第24話 それぞれの進路とマグロ焼き
11月26日。長身で眼鏡をかけた男が釜揚高校の校長室の前に立っていた。
「先生、こちらです」
「ワカリマシタ、ルギー」
ルギーの後ろには白髪の外国人がいた。ルギーがドアをノックして二人で校長室の中に入った。
「失礼します。お久しぶりです、鈴井先生」
「おお、久しぶりだね、戸塚。で、そちらがこの前連絡をもらった……」
「そうです、僕の師匠のブシドー教授です」
「ドウモハジメマシテ。ブシドーデス」
「ようこそいらっしゃいました、ブシドー教授。ウィーン国立音大で教鞭をとられてる有名な先生であることは戸塚君から聞いておりますよ」
「ハハハ。単ナル音楽好キノジジイデスヨ」
「それにしても、日本語が上手ですね」
「昔カラ日本ニ興味ガアリマシテネ。マア、日本語ガ話セルヨウニナッタノハ、ルギーノオカゲデスケドネ」
「そうですか。それでは、本題の留学の件の話を」
「オオ、ソウデスネ。実ハ……」
一方、3-Dの教室では城ヶ崎しげるの周りにクラスメートが集まっていた。しげるの机の横には松葉杖が、右足にはギブスが装着されている。
「おい、リーダー大丈夫かよ?骨折?」
「ああ、でも小さいヒビが入っただけだから、全治1か月だってさ」
「そうか。でも推薦のほうは?」
「うん、ケガの報告はしたけど、なんとか大丈夫みたい」
「よかった、よかった」
談笑していると、教室のドアが開いた。担任の越ひかり先生が入ってきた。
「はいはい、みんな席について」
クラス全員が席につく。
「みんな、おはよう。見てわかるように、リーダーが骨折しちゃったのよ。不便なこともあるから、みんな協力してあげてね。それとリーダー、今度から気をつけてよ」
「はい、ひかり先生」
少し照れた顔をするしげる。
放課後、生徒たちが下校していく。しげるが安永拳におんぶされながら階段を下りた。
「ヤスケン、大丈夫だって」
「恥ずかしがるなよ。けが人は甘えとけって」
二人の姿は確かに周りから見て目立っていた。そして、その様子を遠くから見つめる女子が一人。茶道部の桜小路舞だ。舞は不安そうに二人を見つめている。すると、後ろから誰かが舞の肩をたたいた。はっと驚く舞。
「ど、どなたですか?」
舞は振り向くとみるみる怯えてしまった。そこには怒った顔の藤すみれがいたからだ。
「あたし、知ってるんだから」
「な、何をですか?」
「城ヶ崎先輩が骨折したの、あなたのせいだって」
「え……え……」
すみれが問い詰めると、舞はますます動揺した。
「ごめんなさい!」
舞がとっさに走り去った。
「あたし、許さないから!」
走り去る舞の背中に向けて、すみれが叫んだ。
その夜、鈴井校長、ルギー、そしてブシドー教授の3人は「ロビンソン亭」にいた。
「ブシドー教授、ここの魚料理はうまいですから。ぜひぜひ」
「ソウデスカ。私刺身食ベルノ、初メテデス。楽シミデス」
すると、一人の女性が刺身の船盛りを運んできた。
「刺身の船盛りをお持ちしました。どうぞ」
「あれ?のりちゃんじゃないの?」
看板娘ののりが現れなかったことに驚くルギー。
「今日からバイトすることになりましたミルクです。よろしくお願いします」
愛想よく答えるミルク。
「よろしくね、ミルクちゃん!」
すでに酔っているのであろうか、鈴井校長の声が大きい。
「ささ、ブシドー教授どうぞ、どうぞ」
「アリガトウゴザイマス。デハ、イタダキマス」
と言った瞬間、ブシドー教授の手が止まる。
「どうしました、ブシドー教授?」
心配そうに見つめる鈴井校長。
「スミマセン、コノ赤イノハ何デスカ?」
「これは『マグロ』ですけど」
「ン?『マグロ』デスカ?私ガコノ前食ベタノト違イマスネ」
「このマグロもおいしいですから、どうぞ」
ブシドー教授が恐る恐るマグロの刺身を一切れ食べる。
「アレ?甘クナイデスネ」
「甘くない?先生、マグロは甘くないですよ」
「ルギー、アナタトコノ前食ベタ『マグロ』ハ甘カッタデスヨ」
「先生……それは『マグロ』じゃなくて、『マグロ焼き』というスイーツですから」
「アア、私勘違イシテマシタ。デハ、『マグロ焼き』アリマスカ?」
「わかりました、ちょっと頼んでみます」
ルギーが厨房へ行き、マグロ焼きを頼みに行った。ルギーが戻り、数分後バイトのミルクが愛想良くやってきた。
「マグロ焼き、お待たせしました!店長からのサービスで山盛りですよ」
ミルクが持って来たのは大きなさらに山盛りに積まれたマグロ焼きであった。
「アリガトウゴザイマス」
マグロ焼きをほおばるブシドー教授。ご満悦な顔をする。
「鈴井校長モドウゾ」
「では、いただきます」
なぜか、額から汗をかく鈴井校長。
「ささ、鈴井先生」
ルギーがにやりとほほ笑む。鈴井校長はルギーを一瞬にらんだ後、マグロ焼きをほおばった。
「うん、うん、おいしいですね……」
「本当ニオイシイデスネ」
二人の対照的な姿を見たルギーは笑いをこらえようと下を向いた。
一方、藤田のりは日向夏子と夜の商店街を歩いていた。
「なっちゃん、このあと百円ショップね」
「はいよ。で、花の高校教師はどうなの、のりちゃん?」
「けっこう大変。授業はなかなか思い通りならないし、意外と明日の準備とかが大変なんだよね。でも、お店にずっといるよりかはいいけど」
「お店のほうはいいの?」
「バイト雇ったみたいだし。いいのよ、お父さんちょっと私に甘えすぎなのよ。もう港の看板娘なんてダサイ境遇なんて嫌」
少し不満げな顔をするのりちゃん。その様子を少し心配そうに見つめるなっちゃん。
「のりちゃん」
急にのりちゃんを呼びとめるなっちゃん。
「何?」
「何って、百円ショップ行くんじゃないの?通り過ぎちゃうよ」
「そうだった。ごめん。行こう、なっちゃん」
二人で百円ショップに入る。
「ふふーん」
上機嫌で品物を探すのりちゃん。すると、のりちゃんが突然うろたえる。
「無い。洗濯ネットが無い。あれ?この前見つけたんだけど……あれ、あれ?」
「……後ろ」
なっちゃんが小さな声で教えた。のりちゃんが後ろを振り向くとお目当ての洗濯ネットがあった。
「もうちゃんと教えてよ、なっちゃん!」
恥ずかしそうに怒るのりちゃん。
「こんな姿は生徒には見せられないね。だって『頭のきれる先生』だもんね」
微笑みながら皮肉をいうなっちゃん。
「なっちゃんの意地悪」
のりちゃんはかわいらしく口を尖らせた。
11月26日。釜揚高校の昼休み、越ひかり先生が突然モモを呼んだ。
「三日月さん、放課後に職員室に来てくれない?」
「はい」
首をかしげるモモ。
11月30日。安永拳と三日月モモは喫茶店でお茶を飲んでいた。
「モモッチ、この前なんで先生に呼ばれたの?」
「うん……実は留学の話が来て」
「留学?すごいじゃない。木琴の腕前が認められたんだ」
「うーん、木琴じゃなくて指揮者としてなのよ」
「え?玉木くんのまちがいじゃない?」
「私もそう思ったのよ。で、先生に聞いてみたら、間違いなく私だって。留学を勧めた音大の教授がいうには『君のシロフォン(木琴)の演奏でみせた全体を見据えたバランス感覚は指揮者向きだ』ってさ」
モモが大盛りのパフェをたらいあげる。
「ふーん、でもモモッチの指揮者姿も魅力だね」
「え、本当、ヤスケン?」
安永の言葉にモモは顔を赤らめた。
「で、留学先はどこ?」
「ん、ウィーン。音楽の都、ウィーンよ」
「ウィーンか。ウィーンといえば、あれだ。ウィーン少年……料理団!」
「え?それって『ウィーン少年合唱団』の間違いじゃない?」
「いや、料理団だって。ひなた寿司の洋ようちゃんが言ってたよ。昔、ウィーンに行った時に『ウィーン少年料理団』っていう料理人の卵たちに会ったって」
「なんか嘘っぽいな……」
「じゃあ、会ってみる?」
「え、『ウィーン少年料理団』に?」
「そうじゃなくて、ひなた寿司の洋ちゃんに」
「本当?ひなた寿司っていつも満席の有名店でしょ?話なんて聞けるかな?」
「今はお昼休みだから大丈夫だよ。行こう」
「うん」
安永とモモは喫茶店を出て、ひなた寿司へ向かった。
安永とモモの二人がひなた寿司に到着すると「準備中」の札が掲げられていた。
「閉まってるね、ヤスケン」
「今は夜の仕込みのために休憩中なんだ、入ろう」
慣れた手つきで扉を開ける安永。中に入ると、顔の長い天然パーマの男がいた。
「おお、拳ちゃん。なんだいこんな時間に?
ていうか、後ろにいるのは彼女かい?ヒューヒューだよ!熱い熱い!」
男が威勢よく声をかける。
「からかわないでよ、洋ちゃん」
少し照れる安永。
「こちらはクラスメートのモモッチだよ。この前洋ちゃんが話した『ウィーン少年料理団』の話を詳しく聞きたくて」
「おお、『ウィーン少年料理団』!あれは俺が修業時代にウィーンに寄ったときだ。腹を空かせてレストランの残飯をつまみ食いしようとしたところであったのが奴らだ。あいつらすごいんだよ。かわいい顔してさ、一流シェフ並みの料理作っちゃってさ。ま、おれのほうが腕は上だったけど。ちなみにさ、少年たちを教えていた先生が美人でよ、おれとその美人教師との……」
「洋ちゃん、恋のほら話はいいよ」
洋ちゃんの話の途中で安永が口をはさんだ。
「なに言ってんだ、拳ちゃん?俺とスザンヌとの愛のメモリーをだな……」
冷めた目で見つめる安永とモモ。そのまなざしに気づいた洋ちゃんは、
「わかった、わかったよ。そっちの話はまた今度な!」
とあきらめた。すると、何かに気づいた安永。
「ところで洋ちゃん、親方は?」
「ああ、親父骨折しちゃってさ入院しているんだよ」
「そりゃ大変だ。今度の漁師組合の納会、料理用意するんでしょ、大丈夫?」
「まあ、大変だけど、やるしかないよ……」
いきなり洋ちゃんがまじまじと二人を見つめる。その怪しいまなざしに不安になる安永。
「拳ちゃん、ヒマだよね。手伝ってよ……。そちらのモモッチちゃんも」
回答を渋る安永に対し、モモは
「いいですよ。楽しそうだし」
と即答した。
「いいの、モモッチ?」
「うん、パーティーの料理作るんでしょ。楽しそうじゃない」
「でも、100人分だよ」
「え?」
100人という数字に驚くモモ。
「ヤスケンも当然手伝うよね」
少し怒った口調で安永にせまるモモ。
「……うん」
モモの迫力に負けた安永であった。
「拳ちゃん、モモッチちゃんありがとう!今年こそはロビンソンに勝つぞ!」
洋ちゃんはこぶしを突き上げ、気合いを入れた。
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