第13話 海神祭のしらすアイス

 6月10日。三日月モモは吹奏楽部の部室で後輩の指導を行っていた。そこへ指揮者の玉木が現れた。モモを呼ぶ玉木。


「日曜日の海神祭にマーチングバンドの手伝いを依頼されたんだけど、野球部の応援と重なっちゃって。1年生たち連れて手伝いに行ってくれないか?」

「うん、いいよ、わかった」

「じゃあ、たのむわ。詳しいことはメールで連絡するから」

「はーい」


 玉木はそのまま体育館へ向かった。モモは後輩の指導を続けた。


 日曜日。海神祭当日。安永拳は駅にいた。ちょっとおしゃれな格好をしている。


「母さんも兄さんも大げさだよな。友達と祭りに行くだけなのに、女の子と知ったとたん、


『え、デートなの?いつもの汚らしい格好じゃダメよ。もっとビシッとした服着なきゃ』とか


『母さん、それじゃ地味だよ。よし、俺のネックレスとロックグローブ貸してやるよ。

 オーケー、ロックしてるねぇ』


 とか言って、無理やりこんな格好にさせて」


 安永はウィンドウに写る自分の姿を眺めた。


「でも、ちょっと似合ってるかな」


 安永はにやけた。


 そこへTシャツにジーパンに帽子とラフな格好をした女の子が現れた。三日月モモだ。


「おはよう、モモッチ」

「おはよう、ヤスケン。なに、その格好?なんかバンドやってる人みたい」

「どう、似合う?」

「まあまあ……かな」


 モモは少し首を傾げた。


「じゃ、行こうか」

「あ、ちょっと待って、ヤスケン。まだ他にも来るから」

「え?」


 すると、5、6人の高校生らしき集団がモモたちの前に現れた。


「おはようございます、モモ先輩」

「みんな、おはよう。今日はよろしくね」

「ちょっとちょっと、モモッチ。彼らは?」

「ああ、吹奏楽部の後輩よ。ヤスケン、今日海神祭で手伝うことがあって。ヤスケンも手伝ってよ」

「え、俺なにも聞いてないし」

「ごめん、でもちょっとだけだから、お願い!」


 少し舌を出し、両手を合わせて安永に頼むモモ。一瞬、安永は口を尖らせたあと、


「いいよ。わかったよ」

「ありがとう、ヤスケン」

「じゃあ、行こうか」

「あ、ちょっと待って、ヤスケン。まだ他にも来るから」

「え?」


 すると、駅にバスが一台到着した。バスから降りてきたのは、なっちゃん先輩こと日向夏子だった。


「おはようございます、なっちゃん先輩」

「おはようモモ。今日はよろしくね。これが今年の新入部員か。へぇ」


 なっちゃん先輩は集団の中に一人雰囲気の違う格好をした人物を発見した。


「あ、ヤスケン君おはよう。なんかロッカーみたいな格好しちゃって。どうしたの?」

「どうしたのって、一応自分ではキメてきたつもりなんですけどね。変ですか?」

「ううん、そんなこと無いけど。この前と雰囲気が違ってたからさ」

「なっちゃん、早く行くよ」


 マーチングバンドのメンバーが呼んでいる。


「じゃ、みんなあのバスに乗って」


 なっちゃん先輩がみんなをバスへ乗せた。


 海神祭の会場である釜揚港に着いた一行はバスを降りた。


「じゃ、これ運ぶの手伝って」


 なっちゃん先輩がバスのトランクから荷物を出し、モモたちに渡していった。マーチングバンドのメンバーのあとについて荷物を運ぶ、モモ、安永、そして吹奏楽部の後輩たち。会場に着いた一行が見たものは、30人ほどが白い制服を身にまとっていた姿だった。


「あ、荷物そこに置いといて」


 メガネをかけた長身の男性が指示を出す。


「おはようございます、ルギーさん」

「おはよう、モモちゃん。今日はありがとうね」


 長身の男性はマーチングバンドの指揮者、ルギーだった。


「ヤスケン、こっち」


 モモが安永を呼んだ。


「ルギーさん、こちらナンシーさんの甥のヤスケン。ヤスケン、こちらナンシーさんの彼氏のルギーさん」

「え?ナンシーおばさんの彼氏?!」


 驚く安永。そのあと、安永は軽く頭を下げて、


「ナンシーの甥の安永拳です」

「君が拳ちゃんか。ナンシーからよく話を聞いているよ。今日は手伝ってくれてありがとう」

「いえ、どうもいたしまして」

「モモ、こっち手伝って!」

「はーい!なっちゃん先輩、いま行きます!」


 モモがなっちゃん先輩の手伝いをしに木琴のある場所へ向かった。


「じゃ、拳ちゃん。あっちで旗を組み立てるのを手伝ってくれないか?」

「はい、わかりました」

 安永は旗の組み立て現場へ走っていった。


 1時間後、ルギー率いるマーチングバンドによる海神祭のオープニングセレモニー演奏が始まった。ルギーの指揮に合わせ、まずドラムのチームが行進しながら、ドラムをたたき出した。その後、管楽器チームがドラムチームの後ろで行進をしながら、演奏を始めた。その横で大きく振られる旗、そして行進している演奏チームとのバランスをとりながらなっちゃん先輩が木琴をたたく。その迫力ある演奏に観客たちは感嘆の声を上げた。しかし、その中でモモは心配そうに演奏を見つめていた。


「大丈夫かな、ヤスケン?」


 マーチングバンドの一団をよく見ると、そのなかに少しぎこちなさそうに旗を振っている安永の姿があった。


『結構きついな、これ』


 必死に旗をふる安永。


 10分後、マーチングバンドの演奏が無事に終わった。一人疲労困憊の安永。そんな安永の肩を誰かがたたいた。


「ヤスケン、おつかれ」

「おお、リーダー。なんでここに?」


 安永に声をかけたのは城ヶ崎しげるであった。


「なんでって聞きたいのはこっちだよ」

「いや、こっちは荷物運びの手伝いをしてたら、流れでいつの間にか……」

「そっか、でもかなり格好良かったよ、旗振り」

「ありがとう。でリーダー、なんでここに?」

「いまから、インターハイ出場のインタビューだってさ。なぜか、校長のおまけつきで」

「そうなの?がんばれよ、リーダー」

「ああ、校長のダジャレはなんとか阻止してみせるよ」


 続いて、メイン会場では城ヶ崎しげるのインタビューが始まった。


「本日は釜揚高校初のインターハイ出場者、体操部の城ヶ崎しげる君に来ていただきました。よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします」

「そして、お隣には付き添いで鈴井校長にも来ていただきました」

「どうも」

「城ヶ崎選手、インターハイ出場おめでとうございます。インターハイ出場が決まった瞬間はどんな気持ちでしたか?」

「うれしかったですよ。最後のゆかは苦手だったので、ほとんどあきらめていたのですが、うまくいってそして出場が決まって感無量でした」

「最後のゆかは苦手だということでかなりプレッシャーがあったと思うのですが、プレッシャーを克服した秘訣を教えてほしいのですが」

「そうですね。おじが応援に来てくれて、変に自信のある声援を送ってたので、それで緊張がほぐれたのが克服できた要因だと思います」

「まさにおじ様の魔法の言葉だったわけですね。どんな言葉か覚えていますか?」

「たしか『へのつっぱりはいらんですよ』です」

「……。言葉の意味はよくわかりませんが、自信がありそうな声援ですね」

「では、最後にインターハイに向けての意気込みをお願いします」

「わかりました。……がんばります!」


 両拳を前に突き出し、しげるは気合をいれた。


「ちょっとちょっとちょっと、カットカット!」


 突然鈴井校長が口をはさんだ。


「城ヶ崎君、なにが『がんばります!』だよ。もっと気のきいたこと言わなきゃ。たとえば体操部っぽくさ『がんばりマッスル!』なんちゃって」

「……」


 鈴井校長のダジャレで会場が静寂に包まれた。


「えー、あと余談で申し訳ありませんが」


 鈴井校長が静寂に気にせず話続ける。


「釜揚高校1学期の期末テストを6月30日から行います!祭にきていない先生、生徒にみんな伝えといてちょうだい」

「ええ!」


 一同が驚きの声を上げた。


 しげるのインタビューが終わったあと、安永とモモそしてしげるは一緒に縁日をめぐっていた。


「それにしても、校長には参ったよ。ダジャレ炸裂だし、期末テスト突然発表するし」


 しげるがぼやく。


「まあ、いつものことじゃない、あの校長なら」

「そうだね。俺も突然のテスト発表はさすがに驚いたけど」


 3人が校長の話をしていると、


「いらっしゃい、いらっしゃい!パセリの天ぷらいかがですか!」


 おおきなペットボトルを振って、大きな声で呼び込みをしている少女がいた。


「あ、菊ちゃん、なにしてるの?」少女はサッカー部のマネージャー菊地萌子だった。

「安永先輩、こんちわ。これうちの畑でとれたパセリで作った天ぷらなんですよ。おいしいですよ」

「じゃ、一つ買ってみようかな」

「ありがとうございます!」


 安永はパセリの天ぷらを一つ食べてみる。


「なんか、苦そうじゃない?」


 心配するモモ。


「お、結構いける」

「本当?」


 モモとしげるも一つ食べてみる。


「あ、おいしい」

「うん、うまい!」

「ありがとうございます!」


 菊ちゃんは喜んだ。


 菊ちゃんの店をあとにした3人は異様な人だかりを発見した。みんな携帯で写真をとっている。3人が人ごみをかきまわると、黒い帽子にスーツを着た男がアイスを食べている。


「ああ、平ちゃん!」

「すげー!平ちゃんだ!」


 男の姿をみたモモとしげるは携帯で写真をとり始めた。安永はひとり状況が飲み込めていない。


「『平ちゃん』って誰?」

「ヤスケン、平ちゃんしらないの?くさデカの平ちゃんだよ!静岡のカリスマタレントなんだから」

「モモッチ、仕方ないよ。ヤスケン1月に北海道から来たばっかりだから。平ちゃん知らないのも当然かもよ」

「そっか、でもヤスケン。とにかくこの人はすごいんだから!」


 くさデカの平ちゃんこと、平畠啓史のグルメレポートが始まった。


「今週のアレは釜揚名物「シライス」ということで。これはシラス入りのアイスということで「シライス」なんですねぇ。では、一口。うーん、シラスの塩味とアイスの甘みが絶妙にあってますね。この味のハーモニーはまさに『ルギーマーチングバンド』。そして、食べた後の口解けの爽快感。この爽快感、まさに『釜揚噴水公園』。さらになんど食べても飽きない、おふくろの味みたいなものを感じますね。これはまさに『居酒屋ナンシー』ですね」


 平ちゃんのレポートが終わると、人々はシライスを求めて行列を作った。モモたちも並ぶ。30分後、やっとの思いでシライスを買った3人、一口食べてみる。


「お、結構いける」

「あ、おいしい」

「うん、うまい!」


 シライスを食べた3人が歩いていると、モモがメガネをかけた長身の男性を発見した。


「あ、ルギーさんだ」

「本当だ」

「ルギーさんって……あれ?おじさんだ」

「え?」

「『へのつっぱりはいらんですよ』っていったおじさんか?」


 モモと安永は驚く。


「ああ、間違いないな、うちのおじさんだよ。でもなんで『ルギー』?」


 しげるが不思議そうに答える。

 すると、ルギーの横に女性がひとり駆け寄ってきた。その姿に3人は声を荒げてしまった。


「え、あすか先生?!」

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