第5話 新学期とカブトハンバーグ
4月7日。三日月モモ、城ヶ崎しげる、安永拳にとって高校最後の一年が始まる。今日は高校の始業式。体育館の前にはクラス発表の大きな看板が掲げられていた。三人はそれぞれの思いを秘めながら、看板を見つめた。
(三日月モモの視点)
昨日までは憂鬱だったな。玉木からホワイトデーのお返しをもらってから、部活で妙な雰囲気が漂ってる。みんな冷たくなってるし。何かあたし悪いことでもしたのかな?部活に居づらくなってきてるな。今度なっちゃん先輩に相談してみよう。
で、クラス発表だ。これはちょっと楽しみなんだよね。だって安永くんがあんなこと言うんだもん。
「一緒のクラスになれたらいいね」
って。本当に一緒になれたらどうしよう。もう困っちゃう、うふふ。どれどれ……あった。一緒の人はと……あっ。思わずあたしはにやけてしまった。
(城ヶ崎しげるの視点)
今日から高校三年生だ。キャプテンとしてまた最上級生として、インターハイ予選がんばらないとな。
それにしても、あすか先生に旦那がいたとは。ショックだったな。でも、美人だしあの年じゃいてもおかしくないよな。あの後、玉木と「しみけん」で号泣してしまって。妙にあいつと意気投合しちゃって。おとといも一緒にアキバ行ったし。知らなかったよ、あいつにあんな趣味があったなんて。でも、あのメイドカフェってなんか苦手だな。「萌え」ってよくわからないし。玉木いい奴なんだけど、周りの客とのあの盛り上がり方にはちょっと引いたな。
でも、玉木のやつ誰にフラれたんだろう。まっ、俺が詮索してもしょうがないし。じゃ新しい恋に向かってがんばるぞ!って、その前にインターハイ予選だろ、俺!
さて、クラス発表と。あった、あった。玉木とは別だな。ぐっさんはまた同じクラスだ。他にはと……え、あいつと一緒?
(安永拳の視点)
転校してから三ヶ月、あっという間だったな。春休みも漁を手伝わなくていいって父さんに言ってくれたから、サッカー部の練習もちゃんと出れたし。高校最後のインターハイだし、この仲間たちと悔いを残さずいいところまで行きたいな。
クラス発表か。ほとんど知らない人たちだから、緊張しちゃうな。でも、大泉とか佐藤とか三日月さんと一緒になれたら、安心できるな。三日月さんか……。この前、
「一緒のクラスになれたらいいね」
って変なこと言っちゃったな。変に思われていないかな?
三日月さんといえば……。最近、頭から離れないんだよ、あの顔が。ほんとかわいいんだよね、アイツ。あのコロコロとした体型がいいんだよね。もうたまらないんだよ、ミッフィー。
おっと、しっかりしろ。頬を二度たたいた後、クラス発表の看板を見た。
三年D組か。どんな人がいるんだろう?
ーーーーーーー
体育館での始業式を終え、生徒たちは新しいクラスの教室へ向かった。ここはとある教室、ドアには「3―D」の文字が記してある。
生徒たちが歓談している中、安永拳は一人席に座り、あたりを見回していた。
「どこにいるかな?」
安永はどうやら誰かを探しているようだ。すると、
「おはよ、安永くん。本当に一緒のクラスになっちゃったね」
「あ、三日月さんおはよう。本当になっちゃったね。一年間よろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
安永に声をかけたのは三日月モモだった。二人は一緒のクラスになれたことを喜んでいた。しばらく二人で話していると、ある男子生徒が会話に割り込んだ。
「ちょっと、キミ。その娘は暴力女だから気をつけな」
「暴力女ってどういうことよ!定期を拾ってやった恩を忘れたの、リーダー」
「それでも、返すときに殴ることは無いだろう、木琴さん」
「ちょっと、『木琴』言わないでよ!三日月だってこの前教えたでしょ」
「え、三日月さんって『三日月木琴』って名前なの?」
「違うのよ、安永くん。『木琴』っていうのはあだ名よ。この人と玉木ってやつが勝手に呼んでるの」
「で、こちらが『リーダー』くん。めずらしい名前だね」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと。『リーダー』なんて名前の日本人いるわけないだろ!『リーダー』もあだ名だよ、あだ名。俺の名前は『城ヶ崎しげる』だ、よろしくな安永くん」
「よろしく、城ヶ崎くん。でも、うらやましいな、二人ともあだ名があって」
「あだ名って、『木琴』は二人しか言ってないし」
「そうか、安永くんはあだ名ないのか?」
「ああ、転校してまだ三ヶ月だし、今までも苗字でしか呼ばれたこと無いし」
「よし、俺がつけてあげよう。ちなみにフルネームは?」
「安永拳」
「安永拳だね。よしっ決まった!今日からキミは『ヤスケン』だ。よろしくな、ヤスケン」
「『ヤスケン』か、いいあだ名だね、安永くん」
「うん、ありがとう二人とも。じゃ改めてよろしくリーダー、木琴さん」
「ちょっと、あたしは『木琴』じゃないよ!せめて『モモちゃん』って呼んでよ、ヤスケン」
「わかったよ、よろしくね『モモっち』」
「『モモっち』って……ま、いっか」
三人で会話していると、担任の女性教師が教室に入ってきた。
「はい、みんな座って」
担任の先生の指示に従って、生徒たちが席に座ると、担任は黒板に大きな字で
越 ひかり
と書いた。
「三年D組を受け持つことになりました、越です。みんな、愛し合ってるかい?!」
先生の呼びかけに生徒たちは引いてしまった。先生は気まずくなり、
「ま、愛し合っているかどうかはおいおいわかるってことで。一年間よろしくお願いします。では出席をとりますね」
先生が淡々と生徒たちの名前を読み上げる。
「次、城ヶ崎リーダー」
「はい。って、ちょっと、『リーダー』じゃないですよ!『しげる』ですって、『城ヶ崎しげる』。勘弁してくださいよ、ひかり先生」
「あ、ごめん。部活でいつも『リーダー』って呼んでいるから、ついね」
その後も生徒たちの名前を呼ぶひかり先生。
「三日月モモさん」
「はい」
「安永拳くん」
「はい」
ひかり先生がクラス全員の生徒の出席を確認すると、
「高校生活も最後の一年となりました。部活や大学受験などで大変だと思いますけど、卒業したときにこの高校にいてよかったと思えるような悔いのない一年を過ごしてください」
といい、そのまま下校時間となった。
安永拳と三日月モモは一緒に駅へ向かっていた。
「ヤスケン、今日部活は?」
「昨日練習試合があったから、今日は休みなんだ。で、モモっちは?」
「あたしは、今日用事があって部活は休むんだ……」
「ふーん、そうなんだ」
用事があるのは嘘だ。モモは部活での冷たい雰囲気に耐えられず、サボってしまった。二人が学校から出ようとすると、校門の前に女子高生が一人立っていた。しかも、手には大きなペットボトルを持って。
「すみません、入学式の会場はどこですか?」
その女子高生は安永に聞いてきた。
「いや、入学式は明日だよ。キミ、新入生?」
「え、明日ですか?あ、あたし間違えちゃった。教えてくれてありがとうございます!」
新入生はペットボトルの中にある清涼飲料水を一口含むと、
「先輩、けっこうイケメンですね」
といい、走り去っていった。その言葉に照れる安永を見て、モモは思わず安永のお尻をつねった。
「い、痛いって、モモっち!」
「なに照れちゃってんの、もう!」
「照れてないって」
つねられてもなお顔が緩んでいる安永を見たモモは
「じゃあね、ヤスケン!」
といい、頬を膨らませながら足早に駅に向かっていった。
「なんで、怒ってるんだよ」
不思議そうにモモの後姿をみている安永の肩を誰かがたたいた。
「だから言っただろ、あいつは暴力女だから気をつけろって」
「あ、リーダー。今度から怒らせないように気をつけるよ。でも、なんで怒ったのかな?」
「女心は複雑っていうから、あんまり考えないほうがいいよ。で、ヤスケンこれから昼飯食いに行かない?」
「いいね。じゃ『すこやか』に行こうよ。オレ、あそこの『カブトハンバーグ』大好きなんだ」
「よし、じゃ『すこやか』に行こうか」
「おう」
しげると安永、そしてクラスメイトの数名は『すこやか』に向かった。
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