第9話 こどもの日とエビフライ
4月25日 16:00。三日月モモは放課後だというのに3-Dの教室に残っていた。すると、次々と生徒たちが3-Dに入ってくる。そして、最後に教室に入ったのは吹奏楽部の指揮者、玉木であった。玉木は教壇に立って話しはじめた。
「そろそろインターハイの応援がはじまるから、今からメンバーの発表をするよ」
3-Dに集まったのは吹奏楽部の部員たちであった。これからインターハイの応援メンバーの発表をするのだ。次々と部員の名前を呼ぶ玉木。そして、二十人ほど呼んだ後、
「じゃ、メンバーは以上」
モモの名前は呼ばれなかった。
メンバー発表の後、部室に戻ろうとするモモを玉木が呼び戻した。
「何よ、玉木」
モモは不満気に答えた。
「いや、頼みたいことがあって。新入部員の教育係をやってもらいたいんだけど」
「え、なんであたしなの?第一なんであたしがメンバーに選ばれないの?」
「だって応援に木琴パートないだろ」
「無いけどさ。ドラムとかもできるし、高校最後の年だからやっぱり応援したいじゃない。三年で選ばれなかったの、あたしだけだし」
「いや、各パートの人数足りてるし。人数に限りがあるんだから、仕方ないじゃん。それともこの前の『なんでもやります』発言は嘘か?」
「う、それを言われると……」
マーチングバンドに感動したモモはしばらくサボっていた部活に戻った際、部員全員の前で今までの侘びをこめて『なんでもやります』と宣言してしまったのだ。
「じゃあ、わかった。引き受けるわよ」
モモは渋々教育係を引き受けることにした。
吹奏楽部の部室に戻った後、玉木を中心とする応援メンバーは応援曲の練習をはじめた。一方、違う場所では初々しい新入部員が集まっていた。そこへモモが現れた。
「えっと、今日から君たちの教育係を担当する三日月モモです。みんな、よろしくね」
「よろしくおねがいします」
緊張のためか、新入部員たちの返事に元気が無い。
「ほら、元気がないぞ。もっと大きな声で」
「よろしくお願いします」
「まだまだ!もっと大きく!」
「ちょっと、モモ先輩。体育会系じゃないんだから、あいさつの練習をさせなくても」
二年生の後輩がモモの暴走を制止した。
「ははは、ごめん。教育っていうと熱血指導が必要かなと思って、つい。じゃ、これから扱う楽器の説明するからちゃんと見て聞いてね。みんな準備して」
モモの新入部員教育が始まった。
4月28日。安永拳はクラスメイトの城ヶ崎しげるに声をかける。
「よっ、リーダー。あのさ、今度のこどもの日時間ある?ロビンソンがこの前手伝ってくれたお礼にご馳走したいんだって」
「ああ、いいよ。ロビンソンのご馳走か。うまそうだけど、全部食うまで帰らせてくれなそうだな」
「そうかもね。俺ら二人じゃ無理な量が出たりしてな。でも、全部食べるまで帰らせてくれないと。ははは、本当にそうなりそうだから、あと何人か連れて行けるように頼んでおくよ。たぶん大丈夫だと思うから」
「よし、俺も体操部の連中誘ってみよう」
「それじゃ、詳しいことはメールで連絡する」
「オッケー、わかった」
放課後、安永はサッカー部の部室で部員とロビンソンのご馳走の話をしていた。
「お、いいねヤスケン。俺も行くよ」
「俺も」
「俺も」
「あたしも」
「え、菊ちゃんも?」
急に話に割り込んできたマネージャーの菊地萌子の一言に安永は驚いた。
「まあ、いいじゃないの、ヤスケン。男だらけじゃつまらないし。やっぱ花がないと」
「そうですよ、ヤスケン先輩。花が必要ですよ」
「わかったよ、菊ちゃんも含めたこのメンバーで行こう!」
「やったぁ。ありがとうございます!」
安永の前で菊ちゃんは、はしゃいでいた。
一方、体育館でもしげるが体操部部員とロビンソンのご馳走の話をしていた。
「リーダー、それ魅力。俺らも行こうぜ」
「ああ」
「あのー、何の話してるんですか?」
「あ、江戸さん」
体操部のマネージャー、江戸サキの姿を見たしげるは顔が赤くなる。
「今度のこどもの日に港の食堂でご馳走してくれるんだ。江戸さんも来ない?」
「はい、わかりました」
サキはうなずいた。
5月5日、こどもの日。安永拳を先頭にサッカー部、体操部あわせて15人は港の食堂「ロビンソン亭」に到着した。屋根の上には巨大な魚拓が三枚こいのぼりのように掲げられていた。
「どうも、こんにちは」
「いらっしゃい、拳ちゃん。さあ、入って」
一行を出迎えたのは「ロビンソン亭」の看板娘ののりだ。のりが手際よく席に案内した。
「どんなご馳走が来るのかな?楽しみだな」
全員これから出てくるご馳走に興味津々だ。しばらくすると、大量の刺身・天ぷら・エビフライなどが運び込まれた。運び込んでくる人の中にしげると安永が知っている顔がいた。
「あれ?モモッチ、なんでここにいるの?」
「あら、ヤスケンにリーダー!あなたたちだったの、お客さんって?」
三日月モモがなぜか「ロビンソン亭」にいた。
「うん。で、なんでここに?」
「あたしは先輩にここの手伝いを頼まれてきたんだけど。あとでおいしいもの食べられるって聞いたから」
「モモ、早く来て!まだまだ運ばなきゃいけないから」
「はーい。なっちゃん先輩、今いきます。それじゃ、またね」
モモは厨房へ戻っていった。
ご馳走がそろうと、モモ、なっちゃん先輩も含めみんなで食べ始めた。
「ヤスケン先輩、はい、あーん」
菊ちゃんが安永にエビフライを食べさせようとする。
「ちょっと、菊ちゃん、照れるな」
安永は照れながら口をあけて、エビフライを食べた。
「ヒューヒュー、うらやましいね」
友人たちが冷やかす中、その様子を見たモモは唇を尖らせた。
一方、しげるは一人黙々と刺身を食べていた。目線はサキに向けられているが、間に何人もいて話しかけることができない。そこへ、しげるの肩をたたく人影が、
「ちょっと、ルギー!なに寂しそうにしてるの!あたしがいるでしょ!」
「え、いや、俺『ルギー』じゃなくて『しげる』ですけど」
「あら、ごめんなさい。でも、あんたルギーに似てるわよ」
その女性はすでに酔っているようだ。その姿を見た安永は思わず声を上げた。
「ナンシーおばさん!なんでここにいるの?」
しげるにからんだ女性は安永の叔母、ナンシーであった。
「ハロー、拳ちゃん」
ナンシーは安永に手を振る。
「いや、なんでここにいるんよ?」
状況が把握しきれない安永はナンシーに問う。
「飲み友達のロビンソンに『パーティーやるから、手伝ってくれ』って頼まれたから手伝いに来たのよ。そこで、なっちゃんとモモちゃんにも手伝いに来てもらったわけ」
「そうなのか。でも、あまり若者にからむなよ」
「はーい、わかりましたよ。んー」
ナンシーは突然しげるの顔を近づけて、そのまま勢いで唇を重ねてしまった。突然の衝撃的な出来事にしげるは驚き失神してしまった。
「ちょっと、リーダー。しっかり、しっかりしろ!」
安永が急いで駆け寄り、しげるの頬をたたくが、しげるはなかなか目を覚まさない。3分後ようやくしげるは目をさました。しげるは自分の唇に指を当て、呆然としていた。
パーティーが終わり、安永とモモは駅に向かって一緒に歩いていた。
「今日は楽しかったね、モモッチ」
「うん。でも、リーダー大丈夫かな?」
「どうかな?あのあとずっとボーっとしていたし」
「休み明けちゃんと学校来るかな?」
「たしかにショックだったと思うけど、学校には来ると思うよ。もうすぐインターハイ予選だし」
「そうだね。インターハイ予選といえば、ヤスケン調子はどう?」
「うん、まあまあかな。モモッチ、応援とか来れる?あ、でも吹奏楽部は野球部の応援があるから行けないか」
「行けるよ」
「え?」
「メンバーから外れちゃって。この時期けっこうヒマだから」
「そう、そっちは残念だったね」
「うん、いいの、気にしないで。今はもっとやりたいことがあるから」
「何、モモッチのやりたいことって」
「今はナイショ。それはまた今度ね。あ、駅についた」
いつの間にか駅に着いた二人。モモはこれから電車に乗り、安永は歩いて家に変える予定だ。
「それじゃね、ヤスケン。って、え?!」
安永は改札に向かおうとするモモの腕を突然つかんだ。二人はお互いを見つめあう。
「応援、絶対来てね」
「……うん、行くよ」
モモが静かにうなずくと、二人は手を振った。モモは改札の中に入っていった。安永はモモの後姿をしばらく眺めていた。
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