第12話 ミッフィーとマグロカツサンドの冒険

 5月26日。釜揚高校の校舎に大きな垂れ幕が飾られていた。垂れ幕には次の文言が書かれていた。


『祝 インターハイ出場 男子体操個人総合 城ヶ崎しげる君』


 朝から3―Dでは人の群れが。その中心にいるのは前日インターハイ出場を決めた城ヶ崎しげるだ。クラスメートから祝福されるしげる。しげるの様子を伺おうと他のクラスの生徒も廊下の前に群がっていた。そこへ、朝礼のチャイムが。


「ほらほら、授業が始まるよ。入って入って」


 3―Dの担任、ひかり先生の一声で廊下にいた生徒たちは教室へ戻っていった。


「はーい、みんな席について」


 その一言で、3―Dのクラスメートは席に着いた。


「みなさん、おはようございます。まあ、みんな盛り上がるのもしょうがない。なにせ我が高初のインターハイ出場だからね。リーダー、おめでとう」


 クラスメートからの盛大な拍手で迎えられるしげる。しげるは照れ隠しで頭をかきながら笑みをこぼした。しげるへの祝福ムードに包まれる中、一人窓の外を呆けて眺めている生徒がいた。安永拳だ。三日月モモは窓を眺める安永を発見したが、寂しそうな安永の背中を眺めることしかできなかった。


 12:00。一台のバンが釜揚高校に着いた。降りてきたのは「ロビンソン亭」の看板娘のりさん。今日は月に一度のマグロカツサンドの特売日だ。


「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はインターハイ特別価格、いつもより2割引だよ」


 のりさんの威勢のいい掛け声とともに生徒たちが集まる。そこへしげるが現れた。


「リーダー君、インターハイ出場おめでとう」

「ありがとうございます」

「港中大騒ぎだったよ。特にお父さんなんか『あいつが勝てたのは俺の塩辛巻きのおかげだ』なんて自慢してたんだから」

「そうなんですか?でも勝てたのは塩辛巻きのおかげじゃないような……」

「ふふふ。それはあたしもわかってるから。はい、マグロカツサンド。主役は今日はダタにしてあげる。お父さんもそうしろって言ってたから」

「ああ、そうですか。ありがとうございます。ありがたくいただきます」


 しげるはのりさんからマグロカツサンドを受け取ると、豪快にかぶりついた。


「今度の海神祭はゲストに呼ばれるらしいからね。がんばってよ、リーダー君」

「はい。……って、ええ?ゲストですか?!」


 しげるは思わぬ展開に思わず目を見開いた。


 15:00。モモの母まさ子は商店街へ買い物に出かけていた。まさ子の側には三日月家のペット、ミッフィーがいる。商店街にはしげるのインターハイ出場を祝う垂れ幕が飾られていた。


「城ヶ崎くんって子はすごいわね。モモのクラスメートらしいし。今度サインもらってこようかしら」


 お店の人とたわいのない話をするまさ子。しばらくして、買い物を終えたまさ子はそのまま家に帰っていった。しかし、このとき重大な異変が起こっていたことにまさ子は気づいていなかった。


 16:00。ミッフィーは商店街にいた。辺りをみまわしてもまさ子は見つからない。ミッフィーは歩いた。八百屋に着いた。ミッフィーは緑色の丸いものも見つけた。ミッフィーは丸いものを調べる。


「こらー、店のキャベツに何するんだ!」


 八百屋の親父が現れた。ミッフィーは逃げ出した。


 ミッフィーはなんとか商店街を抜け出し、広い道狭い道をぬけ、坂道を転がり、大きな建物のある場所にたどり着いた。その建物には大きな垂れ幕が飾られている。ミッフィーは建物に近づき、垂れ幕を調べた。が、ミッフィーは字が読めない。


「あれ、どうしたの?」


 釜揚高校の校医あすか先生が現れた。

 ミッフィーの攻撃。ミッフィーははねた。ミス!あすか先生はノーダメージ。

 あすか先生の攻撃。


「かわいい!」


 あすか先生は抱きついた。ミッフィーは11のダメージ。ミッフィーは身動きが取れない。


「もって帰っちゃお」


 ミッフィーは連れ去られた。


 18:00。あすか先生宅。あすか先生はミッフィーの前に座り込み微笑んでいる。


「なんか、この子見てると癒されるな……ふふふ。あっ、いけないもうこんな時間。

なにか食べさせないと」


 20分後、あすか先生は食べ物を入った皿をミッフィーの前に差し出した。ミッフィーは差し出された

食べ物を食べた。ミッフィーのヒットポイントが20回復した。


「どう?おいしい?」


 あすか先生が聞くと、ミッフィーは軽く転がった。あすか先生のマジックポイントが50回復した。すると、突然チャイムが鳴った。


「誰だろ?」


 あすか先生は玄関をあけると、目の前の人物に驚き思わず手を口にあてた。


「ただいま」

「ルギー!なんで帰ってきたの?」

「なんでって、ここ俺んちだから帰るの当然じゃない?」

「でも、この前なんて2時間でどっか行っちゃったじゃない」


 ルギーは一瞬目をそむけたあと、真剣なまなざしであすか先生を見つめた。あすか先生はルギーのまなざしをみて、顔を赤らめる。


「この前はごめん……」

「え?」

「すぐどっか行っちゃって。いや、なんて言えばいいのか……」

「でも、いつも結局ここに帰ってくるでしょ。ごはんできているわよ。おかえりなさい」

「うん、ただいま」


 ルギーは照れくさそうに家の中に入っていった。


 30分後、あすか先生宅で怒声が響き渡った。


「箸の持ち方にいちいち文句言うなよ」

「だって、本当に変なんだもん。許せないのよ、その持ち方が!」

「俺がどんな持ち方したっていいじゃない!第一ね、君はいつもいつも細かいことから指図して」

「しょうがないじゃない、細かいことまで気になっちゃう性分なんだから」

「君はいつだって自分の思い通りならないと気がすまないんだ。束縛するんじゃないよ、俺は自由、フリーダムなんだよ!」

「箸の持ち方を注意されたくらいで束縛されたなんて思うなんて、ちっちゃい男ね。そんなんじゃ、立派な指揮者になれないわよ!」

「それとこれとは、関係ないだろ!んー、もうまったくここじゃ落ち着いて飯を食べることもできしない!じゃあね!」


 ルギーはそのまま立ち上がり、家を出て行った。あすか先生は去って行くルギーに向かって涙を流しながらものを投げていった。


「ばかー!ルギーのばかー!」


 少しおちついたあすか先生は、家の中に入った。


「ぐすん。ルギーのばか……。いいもん、あたしにはこの子がいるもん……ってあれ、いない。どこ?どこいったの?」


 ミッフィーはその頃家の外にいた。ものと一緒にあすか先生に投げられてしまっていた。ミッフィーはあすか先生宅に戻るのが怖くなり、暗い夜道を転がっていった。


 ミッフィーはしばらく夜道をさまよった後、とある公園にたどりついた。いつもモモと散歩にくるなじみの公園だ。ミッフィーが夜の公園をさまよっていると、突然丸いボールのようなものが高速で近づいてくる。痛恨の一撃!ミッフィーは150のダメージ!ミッフィーは気絶した……。


「あっ、ミッフィー!ミッフィー、大丈夫!ごめん、ミッフィー。なんで、こんなところにいるんだよ?!」


 その声にミッフィーが目覚めると、目の前にいたのは安永拳であった。どうやらミッフィーは安永の蹴ったサッカーボールに当たって気絶したみたいだ。


「ああ、よかった気がついて。それよりも早く電話しなきゃ」


 安永は携帯電話でモモに連絡をとった。


「あれ、ヤスケンどうしたの?」

「ああ、モモッチ。いま、公園にいるんだけど、ミッフィーがいてさ。迎えにきてくれないか?」

「え、ミッフィーそこにいるの?まったくどこをうろついていたのよ、もう。うん、わかった。すぐそっちに行く」


 十分後、モモは公園に着いた。噴水の前で安永とミッフィーが待っていた。


「ヤスケン、ありがとうね」

「うん、見つけたのは本当に偶然だから。ほら、ミッフィー、ご主人様が迎えに来たよ」

「ヤスケン、おとといは惜しかったね」

「うん……」


 安永はうつむいた。


「俺のせいで……俺のせいで……」


 安永の目に涙がこぼれそうになる。


「えい」


 モモが突然サッカーボールを安永に向かって蹴りだした。あわてて、ボールをトラップする安永。


「ヤスケン、パス」


 安永はモモの要求に応じて、モモが取りやすいようにやさしくボールを蹴った。おぼつかない足取りでトラップするモモ。二人はしばらくボールを蹴りあっていた。


「さすがサッカー部。やっぱり上手だね」

「モモッチも結構うまいよ」

「ふふふ。お世辞だと思うけどサンキュ」

「どうもいたしまして」


 安永の顔に笑みがこぼれた。


「お、少年やっと笑ったね」

「え?ああ」

「じゃ、気分転換に今度の海神祭、一緒に行くよ。いい、ヤスケン」

「うん、わかった。一緒に行こう」


 安永は笑顔でゆっくりうなずいた。


「それじゃ、明日。じゃあね、ヤスケン」

「じゃあね、モモッチ。って、ミッフィー!ミッフィー忘れてるって!」

「あ、ごめんごめん。ミッフィー帰ろう!」


 モモの呼んだ声に応じて、ミッフィーは帰っていくモモのあとを転がっていった。


「本当にありがとう……モモッチ」


 去り行くモモの背中を見送りながら、安永はつぶやいた。モモとミッフィーの姿が見えなくなると、安永はドリブルをしながら家に帰っていった。

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