第21話 バナナダイエットと謎の生物

  10月18日 8:00。三日月モモが食卓でバナナを食べている。バナナを1本食べ終わった後、台所にいる母のまさ子に向って叫んだ。


「お母さん、バナナ無い?」

「もう無いわよ」

「ええ?!今バナナダイエット中なのに。やっぱりブームで品薄なのかな?」

「最近朝、バナナばっかり食べていると思ったら、そういうことだったのね。でも、あぁた、毎朝バナナ一房食べてたらダイエットにならないわよ」

「そんなこと無いわよ。ちゃんとしてるもん」


 モモが少し不機嫌になる。


「それじゃ、練習いってくるね。行ってきます」

「いってらっしゃい」


 モモはマーチングバンドの練習に向かった。


 釜揚高校の校庭にはモモたちマーチングバンドのメンバーが集まっていた。モモが呆けていると誰かが声をかけてきた。


「おはよう、モモッチ」

「おはよう、ヤスケン」


 モモに声をかけたのは安永拳だった。


「今日こそ俺たちの出番がほしいな」

「先週は出番なく練習終わっちゃったしね。本番まであと1カ月だし、一通り合わせていかないとね」

「よし、頑張るぞ!」


 気合いを入れる安永。


「それよりもモモッチ」

「なに、ヤスケン?」

「太った?」

「え?」

「いや、ちょっと顔がふっくらしてきたかなって思って。食欲の秋だから仕方ないか」

「女の子にそんなこと聞くなんて失礼よ、ふん!」


 モモは振り返って木琴に向かって走り去った。


 マーチングバンドの全体練習が始まる。モモは先ほど安永に言われたことを忘れようと一心不乱に木琴をたたく。すると、指揮者の玉木が演奏を止める。


「ちょっとちょっと、木琴さん」

「なに?」

「たたく音、強すぎるから。全体のバランスが大事だから、もう少し柔らかくね」

「あ、ごめん」


『しっかり。落ち着け、あたし』


 モモは頬を軽く2回たたき、落着きを取り戻した。


 そのあとの練習は順調に進み、安永たちカラーバトン隊の行進が始まった。予想以上に隊列を揃えて見事な行進をするカラーバトン隊。


「おお、なかなかやるね」


 練習を見守っていたルギーも驚きの色を隠せない。



 次の日、昨日と同様に朝バナナを食べるモモ。バナナを食べながら、ふと窓をあけると、いつも庭中を転がっているミッフィーが小屋の中でじっとしている。


「お母さん、ミッフィーの様子がおかしいよ」


 母のまさ子を呼ぶモモ。


「そう?じゃあ、カズ兄ちゃんに診てもらいなよ」

「え?獣医に見せたほうが」

「同じようなものでしょ」

「違うよ、カズ兄ちゃんはペットショップの店長だって。お医者さんじゃないってば」

「でも、獣医なんてあたし知らないし。とにかくカズ兄ちゃんなら知ってるんじゃない?行ってきなよ」

「はーい、わかりました」


 10:00。モモはミッフィーを抱え、駅前にあるペットショップ「カプリコ」に現れた。ドアを開け、店に入るモモ。


「いらっしゃいませ。あ、モモちゃん久し振り」

「お久しぶり、カズ兄ちゃん」


 モモたちを迎えたのは、ペットショップを営むモモのいとこ和彦だった。


「で、今日はどうして来たの、モモちゃん」

「うん、この子の元気がなくて」


 ミッフィーを和彦にみせるモモ。


「何、これ?」

「うちのペット。ミッフィーっていうの。今朝から全然動かなくて」

「うーん、こんな動物見たことないし。運動不足かな?モモちゃん、最近散歩に連れて行ってる?」

「あ、そういえば最近散歩に行ってない……」

「そうなら、やっぱり運動不足だよ」

「そっか、散歩に連れて行かなきゃ」

「そうだ、これ出てみない?」


 和彦がモモにあるビラを見せる。


「ペット自慢大会?」

「そう、来週噴水公園でペット自慢大会があるんだ。散歩ついでに出てみれば?」

「そうだね、散歩ついでに出てみようっと。いいね、ミッフィー」


 ミッフィーはモモに応えるように小刻みに震えた。


「ちなみに僕、審査員やるから」

「え、採点厳しそう……」

「優勝賞品はバナナ1年分らしいよ」

「本当?バナナ?よし、優勝狙うよ、ミッフィー!」

「急に燃えてきたね、モモちゃん」

「バナナのためだもん!がんばるよ、カズ兄ちゃん!」


 意気揚揚と店を出るモモ。


 20:00、下りの東海道新幹線に城ヶ崎しげるが乗っていた。疲れているみたいで座ったまま眠っている。突如、携帯電話が震えだし目が覚めるしげる。すると隣に見たことのある人物が。


「あ、エージェントフジ」

「こんばんは、城ヶ崎先輩。ってもう『エージェントフジ』じゃありませんから」


 隣に座っていたのは、合気道部の藤すみれだった。


「ははは、そうだね。で、藤さんは何で新幹線に乗っているの?」

「今日は横浜で合気道の大会があったんです」

「横浜でって、結構大きな大会だったの?わざわざそこまで出かけるってことは」

「そうですね。全国大会とはいきませんけど」

「すごいね」

「どうも」


 少し照れた顔をするすみれ。


「そういえば先輩はなぜ?」

「ああ、週末は大学で体操の練習に参加しているんだ」

「すごいじゃないですか!大学ってレベル高くない?」

「そうだね。でもいろいろ刺激を受けるよ。来年からお世話になることだし」

「来年ってもしかして推薦が決まったんですか?」

「ああ」

「おめでとうございます!」

「ありがとう」


 少し照れた顔をするしげる。


「あたしも来年全国大会目指して頑張ろう!」

「どうしたの、いきなり意気込んじゃって」

「そうすれば、推薦で東京いけるし、先輩にも会える……。いや、なんでもありません。とにかく先輩に見習って頑張ろうと思っただけです!」


 顔が赤くなるすみれ。


「じゃ、がんばってね」

「はい」

「あー、来週面倒だな」


 突然、溜息をつくしげる。


「どうしたんですか?いきなりため息ついちゃって」

「ああ、来週噴水公園でペット自慢大会があって、俺がその審査員をやることになって。母さんが勝手に決めちゃうから」

「いいじゃないですか、いい気分転換になって」

「あういうステージって緊張しちゃうんだよ」

「なに言ってるんですか?インターハイ出た人が、プレッシャーに弱いみたいなこと言っちゃって」

「それとこれとは別モノだって」

「でも、たかが地元のイベントじゃないですか。気楽にいきましょうよ」

「そうだね」


 そうこうしているうちに新幹線は静岡駅に到着した。


「降りなくちゃ」

「そうですね」


 しげるとすみれは新幹線から降りた。


 次の日曜日。噴水公園に設けられた特別ステージにはたくさんの観客が集まっていた。ステージには『釜揚町ペット自慢大会』と大きく書かれた看板が掛けられている。ステージに黒い帽子とスーツを着た男性が現れた。


「釜揚町のみなさん、こんにちは!とうとうやってきましたペット自慢大会。わたくし司会を務めさせていただきます、平畠啓史です~」


 司会のあいさつが行われた瞬間、盛大な歓声があがった。


「自慢のペットの特技を競わせるこの大会。なんと、優勝賞品はバナナ1年分!ペットの餌にも、今話題のバナナダイエットにも使えますねぇ。でも食べすぎには注意ですよ」

「審査員はこちらの4人です」


 司会の平畠啓史の合図で審査員がステージの審査員席に座った。


「右から一人目は、釜揚高校初のインターハイ出場者、城ヶ崎しげる君です。城ヶ崎くんはどんなペットが好きですか?」

「えーっと、クワガタですかね」

「クワガタって時期が時期だけに今日は出てきそうもありませんな」


「次は、居酒屋ナンシーの店長、安永成美さんです。今日の審査のポイントはどんなところですかね」

「ニャンニャンです!」

「かわいらしい振り付けされても……」


「3人目はペットショップ『カプリコ』の店長、苺和彦さんです。ペットショップの店長ということでいろんなペットを見ていると思いますが、ペットを上手に飼う秘訣はなんでしょう?」

「やはり、飼い主の愛情ですね。今日の大会でもその愛情を厳しく審査してみたいと思います」

「さすが、ペットショップを営むだけあります。審査員らしいコメントをいただきました」


「そして、最後は審査委員長、ロビンソン亭の名物店長ロビンソンです!ロビンソンさんにとってのペットとは何でしょうか?」

「ペットは私にとっては癒しです。とにかく根性のあるペットに癒されますね」

「根性と癒し……あまり関連性のないような」

「なんだって?」

「すみません、根性のあるペットに癒されるということで、

 以上4人の審査で始まります。では1番の方、どうぞ!」


 ペット自慢大会が始まった。参加者は犬にいろんな芸をさせるのが多い。どれも同じような芸をさせるので、観客も審査員もだんだん飽きてくる。一方、参加者の控室では緊張した面持ちでモモがミッフィーを抱え椅子に座っていた。


「モモっち」

「あ、あすか先生」


 保健室のあすか先生がモモに声をかけてきた。あすか先生の横にはミッフィーに似た丸い物体が6ついる。


「あすか先生、これって体育大会の。あすか先生のペットだったんですか?」

「そうよ、あたしが育て上げたマロン軍団よ。モモっちには申し訳ないけど優勝はこちらがもらうから」

「あたしも負けませんよ、あすか先生」

「お、気合いが入っているね。じゃ、あたしが勝ったら、ミッフィー1週間貸してね」

「わかりました、勝負ですねあすか先生」

「うん、そろそろあたしの番だ」


 あすか先生とマロン軍団がステージに向かった。


「では、次はあすか先生とマロン軍団の登場です。どうぞ!」


 司会の平畠啓史に呼ばれ、あすか先生とマロン軍団がステージに上がった。


「かわいい!」


 マロン軍団のかわいらしさにナンシーが思わず声を上げた。


 ピーッ!


 あすか先生がホイッスルを鳴らすと、マロン軍団が横一線にきれいに並び始めた。


 ピーッ!ピッ!ピッ!


 あすか先生のホイッスルにあわせ、転がったり跳ねたりするマロン軍団。その見事な演技に観客から盛大な拍手が送られる。


「いやー、お見事でした、マロン軍団!ありがとうございます!

 ナンシーさんいかがでした?」

「もう、ニャンニャンそのものでした!けど、飼い主がちょっと強制しているような」

「なに?どろぼう猫みたいな人には言われたくないんですけど」

「どろぼう猫って誰のとことかしら?」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 司会の平畠が急いで二人をなだめる。


「では、あすか先生とマロン軍団にもう一度盛大な拍手を」


 盛大な拍手に送られ、ステージを降りるあすか先生とマロン軍団。


「次は、最後になります!三日月モモさんとミッフィーです。どうぞ!」


 司会の平畠啓史に呼ばれ、モモとミッフィーがステージに上がった。ミッフィーを床に置くモモ。


「ミッフィー、転がりなさい」


 しかし、ミッフィーはぴくりとも動かない。


「ミッフィー、跳ねなさいよ!」


 モモの指示に微動だにしないミッフィー。


 ブルブル、ブルブルッ。


 ミッフィーが突如小刻みに震えだした。そして次の瞬間!


 ビリッ!


 ミッフィーの皮が真ん中から二つに裂けはじめたのだ。その異様な光景に悲鳴をあげる観客たち。そして、裂けた皮の中から現れたのは……


 前と変わらぬ姿のミッフィーであった。


「すみませんでした!」


 恥ずかしくなったモモはミッフィーとミッフィーの脱皮した皮を持って急いでステージを降りた。


「あ……ありがとうございました。三日月モモさんとミッフィーでした」


 さすがの司会も少し呆けてしまった。


 ペット自慢大会も終わり、ミッフィーを抱え噴水で一人溜息をつくモモ。

 そこへあすか先生がやってきた。


「あすか先生、優勝おめでとうございます。そっか、ミッフィー貸すんですよね。いつがいいですか?」

「あ、それはいいや……じゃね。元気出して」


 あすか先生とマロン軍団は足早に去って行った。


「あんたが脱皮するから、バナナも取れなかったし、あすか先生も冷めちゃったわよ」


 軽くミッフィーをたたくモモ。そこへいとこの和彦が現れた。


「モモちゃん、残念だったね」

「うん、まさか脱皮するとは思わなかったから。あれじゃみんな引いちゃうよ」

「ところでさ、あの皮持ってる?」

「え?ミッフィーの抜けがらのこと?」

「うん」

「持ってるけど、はい」


 モモがミッフィーの抜けがらを和彦に渡すと、和彦が嬉しそうな顔をした。


「これは、貴重だよ。今度店に飾ろう。じゃね、モモちゃん」


 和彦はミッフィーの抜けがらを持って、帰って行った。


「少しは役に立ったみたいね……」


 モモがミッフィーを撫でると、ミッフィーは軽く跳ねた。


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