第15話 球技大会 三角ドッヂ


 7月9日。釜揚高校の吹奏楽部の部室では指揮者の玉木が部員の前で何か説明している。


「えーっと、夏の応援も一通り終わって、これから秋の文化祭に向けて練習になるけど、一応曲のリストを挙げておいたから。田勢くん、プリント配って」


 田勢とよばれた少年が恐る恐る前に出て、


「す、すみません。コピー忘れました……」

「ちょっと、何やってんだよ!大事なプリントだったんだぞ!」

「すみません!すみません!」


 謝る田勢の目には涙がたまっていた。


「玉木、やめなさいよ!田勢くんだってわざと忘れたわけじゃないんだし。黒板に書けばいいことじゃないの」


 口をはさんだのは三日月モモだった。


「ま……そうだな。わかった、今から黒板に書くからみんな見て」


 玉木が黒板に曲のリストを書き出していく。すると、モモが手を挙げた。


「ちょっと提案があるんだけど。いい?」

「ん、なんだ?」

「今度の文化祭、マーチングバンドやりたいんだけど」


 モモの提案に部員たちがどよめいた。


「は?マーチングバンド?あれ音が乱れるから、いまいち……」


 玉木は難色を示した。


「音が乱れる?そんなことないわよ。この前の海神祭のマーチングバンド見なかったの?あれはとてもすばらしかったよ」

「確かにあのマーチングはすごかったね」

「うんうん、あたしも見たけどかっこよかったよね」

「ほんと、おれもあんなのやってみたいな」


 部員達から賛同の声が続々と挙がる。


「おいおいおい、まだやるって決まったわけではないだろ」


 玉木があせる。


「あれ、怖気づいてるの?ヒ・ロ・く・ん」


 モモが不敵な笑みを浮かべる。玉木の顔が青ざめた。


「え……怖気づいてるわけじゃないけど……。じゃじゃじゃあ、わかったよ。みんなやりたいんだから、やろうよ!」


 玉木が折れた。


「でも、練習はどうすんだよ。俺ら経験ないし」

「なっちゃん先輩がマーチングバンドやってるから、頼めば教えてくれるよ」

「演奏はそれでいいとして、あれって旗とかあるだろ?誰がやるんだよ?」

「大丈夫、経験者がいるから……」


 モモが再び不敵な笑みを浮かべた。


 7月10日。3―Dの教室では生徒たちが朝から盛り上がっていた。


「とうとうやってきたな、球技大会」

「燃えるよな。今年は決勝に行きたいね」

「みんな気合入っているな。今日の球技大会って、ドッヂボールでしょ」


 安永拳は周りの雰囲気に乗り切れてなかった。


「ヤスケン、うちのドッヂは普通のドッヂじゃないんだよ。まあ、やってみればわかるよ」

「よーし、頑張っちゃうよ!」

「おい、リーダー。おめえはインターハイがあるから、今日は外野だよ。大事な試合前にケガでもしたらどうするんだよ!」

「うーん、残念」


 城ヶ崎しげるは少し残念な顔をした。


 しげる達3―Dの面々が校庭に出ると、大きな正三角形のコートがいくつか作られている。コートの中はさらに二等辺三角形に3分割されている。


「なんだこのコート?」

「ヤスケン、これが釜高名物『三角ドッヂ』だよ。3チームでボール2つをつかったバトルロイヤルドッヂさ」

「へぇ、こりゃスリルあるな」

「ちなみに1回戦は1年対2年対3年の学年対抗になっているんだ」

「こりゃ楽しみだな」


 少し練習したあと、三角ドッヂの1回戦が始まった。3―Dの相手は2―Fと1―B。ボールが2つコートに投げ込まれると、いろいろな角度からボールが飛び交う。次々にアウトになる内野陣。5分後、外野にいたしげるのもとにボールが転がりこんできた。1―Bの男子に向けて投げるしげる。しかし、かろうじてボールを交わす男子。すると、後ろにいた女子の頭にボールが当たってしまった。


「いたい~」

「あ、ごめんなさい、江戸さん」


 しげるが当ててしまったのは、体操部のマネージャー江戸サキであった。コート中からブーイングを浴びるしげる。しげるはうなだれた。

 しげるのアクシデントはあったが、3―Dは見事に1回戦を突破した。



 7月11日。球技大会も2日目。とうとう決勝戦を迎えた。生徒全員が一つのコートに集まっていた。はたして、決勝に進んだ3チームは?


「釜高球技大会も決勝戦。2日間にわたって繰り広げられた激戦もこれで最後です。この決勝戦、実況をつとめます放送部の平川です。そして、解説はいつものこの人、スポーツ観戦同好会の松本さんです」

「よろしくお願いします」

「さて、決勝に進んだ3チームの入場です。まずは3―C。野球部のレギュラーが3人いる優勝候補の最有力です。

続きまして、1―Aです。1年生での決勝進出は釜高史上はじめてのことです。果たして、この勢いで優勝できるのか?非常に楽しみなチームです。

そして、最後は3―Dです。特出した選手はいないのですが、運とチームワークで勝ち進んできました。この3チームで三角ドッヂ決勝です!」

「松本さん、決勝のポイントはどこにありますでしょうか?」

「そーですねぇ。まず3―Cは野球部の3人でしょうね。これまでは内野2人、外野1人のフォーメーションで見事なキャッチングと速いスローイングで相手を翻弄していました。この決勝でも同じ布陣、作戦で行くでしょう。

続いて1―Aは、女子エースの菊地さんですね。彼女の男子顔負けの運動神経はあなどれません。まさに快進撃の原動力でしょう。

そして、3―Dですが……ちょっとわかりませんね。実力的にも特にずば抜けた選手もいませんし、巧みな戦術を駆使しているわけでもありませんし。まあ、運だけでしょうね、このチームは」

「松本さん、ありがとうございました。それでは決勝はまもなく!各チーム内野外野に散りました。そして、コート中央に現れたのは鈴井校長。両腕にはボールを2つかかえています。どうやら校長自らボールを投げ入れるようです。それでは決勝スタート!」


 鈴井校長がボールを高く放り投げた。ボールをとった2チームがまず第1投。


「あいたた!僕は選手じゃないって!」

「おおっと、鈴井校長ダブルヒット!決勝戦最初に当てられたのは逃げ遅れた鈴井校長だ!」


 よろめきながらコートを出ていく鈴井校長の姿に一同爆笑した。

 二つのボールがコートを飛び交う。3―Cの野球部の速いボール回し、菊地萌子を中心に見事なキャッチをする1―A、他の2チームに翻弄されている3―D。


「きゃっ!」


 内野にいるモモが逃げている最中に転んでしまった。


「大丈夫、モモっち?」


 転んだモモに安永が手を差し伸べる。


「ありがとう、ヤスケン」


 モモが安永の手を取り立ち上がろうとした瞬間、安永の体に寄りかかってしまった。思わずモモを抱きとめる安永。その姿を見てしまった菊池萌子は震えた。


「ちょっと田勢くん、ボール貸しなさいよ!」

 萌子は田勢の持っていたボールを無理やり奪い、安永とモモに向けて思いきりボールを投げつけた。


「おっと!」

「ナイスキャッチ、ヤスケン!」


 安永は萌子の投げたボール見事にキャッチした。そして、安永が投げたボールは田勢に当たった。


「ちょっと、なにやってんのよ、田勢くん!」


 怒声をあびせる萌子。


「ご、ごめんなさい」


 力なく謝る田勢。


「田勢くんドンマイ!」


 モモが声をかける。


「一進一退の攻防を展開している3チームです。優勝の行方はわからなくなりました。はたして、優勝するのはどのチームか?いけ、釜高ジャパン!」

「平川さん、『釜高ジャパン』は関係ありませんから……」


 解説の松本がツッコミをいれる。



 夕方、安永とモモは駅に向かって一緒に歩いていた。


「球技大会、惜しかったね」

「うん、でも決勝に進んだこと自体奇跡みたいなものだったから、成績は上々じゃない」

「そうだね」


 どうやら、3―Dは優勝を逃したみたいだ。


「それにしても、あのサッカー部のマネージャーの子すごかったね」

「菊ちゃんね。あの子、女子サッカーのユースチームに所属しているから運動神経いいんだよ」

「でも、ものすごい気迫だったよ」

「ははは、すごい気迫だったね。味方も引いてたし」


 萌子は気迫あるプレーで今大会のMVPに選ばれていた。


 二人は電車に乗って、楽しく会話をしている。


「ところで、夏休みはどうするの、ヤスケン?」

「ん、いつもはおやじと一緒にマグロ漁に行くんだけど。今年は漁に行かないことになったんだ。進学希望でもないし、結構ヒマかな?」

「ふーん、ヒマなんだ」

「うん、ヒマ」


 するとモモは安永の肩を軽くたたき、


「よし、決定!」

「は、なに『決定』って?」

「うーんと……って、ヤスケン駅についたよ。その件はまた後で連絡する。じゃね」

「じゃね」


 駅のホームに降りた安永は電車を見送りながら、首をかしげた。


「何が決定?」

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