第10話 ストライカーヤスケン
5月9日。釜揚高校の体育館に運動部の生徒が集まっていた。これから、インターハイ予選の壮行会が始まるのだ。まず、鈴井校長が壇上に上がり、激励のあいさつをおこなった。
「みんな、全国大会に行きたいかーい?!」
校長のダジャレに生徒たちは引いた。校長のあいさつの後、応援団の荒々しいエールが行われ、生徒全員で校歌を歌い、壮行会は無事に終わった。体育館をでた安永拳の目が燃えていた。
翌週の土曜日。釜揚グランドにてサッカー部の予選リーグ最終戦が行われる。現在釜揚高校サッカー部は一勝一敗。この試合に勝たないと、県の決勝トーナメントに勝ちあがれない。安永をはじめとするサッカー部の部員たちは緊張した面持ちでウォーミングアップをおこなっている。マネージャーの菊地萌子も雰囲気に飲まれて、部員たちと同じく緊張した面持ちでペットボトルを握り締めていた。試合開始直前、三日月モモがペットのミッフィーと共にグランドの応援席に現れた。
「ちょっと、ミッフィー。おとなしくしなさい」
モモはミッフィーを膝に抱えて、試合開始を待った。
選手たちが握手をした後、ポジションについた。
「よぉし、しまっていくぞぉ!」
「キャプテン、それ野球の掛け声だよ」
釜揚高校キャプテンでゴールキーパーの森崎が発した場違いな掛け声にチームメイトはあきれながらも、緊張が少しほぐれた状態になった。
10:00、キックオフの笛が鳴った。
「さあ、始まりました、インターハイ県予選リーグ最終戦、釜揚高校対高台高校。釜揚高校は勝たないと決勝トーナメントに行けない大事な試合になりました。実況はわたくし放送部の平川、解説はスポーツ観戦同好会の松本でお送りします。松本さんよろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
「我が釜揚高校は現在のところ、一勝一敗。この試合勝たないと決勝トーナメントに進出できない状況にありますが、戦況はいかがでしょう松本さん」
「そーですねぇ。対戦相手の高台高校は前回ベスト4まで勝ちあがった強豪ですから、苦戦することは間違いないでしょう。釜高はカウンター狙いの戦術でしょうね」
「松本さんのご指摘の通り、本日釜高のフォーメーションは4-2-3-1の布陣です。それで、今日の注目選手、キーマンは誰になりますか、松本さん?」
「そーですねぇ。やはり、フォワードの安永くんじゃないでしょうか。彼はいま一番調子がいいじゃないでしょうか?彼の得点力に期待大です」
「安永くんは初戦は1得点、2戦目はハットトリックと2試合で計4得点と抜群の得点力を持っています。今日も安永くんのゴールが見られるのでしょうか?要チェックです」
序盤は一進一退の攻防をしていたが、前半も20分ほど経過した頃になると釜揚高校は攻め込まれるシーンが多くなる。そして、前半ロスタイム、釜揚高校サイドで審判の笛が鳴った。
「おおっと、ここでディフェンダーの戸部くん、残念なファウルです。ペナルティーエリアのわずか外。高台高校フリーキックのチャンスです。なにやってんの、戸部?」
「釜高、ここはしっかり守ってもらいたいものですね。高台キッカーの藤村選手は『セットプレーの魔神』の異名をもつフリーキックの名手ですから」
「左斜め45度からの絶好の位置。直接ゴールを狙うか、藤村選手?前半もロスタイム、このプレーが前半最後になると思います。運命のセットプレーです!」
審判の笛が鳴ると、助走をつけた高台高校の藤村が勢いよく蹴りだす……と思いきや、なんと空振りをして後ろの選手がゴール前にパスを出した。あわてる釜高イレブン。乱れたディフェンスの隙を突き、高台高校の選手が豪快なミドルシュートを放った。
「ゴォール!前半ロスタイム、高台高校、嬉野選手のミドルシュートが釜高ゴールネットを揺らした。痛い、とても痛い失点です、釜高イレブン!」
「これは意外な展開でしたね。藤村選手が直接シュートを打つかと思ったのですが、まさかあんなプレーをするとは。釜高は不意をつかれましたね」
「おおっと。ここで前半終了の笛がなりました。釜揚高校対高台高校、前半終わって0-1。釜揚高校にとっては苦しい展開となりました」
ロスタイムでの失点に意気消沈したのか、重い足取りでベンチに戻る釜高イレブン。
「ヤスケン…」
モモが応援席から安永を呼んだが、安永は気づかずそのままロッカールームに入った。
15分後、ハーフタイムを終えた両校の選手がグランドに戻ってきた。そして後半のキックオフの笛がなった。
「むむっ!釜高のキックオフで始まりました後半です。得点は0―1。釜高としてはどんどん攻めていくしかない!いや、攻めて行くしかないんです!いけ、釜高ジャパン!」
「ひ、平川さん、あまり興奮しないで……」
平川の興奮した実況に解説の松本は引いた。
前半の得点で勢いづく高台高校は後半に入っても攻勢を緩めず、釜高は防戦一方である。しかし、後半15分。
「来たー!ボランチの音橋くん、ナイスインターセプト!高台のパスミスを見事に奪いました。そして音橋くん、そのままドリブルで一人、二人かわし、そして逆サイドに蹴りだした!んーが、誰もいない!」
誰もいないと思われた右サイドに人影が現れた。
「なんと、俊足のサイドハーフ長泉くん、このサイドチェンジに反応していた!そしてライン際をドリブルで駆け上がっていく!これはカウンターのチャンスです、釜高ジャパン!」
ドリブルで相手陣内にあがっていった長泉はコーナー付近でゴール前へボールを蹴った。ゴール前で待ち構えているのはフォワードの安永。安永は高くジャンプし、センタリングされたボールに合わせて、ヘディングシュートを放った。
「ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!ゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォールゴォール、ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!後半16分、ついに、ついに同点に追いつきました釜高ジャパン!決めたのは、もちろん『釜揚港のストライカー』安永拳!見事なヘディングシュート。クーッ、かっこいいぜ、ヤスケン!」
「絶妙なカウンター攻撃でしたね。音橋くんのインターセプト、長泉くんのオーバーラップ、そして安永くんのヘディング、どれもすばらしいプレーです」
「同点に追いつきました、釜高ジャパン。このまま逆転だ!」
「平川さん、前半とずいぶんキャラ変わってきてますね……」
同点に追いついた釜高イレブンは勢いを取り戻し、このあとは両校共に一進一退の攻防になっていった。そして、後半もロスタイムに突入し、音橋からのパスを受けた安永はドリブルで相手ペナルティーエリア内に突入した。が、相手ディフェンダーの妨害で倒された。そのとき、審判の笛が鳴った。
「むむっ!PKです!釜高、ペナルティーキックのチャンスを得ました!高台イレブンが審判に抗議していますが、これは覆らないでしょう。肩を叩き合う、釜高ジャパン。これを決めれば勝利は間違いない!勝利に近づいた、釜高ジャパン!」
「PKは8割方キッカーに有利といいますからね。これは大きなチャンスですよ」
釜高側のキッカーは安永。緊張の一瞬。審判の合図の笛と共に、安永は右足を振りぬいた。
数秒後、審判が試合終了の笛を鳴らした。勝負が決まった瞬間、ある者は喜び、ある者は泣き崩れる。
安永は……ゴール前で呆然と立っていた。
「試合終了!結果は1―1の同点。安永のシュートは無情にもクロスバーの上。ボールも決勝トーナメントも空のかなたへ飛んでいったぁー」
「残念でした。安永くん、あせってふかしてしまいましたね」
「サッカー部、決勝トーナメント進出ならず!残念な結果となりました。釜揚高校対高台高校、1―1の同点の結果、釜高決勝トーナメントに進出できませんでした。釜揚グランドでおこなわれたインターハイ県予選リーグ最終戦、釜揚高校対高台高校、解説は松本さん、実況は平川でお送りしました。松本さん、どうもありがとうございました」
「ありがとうございました」
「では、また」
試合が終わって1時間後、モモはミッフィーと共にグランドの外で安永を待っていた。釜高イレブンが次々とグランドから出て行くが、安永の姿が見当たらない。モモが外からロビーを見ると、椅子に座り込んでいる安永を発見した。安永の側にはペットボトルを持ったマネージャーの菊ちゃんこと菊地萌子がいた。次の瞬間、安永がいきなり菊ちゃんに抱きついた。菊ちゃんが思わず、ペットボトルを落とす。外でその光景を見てしまったモモはミッフィーを抱えて、急いでその場を去った。
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