第14話 期末テストの語呂合わせ

 6月20日21:00。釜揚高校の職員室にはまだ明かりがついていた。保険医のあすか先生が職員室の扉を開けると、3-Dの担任越ひかりが一人机で思い悩んでいる様子であった。


「ひかり先生、一緒に帰ろうよぉ」

「あ、あすか先生。今日は先に帰って。あたし、もう少し残るから。……ああ、もう!」

「どうしたの、ひかり先生?」あすか先生は心配そうに尋ねた。

「今度の期末テストの問題を作ってるんだけど、校長がこの前『問題に必ず1問以上ダジャレを入れること』って変な通知しちゃったから、もう苦労しちゃうわ」

「でも、日本史の徳川先生はやる気マンマンだったけど」

「それは、あの人はダジャレ好きだし、日本史なんて語呂あわせとかあるから、ダジャレ問題つくりやすいじゃない。でも、あたしは英語よ!英語のダジャレなんてそんなに無いし。外国人のセンスだから、ダジャレがわかってもらえるかも不安だし。もう悩むわ」

「そんなに思いつめなくても。ダジャレなんて軽い気持ちで出るものでしょ。思い悩んでちゃ出るものも出ないわよ。じゃ、今日はこの辺でやめにして飲みに行きましょ」

「そうね、ここで悩んでてもしょうがないし。じゃ、気分転換に飲みましょうか、あすか先生」

「よっしゃ、レッツラゴー!」


 二人は職員室を後にした。


「それにしても、あすか先生機嫌いいわね」

「そう見えちゃう?実はこの前旦那と……」


 このあと、ひかり先生はあすか先生ののろけ話を一晩中聞かされた。


 次の日曜日。城ヶ崎しげると安永拳はロビンソン亭にいた。座敷で友人数人と教科書とノートを広げている。どうやら期末テストの勉強会を行っているようだ。


「えっと、日本三大随筆は……枕草子と徒然草と……あとなんだっけ?」

「『方丈記』だよ、ヤスケン」

「お、やるねリーダー」

「ま、一応日本史は得意のほうだから。ちなみに、枕草子の作者は清少納言、徒然草は吉田兼好、方丈記は鴨長明さ」

「うーん、俺そういうの覚えるの苦手なんだよね。いい覚え方ないかな?」

「拳ちゃん、そういうのは語呂あわせで覚えるのがいいんだよ」


 ロビンソン亭の店主、ロビンソンが突然口を挟んだ。


「いいかい、日本三大随筆は『健康』をテーマにした語呂で覚えるんだ。みんな良く聞いてよ」

『枕のそうじで(枕草子)清少さんなごんじゃう(清少納言)

 ほうじょうさん(方丈記)、鴨食べて長命よ(鴨長明)

 つれづれ(常々)草食べてる(徒然草)吉田さんは健康だ(吉田兼好)』


 しげるはすこし呆れている一方で安永は語呂あわせを一生懸命ノートに書いていた。


 30分後、安永はまた悩んでいた。


「荘園制ができるきっかけになった法律ってなんだっけ?」

「743年、墾田永年私財法だよ」

「さすがリーダー」

「これは重要だからね。たぶん試験に出ると思うよ」

「うーん、わかってるけど名前が覚えにくいんだよね」

「拳ちゃん、そういうときはこの語呂あわせだ」

「おっ、来ましたロビンソン」


 ロビンソンの語呂あわせに期待しているのは安永だけだ。


「墾田永年私財法の語呂はこうだ。

『顔なじみ(743年)の荘園さん、この田んぼはこんでんええねん(墾田永年私財法)?』」


 しげるはあまりの強引さに苦笑していたが、安永は一生懸命その語呂をノートに書いていた。こんな調子で、しげるの解説そして時々ロビンソンの強引な語呂あわせを交えながら、勉強会は進んでいった。4時間後、勉強会が終わった頃、安永の顔は充実感にあふれていた一方、しげるの顔は疲労感に満ちていた。


 一方、三日月モモは「居酒屋ナンシー」にいた。テーブルにはモモとなっちゃん先輩こと日向夏子が向かい合って座っている。そんな光景が10席ばかり見られる。片方はモモの友人であろうか女子高生が、向かい側にはなっちゃん先輩が所属するマーチングバンドのメンバーが座っている。モモたち女子高生の前には一枚のプリントがあった。異様な緊張感の中、小柄な女性が現れた。店の店長、ナンシーこと安永成美だ。


「女子高生たちいいかい。これから『期末テスト対策数学サバイバルレース』を始めるわよ。いま、あなたたちの前にあるプリントには数学の問題が10問あるわ。全部解いたら、向かいの採点者に渡す。ただし、採点は○か×かのみ、間違っていても正しい答えは教えないわ。そして、全問正解するまで終われない、間違ったところは何度もやり直すのよ。全問正解したら次の10問に挑戦してもらうよ。今日は合計で50問やっていくから、気合入れていってみよう!よーい、スタート!」


 ナンシーの合図と共に、モモたち女子高生は一心不乱に問題を解いていく。10問解いた段階で採点してもらう。早速全問正解し次の10問に進む者もいれば、なかなか全問正解できない者もいる。モモは最初の10問は一発で全問正解したが、次の10問では苦戦していた。


「えーっと、こことここが間違ってるよ、モモ」

「え?そうですか、なっちゃん先輩。先輩正解知っているんでしょ、ナイショで教えてくださいよ」

「だめだめ、それじゃあんたのためにならないでしょ。自力で間違いを解決していくことに意味があるんだから」

「えー、でもー」

「でももへったくれもない!ほら再チャレンジ。ちなみにヒントは最初の10問の中にあるから」

「へ、そうなんですか?」


 モモは丸めてしまった1枚目のプリントのしわをあわてて伸ばし、間違った問題と付き合わせた。


「あ、この問題の応用だ」


 解き方がわかったモモは間違った問題を解きなおし、なっちゃん先輩に提出した。


「そうそう、これで正解。これからの問題も前に解いた問題がヒントになっていることがあるから、プリントは大事に取っておきなさいよ」

「てへへ、はーい」


 悪戦苦闘しながらも、女子高生たちは全員50問正解した。女子高生たちも採点したバンドのメンバーも疲れきっている様子だ。そこへまたナンシーが現れた。


「はい、みんなお疲れ様。今日身につけたことはきっと期末テストに役立つから、がんばってよ!じゃ、ごちそう作ったからみんな食べて!」

「わーい、やった!」


 一同はごちそうに舌鼓を打った。


 6月30日。とうとう釜揚高校1学期の期末テストが始まった。この日、3-Dでは数学のテストがあった。


「よし、いけるわ」


 先日の数学サバイバルレースで手ごたえをつかんだモモは軽快に問題を解いていく。一方、


「うーん、なんだこの曲線?なんか上と下に数字があるし……」


 安永は積分の意味がわからないようだ。


 7月2日。この日は英語のテスト。試験管は担任の越ひかり、問題を作った本人だ。黙々と解いていく生徒たちを見て、ひかり先生は不安になっていく。


『ちょっと、もしかして面白くない?あんなに考えたダジャレなのに?いやいや、面白くなかったら誰か苦笑いくらいしてそうなのに。あまりにも無反応……もしかして気づいていないの?いや~!』


 ひかり先生の心の絶叫とは裏腹に教室は静寂に包まれていた。


 7月3日。日本史のテストを受けている生徒たちの反応はさまざまであった。


「よーし、ロビンソンの語呂そのままだ!これはいけるぞ~!」


 ロビンソンの語呂を一生懸命覚えていた安永はやる気を増した。一方、


「ちょっと、語呂そのまんま問題にするなんて……。しかもロビンソンと同じだし」


 しげるはあまりに露骨な語呂満載のダジャレ問題に辟易した。


 7月4日12:00。期末テストの全日程を終えた3-Dの生徒たちは安堵でおしゃべりをしていた。


「よーし、テストも終わったことだし。このあとカラオケに行かない?」


 しげるが話を切り出す。


「いいね、行こう行こう」

「あ、ごめん、あたし今日はちょっと」

「モモッチ、どうしたの?」

「これから、ちょっと用事があって。それじゃね」


 モモは早々と教室を後にした。


「ありゃ、デートだな」

「え、デート?」


 しげるの一言に安永があせった。


「ヤスケン、なにあせってんの?」

「いや……別に。それより早く行こうぜ!」


 安永はあせりを隠すために、かばんを持って歩き始めた。


 7月4日16:00。釜揚文化会館の門の前には吹奏楽部の指揮者玉木浩が一人立っていた。玉木は誰かを待っているようだ。そこへ一人の女子高生らしき人物が現れた。三日月モモだ。


「やあ、木琴」


 手を上げ挨拶する玉木。


「あれ、玉木なんでいるの?」

「って、そっちこそなんでいるんだよ?」

「あたしは知り合いと今日のマイコのライブに来たんだけど。もしかして、玉木もマイコのファン?」

「いや……俺は別にそうでもないんだけど……ただ……」


 しどろもどろになる玉木。


「じゃ、なに?男ならはっきりしなさいよ!」


 モモが玉木をしかる。そのとき、


「モモちゃん、おまたせ!」

「けいちゃん、こんにちは」


 現れたのはモモなじみの美容師、けいちゃんこと三橋恵だ。


「テストも終わったし、今日のライブ本当に楽しみにしてたんだ。ありがとう、けいちゃん」

「どうもいたしまして。そんなに喜ばれると、チケットとった甲斐があるわ。で、そちらの男の子は?」

「ああ、部活で一緒の玉木」

「どうも」


 そっけない挨拶をする玉木。すると、


「ヒロくん、ごめん遅れちゃった!待った?」

「あ、いえ……そんなには」


 玉木の前に現れた女性の姿にモモは驚いた。


「アキト先生……」

「あ、三日月、やばい。ヒロくん早くいこっ」


 城ヶ崎アキトは急いで玉木の手をひっぱり、ライブ会場に入っていった。


「ふふん、あの二人がね……」


 不敵な笑みを浮かべるモモ。


「モモちゃん、もうライブ始まっちゃうよ。早く中に入ろう!」

「はい、行きましょう!」


 モモとけいちゃんもライブ会場に入っていった。

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