第22話 マーチングバンド本番とミルクセーキ


 11月3日。釜揚高校の校庭では、吹奏楽部とカラーバトン隊で構成されたマーチングバンドの練習が行われていた。指揮者の玉木浩の指揮に合わせ、小太鼓隊が小刻みに太鼓をたたきながら行進していく。その後、管楽器隊が大きな音を出しながら行進していく。そして、カラーバトン隊が行進しながら旗を振っていく。


 一通り演奏が済んだところで、朝礼台に立つ眼鏡をかけた長身の男、ルギーがメガホンを持った。


「よし、なかなかいいぞ。本番まであと2週間だ。この調子でもっと精度をあげていくよ。

 じゃ、今日の練習はここまで」

「お疲れ様でした」


 マーチングバンドの面々が一斉に挨拶する。楽器の後かたづけをしている最中、三日月モモが安永拳に声をかける。


「ヤスケン、このあと空いてる?」

「うん」

「じゃ、ミッフィーの餌買いに行くの付き合ってくれない?」

「いいよ」



 モモと安永はペットショップ「カプリコ」へ向かっていた。そして、モモたちの後ろをひっそりと尾行する二つの影。一人は大きなペットボトルを持っている。


「菊ちゃん、なんで尾行なんか」

「うるさいわね。とにかくあなたはあたしについていればいいのよ、田勢くん」


 尾行していたのはサッカー部のマネージャー菊地萌子と吹奏楽部の田勢重幸だった。菊ちゃんは前を行くモモと安永を苦々しく見ながらペットボトルを握りしめた。


 モモと安永がペットショップ「カプリコ」に到着した。

 ドアを開け中に入ると、店長の苺和彦の姿はなく、奥に座っている女性店員が一人。


「すみません、犬とか猫のエサはどこにありますか?」


 モモが店員にミッフィーのエサの場所を聞くと、


「あー、そっちよ、そっち」


 店員は席から立たず、ぶっきらぼうにエサの場所を指差すだけだ。

 モモは店員の態度に少し不満をもったが、渋々エサが置いてある場所に向かった。


「モモッチ、これなんかいいんじゃない?」


 安永がにやけながら、一つエサ缶をモモに差し出す。


「どれどれ?……ぷっ、何これ?『ひな鳥丸ごと一羽』って、ありえないし」

「ウケるっしょ、試しに買ってみれば?栄養はありそうだし」

「そうね。遊びで買ってみるか」


『ひな鳥丸ごと一羽』と書かれたエサ缶を含め、エサをいくつか買ったモモ。

 店員は無愛想にレジを打っていた。

 そして、モモと安永が店を出ようとしたとき、店長の苺和彦が店に戻ってきた。

 和彦は大きな袋を持っている。


「ただいま、あ、モモちゃんいらっしゃい」

「カズ兄ちゃん、こんにちは。今日はミッフィーのエサを買いに来たの」

「どうもありがとうね。あの抜けがらあそこに飾ってあるよ」

「え……ほんとだ……」


 和彦が指さした先にはミッフィーの抜けがらが飾ってある額縁があった。

 その異様な姿に苦笑いするモモと安永。


「ちょっと、そこの二人。何か用?」


 女性店員が突如他の客に無愛想に声をかける。


「ちょっと、ミルクちゃん。これ飲んで」


 和彦が大きな袋から缶をひとつ取り出した。缶には『ミルクセーキ』と書かれている。

 ミルクはミルクセーキを一気飲みすると、満面の笑顔を浮かべた。


「いらっしゃいませ、お客様何かお探しでしょうか?」


 突然、愛想が良くなるミルク。


「あの子、ミルクセーキが無いとすぐ機嫌が悪くなるんだ」


 ため息をつく和彦。


「お疲れ様、カズ兄ちゃん」


 モモが和彦をねぎらう。


「あ、菊ちゃん」


 安永がミルクを見やると菊ちゃんがいた。


「あ……ども……ヤスケン先輩」


 あわてふためく菊ちゃん。


「あら、田勢くん。もしかしてデート?」


 モモが菊ちゃんの隣にいた田勢をからかう。


「違います!違いますよ!」


 手を振り懸命に否定する田勢。


「みなさん、ミルクセーキ飲みませんか?おいしいですよ」


 ミルクがミルクセーキの缶をモモたちに差し出す。ミルクセーキを飲む一同。


「おいしい」

「うん、甘くておいしいね」

「あたし、はまっちゃいそう」


 モモ、安永、そして菊ちゃんが絶賛する中、田勢が、


「甘い……だめだ」


 苦しそうな顔をする。


「何だって?」


 突然田勢をものすごい形相でにらむミルク。


「はい、ごめんなさい!」


 田勢はミルクの迫力に押され、ミルクセーキを一気飲みした。


 11月16日。釜揚高校はいろいろな出店や飾りでにぎわっていた。先週の金曜日から文化祭が開催されていた。弓道部の演武や茶道部のお茶会などもあり多くの人が釜揚高校に集まっていた。


「いらっしゃいませー!自家製パセリの天ぷらはいかがですかー?!」


 大きなペットボトルを持って、菊ちゃんが出店の宣伝をやっている。


 一方、他の場所では初老の男性が、


「いらっしゃい!ロビンソン亭のマグロ焼きどうですか? マグロカツサンドもおいしいよ!らっしゃい、らっしゃい!」


 ロビンソンと娘ののりさんが出店を出していた。


 学校の奥のほうでは、なぜか田勢が一人座っていた。田勢の前にはヒヨコが数匹。


「なんで俺、店番なんか……」


 嘆く田勢。人通りも少なく、寂しさが深まる。しばらくすると、ミルクセーキの缶を飲んでいるミルクが現れた。


「店番ごくろう。ありがとね」

「どうも」


 田勢は椅子から立ち、走って校庭に向かった。


 校庭の隅で、モモや安永たちマーチングバンド隊が準備をしていた。全員緊張の色が隠せない。少し離れたところではなっちゃん先輩こと日向夏子がそわそわしている。


「君が出るわけじゃないんだから、君が緊張してどうするのよ」


 ルギーがなっちゃん先輩に言う。


「だって、もう心配で心配で。自分の本番の時より数倍緊張しますよ」


 なっちゃん先輩の声がうわずっている。


 校庭に備えてあるスピーカーから放送が流れる。


「まもなく、吹奏学部によるマーチングバンドが始まります。みなさま、校庭に集まってください」


 放送につられ、校庭に人々が集まってくる。

 集まってきた人々を見て、マーチングバンドのメンバーの緊張は最高潮に達した指揮者の玉木浩が朝礼台の上に立つ。その前にモモたちが木琴などを用意する。


 いよいよマーチングバンドの本番だ。玉木が腕を振ると、小太鼓隊が小刻みに太鼓をたたきながら行進していく。その後、管楽器隊が大きな音を出しながら行進していく。そして、カラーバトン隊が行進しながら旗を振っていく。モモの木琴も周りの演奏と調和している。


 演奏している曲は「恋のずんだケーキ」。アップテンポな曲であるが、演奏、行進、旗振りが見事にあっている。演奏が終わった瞬間、観客が盛大な拍手を送る。


「うっ、うっ、うわー!」


 なっちゃん先輩が大きな声をあげながら泣いていた。なっちゃん先輩の頭をなでるナンシー。


「あれ、いつの間に」


 突然のナンシーの登場に驚くルギー。


「なに、ずっといたじゃない!」

「痛っ!」


 ナンシーはルギーのお尻をつねった。


 校庭にいたマーチングバンドのメンバーはハイタッチし、抱き合っていた。安永はなぜかカラーバトン隊のメンバーから胴上げされていた。モモは周りのメンバーと抱き合いながら、号泣していた。


 そんな中、一人の男がルギーに声をかける。


「オヒサシブリデスネ、ルギー」

「あなたは……」


 ルギーは男を見て、驚きの色が隠せなかった。


 夕方、文化祭も無事終わり、モモと安永は一緒に駅に向かっていた。二人とも黙って歩いている。モモがちらちらと安永の左手を見る。わざとらしく安永の手に向かって手を伸ばした瞬間、安永が声をかけた。


「モモッチ、とうとう終わっちゃったね」


 安永から急に声をかけられ、驚くモモ。


「そうだね。終わっちゃったね、ヤスケン」

「きっかけはかなり強引な誘いだったけど、この3ヶ月間楽しかったよ」

「そっか、もとはあたしの強引な誘いだったね。でも楽しんでくれてこちらとしてもうれしいよ。あたしも楽しかったけど、終わっちゃうと気が抜けちゃうな。なんか何もやる気しないって感じ」

「やる気しないって、まだまだ今年もあと2カ月あるんだよ」


 安永が苦笑いする。


「でも、大きなイベントが終わっちゃうと、気が抜けるんだよね。なんかイベントがあるといいんだけど」

「月末、俺の誕生日だけど」

「ヤスケン、どうしたの?いきなり誕生日を言っちゃってさ」

「いや、イベント作ってあげようと思って」


 安永の困った顔がかわいらしく見えたモモ。


「ありがと、ヤスケン。じゃ誕生日プレゼント用意するから。楽しみにしてね」

「お、サンキュ。楽しみにしてるよ」


 二人はそのまま駅に向かった。自然と二人の手が握られていた。

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