第8話 マグロカツサンドの奇妙な冒険 ロビンソンは諦めない
翌週月曜日12:00。今日は月一度のマグロカツサンドの特売日だ。城ヶ崎しげると安永拳はマグロカツサンドを求め、売店へ向かっていた。
「月に一度の楽しみ、マグロカツサンド。あれを食べないと生きた心地がしないよ」
「おおげさだな、リーダー。確かにうまいけどね」
「ヤスケン、マグロカツサンドの魅力は味だけじゃないんだよ。売り子のお姉さんがポイントなんだよ。綺麗だし、明るいし。リピーターの半分はあのお姉さん目当てのはず」
「へぇ、のりさんってそんな人気あるんだ」
「ん、『のりさん』ってヤスケン、あのお姉さんと知り合いなの?」
「ああ、父ちゃんが通っているなじみの食堂の看板娘なんだ」
「おいおい、今度紹介してくれよ。あ、そういえばこの前『のりさん』の隣にいたのヤスケンじゃなかったか?」
「うん……って、そういえば俺に向かって『女たらし』って言わなかったか、リーダー?」
「え、そうだったっけ?いや……そんな憶えは……」
しげるがごまかしているうちに、二人は売店に着いた。しかし、いつも賑やかな売店はなりを潜めいた。
なぜならマグロカツサンドを売っているのは看板娘ののりさんではなく、浅黒い肌をした中年男性だったからだ。
「ロビンソン・・・。のりさんは今日どうしたんですか?」
「おお、拳ちゃんいらっしゃい。いやぁ、今日はさ『新入生歓迎セール』ってことで多めに作ったから、のりじゃ大変だと思って、俺自ら売りに来たって訳よ」
ロビンソンは気合いを入れるため、ハチマキを締め直す。
「ヤスケン、このおっさん誰?」
しげるが安永に聞く。
「ああ、食堂の店主でのりさんの親父さん。港の漁師仲間が皆『ロビンソン』って呼んでる」
安永は親切に答えた。
「それにしても、なんで今日は客入りが少ないのかな?のりが言うにはいつも時間いっぱいまで行列が途切れることが無いって聞いてたんだけど。ああ、わかったよ。新入生はこの特売知らないからだ。そっか、宣伝してなかったもんな。せっかく新メニューも作ってきたのに。これじゃ余っちゃうな」
不思議がるロビンソンがおもむろに箱を取り出した。その箱には『新メニューイカの塩辛巻き』の文字が。
「イカの塩辛巻きって、あまりうまそうじゃないな」
しげるが小声で安永に言った。
「じゃ、マグロカツサンドください。ロビンソンがんばってね」
「拳ちゃん、ちょっと待った」
マグロカツサンドを買おうとする安永たちをロビンソンが制止した。
「これから教室まわって売り歩いていくから、手伝ってよ」
「うーん、いつもお世話になっているし。オーケー、手伝うよ」
「ヤスケン、二人じゃ大変だろ。俺も手伝うよ」
「ありがとう、リーダー」
しげると安永が熱い友情の握手を交わす。すると、ロビンソンが、
「おお、すばらしき友情だ。じゃ、みんな行くよ!売り切るまで帰れないから!」
「え?売り切るまでって・・・」
しげると安永は絶句した。
しげる、安永そしてロビンソンの3人の売り歩きが始まった。まず向かったのは一階の一年生の教室。3人は「1―A」と書かれたドアを開けて、大きな声で品物を宣伝する。
「マグロカツサンドはいかがっすか!」
「新メニューイカの塩辛巻きもあるよ!」
「両方ともうまいこと間違いなし!」
すると、大きなペットボトルを持った少女が近づいてきた。
「安永先輩、何してるんですか?」
「ああ、菊ちゃん。売店の売り歩きの手伝いをしているんだ。一つどう?イカの塩辛巻きとか」
安永が声をかけたのは、サッカー部の新マネージャー、菊池萌子だった。
「え、あたしイカの塩辛苦手なんです。じゃ、マグロカツサンドのほうで」
「ありがとう」
「拳ちゃん、ありがとうじゃなくて『ありがとうございました!』って元気よく言わなきゃ。接客の基本だよ」
「わかったよ、ロビンソン。ありがとうございました!」
ロビンソンに注意された安永が元気に挨拶した。
次に向かったのは「1―B」とドアに書かれた教室。中に入ると、紫のリボンをつけた女子高生がいた。
「あ、江戸さん」
「キャプテン、どうしたんですか?」
しげるが声をかけたのは、体操部のマネージャーの江戸サキだった。
「いや、売店の売り歩きをしていて。一つどうかな・・・?」
なぜか、しげるの顔が赤い。
「ちょっと、リーダー君。そんなちっちゃい声じゃだめだよ。大きな声で『お一ついかがですか?』って言わなきゃ。男子たるもの元気がなきゃ」
「わかったよ、ロビンソン。お一ついかがですか?」
しげるが大きな声で勧める。
「ふふふ、じゃマグロカツサンドを」
「ありがとうございました!」
しげるの顔が真っ赤になった。
一階の教室で売り歩きをした三人であるが、まだまだ品物が余っているので、二階へあがった。すると、ロビンソンが突然手を叩いた。
「イカの塩辛巻きの売れ行きがイマイチだな。そうか、わかったぞ!」
「なにがわかったの、ロビンソン?」
安永がロビンソンに聞く。
「いいかい、拳ちゃん。イカの塩辛っていうのは酒の肴なんだよ。ていうことは子供よりも大人向けの味って事さ。つまりだ、先生たちにはイカの塩辛巻きのほうが売れるってことよ。よし、職員室へ行くよ!」
ロビンソンの声に気合いが入った。
「いや、それはかなり強引なこじつけじゃ・・・」
しげるのツッコミに聞く耳を持たず、ロビンソンは二人に職員室へ案内させた。
「マグロカツサンドはいかがっすか!」
「新メニューイカの塩辛巻きもあるよ!」
「両方ともうまいこと間違いなし!」
職員室へ入った三人は先生たちに対し販売活動を開始した。すると三人の女性が声をかけた。
「お、リーダーにヤスケン。売り歩きの手伝いか。えらいぞ」
「ひかり先生、どうも。お一ついかがですか?」
「そうね。マグロちょうだい。あすかはどうする?」
「うーんと、あたしはイカの塩辛で」
三人のうち二人は担任のひかり先生と保健室のあすか先生だった。そしてもう一人は、
「あら、しげるじゃない。なにやってんの?」
「アキト姉さん!なにやってんのって見てのとおり売り歩きだけど。ってそっちこそ何で学校にいるんだよ?」
「今日から教育実習なの。おばさんから聞かなかった?」
「え、母さんから?聞いてないよ」
「まあ、しょうがないわね。しばらくよろしく」
アキトがしげるの肩を叩く。
「あら、2人は知り合い?」
ひかり先生がアキトにしげるとの関係を聞く。
「ええ、いとこなんです。しげる、明日からの英語あたしが担当するから、覚悟しておきなさい」
「ええ、マジで!」
その後、アキトはイカの塩辛巻きを買い、他の先生もいくつか買っていき、しげるたち三人は職員室を後にした。
お昼休みも残りわずか。しかし、まだ品物は残っている。リーダーと安永は疲労困憊で売るのをあきらめようとしていた。
「ロビンソン、今日はこの辺でいいんじゃない」
安永が話を切り出した。すると、ロビンソンは、
「もう少しだから、がんばるよ。もう少しで売り切れるんだから」
と言って、あきらめる様子は少しも無い。
三人は3年D組の教室に入っていった。
「マグロカツサンドはいかがっすか!」
「新メニューイカの塩辛巻きもあるよ!」
「両方ともうまいこと間違いなし!」
「リーダーにヤスケン、なにしてんの?」
二人に声をかけたのは、三日月モモだった。
「モモッチ、頼む、買ってくれ・・・」
しげるがモモに懇願する。
「しょうがないわね。じゃあ、マグロカツサンド5つにイカの塩辛巻き3つね」
「え、そんなに食うの?」
「な、なに言ってんの?家族へのお土産用よ」
「モモッチなら食えそうだけど」
「ちょっと、ヤスケン、何?」
「ごめん」
モモは失言を発した安永をにらんだ。
その後、クラスメートたちが買ったおかげで、なんとか売り切ることができた。
「やった、売り切ったぞ!みんな、ありがとう!」
しげるが感謝の言葉を叫んだ瞬間、ロビンソンの携帯電話が鳴った。
「おお、のりか。今日の分完売だよ」
「なにのんびりしてるのよ!お父さん、早く帰ってきてよ。あたし一人じゃお客さんさばききれないよ」
「おお、わかった。すぐ帰るよ」
ロビンソンは携帯電話を切ると、リーダーと安永を呼んで、
「ちょっと、片付けるの手伝ってよ。早く帰らなきゃいけなくてさ」
二人が文句を言う暇もなく、ロビンソンは二人の手を引き、片づけを手伝わせた。すべての荷物を急いでトラックに積み、ロビンソンが早々と去っていった瞬間、昼休みの終了のチャイムが鳴った。
「ロビンソン・・・」
二人は空腹と疲労と絶望でうつむいた。
五時間目が終了し、しげると安永は空腹と疲労で憔悴しきっていた。そこへモモが二人に声をかけた。
「リーダー、ヤスケン、お昼はお疲れ様。お腹すいてるでしょ、はい」
モモは二人に先ほど買ったマグロカツサンドとイカの塩辛巻きをあげた。
「ありがとう、モモッチ」
「モモッチ、君は女神だ」
「どうもいたしまして。代金払ってね」
「「え、お金払うの?」」
しげると安永が声をそろえる。
「当然でしょ、二人のためにわざわざ買ってあげたんだから」
「ま、そうだな。じゃ、改めてありがとうございます」
二人はモモに代金を渡すと、マグロカツサンドとイカの塩辛巻きをほおばった。
「ヤスケン、イカの塩辛巻き微妙じゃね」
「そうだな、リーダー。もう食いたくない」
一方、港の食堂「ロビンソン亭」にロビンソンが戻ってきた。娘ののりが出迎える。
「お父さん、お帰り。どうだった、売店のほうは?」
「おお、拳ちゃんのおかげで完売だったよ。新メニューのイカの塩辛巻きも好評だったし。今度もまた持ってこようかな」
ロビンソンは満足げな顔をして、厨房に戻っていった。
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