居酒屋ナンシー」の厨房にいた。厨房にはナンシー、日向夏子、藤田のりの3人がいる。
「じゃ、モモちゃん、今日は『ずんだケーキ』作るわよ」
「はい、のりさん」
「『のりさん』じゃないでしょ!『のり先生』でしょ!」
「はい、のり先生」
割烹着を羽織ったのりさんは気合が入っている。
「モモちゃん、これ着て」
「はい」
割烹着を着るモモ。
「モモ、結構似合っているね」
「そうね。でもあたしはちょっと」
「ねえ」
ひそひそ話をするナンシーとなっちゃん先輩。すると、のりさんが
「ちょっと、そこの二人も着る!」
と言い、無理やり割烹着を着せられるナンシーとなっちゃん先輩。割烹着を着た4人がずんだケーキを作りはじめる。
「じゃモモ、まずは枝豆をゆでてね」
「わかりました、なっちゃん先輩。でも、かなりの量ですよね」
「これぐらいないと、ケーキに必要なあんこができないからね。いくよ!」
ゆであがった枝豆を今度はミキサーにかける。ミキサーでつぶした枝豆を砂糖や水と一緒に鍋に入れて煮詰めていく。
「焦がさないようによくかき混ぜてね」
「はい、のり先生」
15分後、緑色に染まったあんこが鍋に出来上がった。
「けっこういい出来ね。今度はスポンジね。こっちにいらっしゃい、モモちゃん」
「はい、ナンシーおばさん」
「おばさん?」
モモをすこしにらむナンシー。
「……お姉さん」
「ふふふ、いいわよ『おばさん』で」
ほほ笑むナンシーに安堵するモモ。小麦粉、卵に砂糖をかき混ぜ生地を作る。そして生地をオーブンに入れる。
「おいしく、おいしく、おいしくな~れ」
「ナンシーさん……」
「ほら、あぁたも言うだぁよ」
「あたしもですか?」
「そうよ。これがおいしくなるポイントなんだから」
「……おいしく、おいしく、おいしくな~れ」
オーブンに向かって恥ずかしそうにいうモモ。しばらくしてオーブンからスポンジを取り出す。出来はいいようだ。4人はスポンジにずんだあんを塗っていく。そして、出来上がったケーキを見たモモは、
「おいしそう……」
唾を飲み込んだ。
「ちょっと、食べちゃダメだよ、モモ!ヤスケンにあげるんでしょ」
「だ、大丈夫ですよ、なっちゃん先輩」
「本当?」
「大丈夫ですって!」
あせりの色が隠せないモモ。できあがったケーキを箱に入れ、帰っていくモモ。
「我慢、我慢」
ケーキの誘惑に耐えるモモであった。
11月25日。城ヶ崎しげるは茶道部の茶室で正座していた。しげるの正面には桜小路舞がいる。舞がお茶を立てている。出来あがったお茶を差し出す舞。
「どうぞ、城ヶ崎先輩」
「どうも。これってなんか茶碗をどっちかに回さなきゃいけないんでしょ?」
「ふふふ、いいですよやらなくても。そのまま飲んでください」
「じゃ、いただきます」
ずずずっと音を立ててお茶を飲むしげる。その姿を見て口に手を立てて微笑む舞。
「え?なんかまずいことした?」
「ふふふ、本当は音立てちゃいけなんですけどね」
「あ、そうなんだ。ごめんなさい」
「いいですよ」
照れるしげる。
「では、お菓子でも」
次に差し出されたのは意外にもロールケーキであった。
「普通、和菓子が出るんじゃなかったっけ?」
「通常はそうなんですけど、近くでおいしいロールケーキ見つけたので、今日は特別に」
「そう、じゃいただきます。うん、おいしい。初めて食べる味だな。なんか枝豆っぽい」
「枝豆でつくった『ずんだあん』が入っているんですよ」
「『ずんだあん』か。あ、この前ヤスケンが好物だって言ってたな。うん、おいしいよ」
「ありがとうございます」
楽しいお茶会が終わり、茶室を出るしげると舞。
「今日はありがとうございました、お茶会に付き合ってくださって」
「こちらこそ、ありがとう。こんなの初めてだったから、ちょっと緊張しちゃったけどね」
「それでは、失礼します」
「じゃ、またね」
舞が階段の前でしげるにお辞儀をした瞬間、よろめいた。
「危ない!」
しげるがとっさに階段に走り出す。舞を抱え、階段を転がり落ちるしげる。
「うぎゃー!」
階段下で叫ぶしげる。
「先輩?先輩、大丈夫ですか?」
うずくまるしげるの隣でおろおろする舞であった。
一方、駅に向かって全速力で走る菊地萌子。友人と待ち合わせしているようだ。
「ごめん、待たせちゃって」
「遅いよ、お菊。でもまだ藤先輩来てないから大丈夫よ」
「そうか、なんとか間に合ったみたいね」
すると、駅の改札口から藤すみれが現れた。
「おかえりなさい、藤先輩」
「ただいま。あ、菊地さん買ってきたよ、ずんだあん」
「ありがとうございます」
菊ちゃんが藤さんから包みを見ると、緑色のかたまりが。
「緑色なんですね」
「そうよ、もしかして知らなかった?」
「はい」
恥ずかしそうにはにかむ菊ちゃん。
「ふふふ、ずんだはね、枝豆で作ったあんこなのよ。最高級の枝豆で作られたずんだを仕入れてきたから、きっとおいしいわよ。でも、量が少ないから1ホールは無理かも。ショートケーキくらいなら大丈夫かと思うんだけど」
「いえ、これで十分です。本当にありがとうございます」
「どうもいたしまして」
藤さんと別れを告げた菊ちゃんは友人とともに家の台所でスポンジケーキを作り始めた。慣れない手つきで悪戦苦闘しながらケーキを作る二人。数時間後、やっとのことで完成した。
「……格好は悪いけど、まあ食べられそうね」
「そうよ、見た目じゃないわよ。気持ちよ、気持ち!明日はがんばってよ、お菊」
「うん」
二人は不格好なずんだケーキをそっと箱に入れた。
安永拳が学校から帰ろうと学校の玄関で靴を履き替えると、菊地萌子が現れた。
「ヤスケン先輩」
「お、菊ちゃん、何?」
「誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう」
菊ちゃんは安永に箱を渡すと、全速力で走り去って行った。
「あ……」
おもむろに箱をあけると、中には不格好なずんだケーキが入っていた。
「お、ずんだケーキだ」
その場でケーキを食べる安永。
「うまいぞ、このずんだ」
ケーキの味を絶賛する安永。
安永はずんだケーキを食べた後、歩いて駅に向かおうとすると駅の改札口の前で三日月モモを見つけた。モモはなぜかうつむき加減である。
「モモッチ」
「あ、ヤスケン」
「どうしたの?」
「ううん、別に……」
少しの沈黙の後、モモが口を開いた。
「今日誕生日だよね?」
「うん、そうだけど」
「おめでと」
「あ、ありがとう」
「……ホントはさ、プレゼント用意してたんだ」
「プレゼント?」
「うん……ずんだケーキ」
「で、そのケーキは?」
「……食べちゃった」
モモが小さな声で言った。
「はい?」
「食べちゃったの!だって、おいしそうだったし、
夕方でちょっとお腹すいちゃったから、ついさ……」
下を向いてしまうモモ。
「ふーん」
モモを見て唇のあたりに緑色の物体を発見した安永は不意にモモの顔に極限まで近づいた。1秒後、安永は顔を離し、自分の上唇をなめた。
「うん、たしかにずんだだな」
モモの顔が思いっきり赤くなる。
「バカ、バカ、バカ!安永のバカ!」
安永の胸にめがけ何度も殴るモモ。安永がモモに対して何かを言ったようだが、興奮してモモの耳には届かなかった。モモが安永を殴り終えたとき、
「じゃ帰ろうか、モモッチ」
「……はい」
二人は恥ずかしそうに手をつなぎながら、駅のホームの中に入って行った。
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