第7話 マーチングバンド


 4月のある土曜日10:00。三日月モモは急いで家を出ようとしていた。ペットのミッフィーが転がってきて、散歩をねだる。


「ごめんね、ミッフィー。今から大事な用があるから。散歩は今度ね」


 モモは玄関を飛び出していった。

 20分後、モモは駅の前で誰かを待っていた。すると、一人の女性がモモに近寄ってきた。


「あれ、モモちゃんじゃない?」

「あ、けいちゃん」


 その女性は、美容師のけいちゃんだった。


「今日はデートなの?」

「いえ、違います。先輩と待ち合わせで」

「ふーん、そうなんだ。ところでさ、マイコのライブのチケット取れたんだ。今度一緒に行こうよ」

「本当ですか?行きます、行きます!ありがとうございます!」

「じゃ、詳しいことはまた連絡するね。じゃね」


 けいちゃんが去った後も、モモは待っている。


「なっちゃん先輩、良い所に連れて行ってあげるとか言ってたけど、どこに行くのかな?」


 期待と不安が入り混じりながら待っていると、一台のバンが到着した。

 バンのドアから背の高い細身の女性が現れた。


「モモ、お待たせ。さあ、乗って」

「はい、なっちゃん先輩」


 モモが恐る恐るバンに乗ると、なっちゃん先輩のほかに何人か一緒に乗っていた。


「じゃ、お願いします」

「あいよ」


 なっちゃん先輩が合図をするとバンが走り出した。


「あの、なっちゃん先輩。今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

「ふふふ、着いてからのお楽しみに」


 なっちゃん先輩の返答にモモは不安になる。15分ほどして、一行はとある体育館に到着した。


「モモ、着いたよ」

「はい」

「これ、持つの手伝って」

「はい」


 モモは何もわからぬままバンから降り、荷物を持つのを手伝わされ、体育館の中に入った。

 すると、驚きの光景がモモの目の前に広がっていたのだ。

 何十人もの人間がドラムやトランペットを持っている。中には大きな旗を持っている人もいる。

 なっちゃん先輩たちはその一角で荷物の中身である木琴を組み立てていた。


「先輩・・・これってマーチングバンドですか?わたし、本物見るの初めてです」

「どう、モモ?かっこいいでしょ」


 モモは初めて見たマーチングバンドに興奮していた。なっちゃん先輩はメガネをかけた長身の男性に声をかける。


「おはようございます、ルギーさん。こちら、この前話した後輩のモモです」

「おお、キミがなっちゃんの後輩のモモちゃんか。イカしてるねぇ」

「イカしてる?」


 平成生まれのモモはルギーの言った「イカしてる」の意味がわからず、首をかしげた。


「おっと、自己紹介を忘れてた。マーチングバンドのドラムメジャー、つまり指揮者のルギーです。今日はうちのイカした演奏に感動しちゃってよ」


『軽そうな人だな。指揮者って玉木みたいに神経質な人ばかりだと思ってた』


 モモがルギーに対してそんな印象を思っていたら、小柄な女性が近寄ってきた。


「こら、ルギー!若い子に「イカした」なんて言ってもわからないよ。あ、モモちゃんお久しぶり」


 ルギーにツッコミをいれたのは、安永拳の叔母、ナンシーだった。


「あ、お久しぶりです。たしかヤスケンのおばさん」

「え?拳ちゃんって「ヤスケン」って呼ばれてるの?ぐふふふ・・・」


 ナンシーは不敵な笑みを浮かべた。


「じゃ、各パートで20分間音合わせやった後、全体で一通り合わせるよ」


 ルギーの号令にあわせて、各パートの練習が始まった。モモはナンシーと一緒に片隅で練習を見学している。


「あの、ルギーさんとナンシーさんは付き合っているんですか?」


 モモは不意に聞いてみた。


「ん?付き合っているっていうか、養ってあげてるって感じかな?」

「え?」

「まあ、大人の事情ってヤツよ。あんまり気にしないで」


 ナンシーの言葉に逆に二人の関係が気になってしまったモモであった。


 20分後、全体練習が始まった。ドラムメジャーのルギーの指揮に合わせ、まずドラムのチームが行進しながら、ドラムをたたき出した。その後、管楽器チームがドラムチームの後ろで行進をしながら、演奏を始めた。その横で大きく振られる旗、そして行進している演奏チームとのバランスをとりながらなっちゃん先輩が木琴をたたく。マーチングバンドの迫力ある演奏にモモは思わず涙を流した。


「モモちゃん、大丈夫?」


 ナンシーが涙を流しているモモが心配になり声をかける。


「はい、大丈夫です。うん。・・・こんなのやってみたい」


 2時間後、マーチングバンドの練習が終わり、後片付けをしている。


「モモどうだった、初めて見たマーチングバンドは?」

「先輩・・・ありがとうございました。わたし、いつかこういうのやってみたい。できるようにがんばりたいです!」

「そう、よかった。じゃあ、部活やめるなんてもう言わないね」

「はい!」


 モモは元気に答えた。

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