第20話 紅葉狩りとフランスパン
10月4日。城ヶ崎しげるは新幹線に乗っていた。大きなバッグを棚に上げ、ひとり窓を眺めるしげる。その表情はどこか不安げだ。ある女性がしげるに声をかける。
「お隣よろしいでしょうか?」
「どうぞ。あ、君は……」
女性というよりか少女は着物を着ている。しげるはこの少女に見覚えがあるようだ。
「この節はどうも」
「どうも。この前は大変な目にあったね」
「はい?」
「いや……避難訓練のときに人質になって」
「はぁ、そういえばそんな状況だったらしいですね」
「だったって、かなり大変だったと思うよ」
「そうでしたかね?」
少女の独特の雰囲気にしげるはとまどった。
「たしか、桜小路さんだったよね。今日はなんで新幹線に?」
「今日は東京でお稽古がありまして」
「お稽古って、茶道の?」
「いえ、日本舞踊のです」
「へぇ、日本舞踊ね。すごいね」
「それほどでもないですよ」
「すごいって、東京まで稽古に行くなんて、よっぽど好きじゃないとできないよ」
「そうですか?ありがとうございます」
唇に軽く手を当てほほ笑む桜小路舞の姿にしげるは一瞬はっとした。
「ところで、先輩はなぜ新幹線に?」
「ああ、大学の体操部の練習に参加するんだ」
「大学の練習ですか、すごいですね」
「いや、練習に参加するだけだから。でも、レベルが高そうだからすこし不安なんだよね」
「レベルが高いのは当り前じゃないですかね?大学なんですし。あまり気負いしても仕方ないですよ」
「そうだよね、高いのは当り前だよね。気楽に行ってみるか。ははは」
しばらく談笑する二人。小田原駅をすぎたあたりでしげるが窓の外に何か見つけた。
「あ、ロビンソンだ」
「ロビンソン?」
「うん、スーパーの看板に『ロビンソン』って」
「それが何か?」
「いや……港にロビンソンっていう面白いおじさんがいて、ロビンソンって文字を見るとその人思い出しちゃって」
「そうなんですか。ロビンソンさんに会ってみたいですね」
「やめたほうがいいよ。かなり振り回されちゃうから」
新幹線は終点の東京に到着した。ホームに降りるしげると舞。しげるがバッグから紙を出して、何やら探しているようだ。
「先輩、何を探しているんですか?」
「え、『中央線』ってどっちかな?」
「こっちですよ。わたしも一緒ですから」
不意にしげるの手を引き、中央線のホームに向かう舞。
「ところで、先輩お名前は?」
「え?言ってなかったっけ?」
「はい」
「じゃあ、城ヶ崎です」
「よろしくお願いします、城ヶ崎先輩」
「こちらこそ」
舞の独特な雰囲気と握りしめられた柔らかな手に、しげるは不思議な感覚を覚えた。
10月11日。釜揚高校吹奏楽部が校庭に集まっていた。
管楽器と小太鼓の比率が高い。安永拳たちカラーバトン隊も旗を持って待機している。朝礼台の上に立った長身で眼鏡の男性がメガホンを持っている。
「じゃあ、これから全体練習を始めるよ。各パート配置について」
長身の男ルギーの合図で、各パートが配置についた。
「はい、オッケー。マーチングバンド、はじめ」
指揮者の玉木浩の指揮に合わせ、小太鼓隊が小刻みに太鼓をたたきながら行進していく。その後、管楽器隊が大きな音を出しながら行進していく。順調に演奏が続く中、カラーバトン隊の出番になる直前、突然メガホンから声が。
「はい、だめだめ。音が乱れているよ。行進に気を取られちゃだめだよ。基本は演奏だからね。じゃあもう一回」
ルギーのダメ出しを受けて、もう一回始めから演奏が始まった。その後もルギーのダメ出しがあり、安永たちカラーバトン隊の出番はなかなかやってこない。
そして、1時間後。
「んー、演奏がいまいちだな。今日の全体練習はこれでおしまい。各自パート練習!」
「えー!」
出番のなかった安永たちカラーバトン隊から不満の声が。
「じゃあ、解散!」
ルギーの一声で全体練習が終わった。
パート練習をしている三日月モモが日向夏子に聞いた。
「今日ルギーさん、機嫌悪くありませんか?」
「そうね。普段はそんないらついていることないんだけど。
基本的にプライベート話さない人だから、よくわからないのよ」
「そうですか、じゃあ気分転換に明日紅葉狩りでもいきません?」
「モモ、気分転換っていうかあんたデカイ弁当食いたいだけじゃないの?」
「てへへ、それが本音なんですけどね」
「みんな誘ってみるか」
一方、ルギーは澄んだ青空を一人眺めていた。
「いい天気だな」
日向夏子がルギーに声をかける。
「ルギーさん」
「ん、なに、なっちゃん?」
「明日、紅葉狩りに行きませんか?」
「紅葉狩りか……いいね。行こう行こう」
「ありがとうございます」
走り去るなっちゃん。
練習の後、モモが安永に声をかける。
「ヤスケン、明日紅葉狩り行かない?」
「お、天気もいいしね。オッケー」
「じゃあ、明日9時に駅に集合ね」
「わかった」
安永が家に帰ると、叔母のナンシーが酒を飲んでいる。
「ちょっと、拳ちゃん。そこ座りなさいよ」
ナンシーが安永に酒の相手をしろと隣に座らせた。
「聞いてよ、拳ちゃん。ルギーがさ……」
そのあと、ナンシーはルギーに対する愚痴を延々とこぼしていた。
『ルギーさん、機嫌が悪かったの、このせいか』
真相を知った安永はナンシーの愚痴に耳を傾けた。
日曜日9:00。駅にはモモ、安永、なっちゃん先輩など数人が集まっていた。モモのバッグにあるものを見つけたなっちゃん先輩。
「モモ、それってもしかしてフランスパン?」
「そうですけど。やっぱりピクニックにはフランスパンじゃないですか」
「でも、それバケット1本まるごとじゃない?もしかしてみんなで分けるの?」
「なに言ってるんですか、先輩。これわたし一人で食べるつもりですけど」
「え……。あんた、すごすぎる」
「それにしても、ルギーさん遅いな」
安永が心配する。
「そうね、普段は遅刻しない人なんだけど。あ、来た……って、えっ?」
遅れてやってきたルギーはまるで本格的な登山に出かけるかのように、
大きなリュックを背負い、登山ブーツをはいていた。
「ルギーさん、なんなのその格好」
「紅葉狩りといえど、山は山。山を甘く見てはだめだぞ。これくらいの準備をしないと備えあれば憂いなしだ」
「でも、今日はハイキングコースだし……」
ルギーの格好に唖然とする一同。
30分ほど電車に乗り、山についた一行。
しかし、目の前の光景は緑に映える山の姿であった。
「やっぱり、少し早かったのかな?」
不安になる一同。
「いや、大丈夫だ。奥に進めば、絶景が見れるはず。ヒアウィーゴー!」
気合十分のルギーを先頭にハイキングコースに向かう一同。
30分ほど歩いても、紅葉が見られない。それどころか、道がどんどん険しくなっていく。目の前に大きな木が倒れている。
「行くぞ」
ルギーが木をよじ登って奥に進んでいく。
「モモッチ、つかまって」
安永が木に登って、モモの手を引く。
「ありがと、ヤスケン」
モモが安永の手を借りて、木を登っていく。
15分ほど歩いて標識のあるところでなっちゃん先輩がルギーに声をかける。
「ルギーさん、少し休みましょうよ」
「ああ、そうだな。ここで少し休憩しようか」
休憩をとる一同。ルギーは標識を眺めている。
「拳ちゃん。この『ブンブン小屋』って気にならない?」
「いや、それほどでも。俺は『栗生の滝』のほうが……」
「そうか、『ブンブン小屋』はスリルがありそうなんだけど」
「今日はスリルはいらないんじゃないですか?」
「そっか、じゃじゃじゃじゃあ『栗生の滝』にしようか」
「そうですね」
「じゃあ、休憩おわり。『栗生の滝』にレッツラゴー!」
一同は癒しのスポット『栗生の滝』に向かった。
30分ほど歩いて、一行は『栗生の滝』に到着した。すると目の前にはなんとも見事な光景が広がっていたのだ。大きな滝の青と周りの紅葉の赤や黄色のコントラストが美しい風景を彩っていた。
「おお、すごいな」
「本当、きれい」
一同が感嘆の声をあげる。
「じゃじゃじゃあ、時間も頃合いだし、昼御飯にしようか」
ルギーの一声でみんなで昼食をとることになった。
みんなでお弁当をたべているなか、モモがものすごい勢いでフランスパンを食べる。あっという間にバケット一本食べつくしてしまった。
「モモッチ、すごい」
安永がモモの食べっぷりに唖然とした。
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