第4話 ホワイトデーとハヤシライス

 とある3月の日曜日。三日月モモは美容室でカットを受けていた。モモの担当の美容師はなじみの三橋恵だ。


「ミッフィーは元気?」

「うん、元気だよ。でも、結構大きくなっちゃって、持ち上げるのに大変になった。下手したらぎっくり腰になっちゃうよ」

「ふふふ。今度から気をつけなくちゃね。で、前髪はいつものようにそろえればいい?」

「はい、お願いします、けいちゃん」


 モモが前髪を揃えてもらっていると、有線からテンポのいい曲が流れてきた。


「あ、これマイコの新曲だ。あたしファンなんだ。マイコの曲はいつもいい曲だよね」

「モモちゃんもマイコ好きなんだ?あたしもファンだよ。今度ライブに一緒に行こうよ」

「本当に?行きましょ、行きましょ」


 二人はしばらくマイコの新曲に耳を傾けた。


 3月14日。リーダーこと城ヶ崎しげるは体操部で使うテーピングをもらいに保健室へ向かっていた。


「あすか先生、テーピングもらいに来ました」

「あ、リーダー、いつもごくろうさん。はい、どうぞ」


 テーピングを渡す保健室のあすか先生の顔がいつも以上に輝いていた。


「あの、先生。なんかいい事ありました?」

「うふふ。顔に出ちゃった?実は今日、旦那と久しぶりのデートなんだ」

「え?旦那さん?」


 リーダーは思わず目を見開いた。


「うん。もしかして、知らなかったの?」

「はい……。でも、この前ひかり先生のところに泊まってましたよね?」

「ああ、あの時は旦那と喧嘩しちゃって、怒って出てってひかり先生のところに転がり込んじゃったんだ」

「そうだったんですか……。では旦那さんと楽しんできてください。失礼します」

「ありがとう。またね」


 リーダーは保健室の戸を閉めると、手に持ったテーピングを見つめながら一人さびしく体育館へ帰っていった。


 17:30。吹奏楽部の練習を終えたモモは指揮者の玉木に声をかけられた。


「あのさ、このあと体育館の裏に来てくれないか?」

「え?ここじゃだめなの?」

「いや、二人っきりで話したいことがあって」

「わかった。木琴片付けたら行くよ」


 モモは木琴を片付けて、体育館の裏へ向かった。到着すると、玉木が包みを持って待っていた。


「あの……今日ホワイトデーじゃん。先月もらったからさ、そのお返し」


 玉木はうつむきながら包みをモモに渡した。


「あ、ありがとう」

「こ、これをもらったからって、俺に惚れるなよ。別に変な気持ちはないからさ。ただのお返しだよ。ただの」


 玉木の言葉に落ち着きが無い。


「惚れる?なんで、あたしがあんたに惚れなきゃいけないのよ。先月のは義理よ、義理!第一ね、カカオ99%のチョコをおいしく食べるやつなんかキモイ!」

「カカオ99%のチョコ?あれが?全然苦くなかったぜ」

「え?苦くなった?」

「うん、苦くなかった」

「あ、そう……」


 モモは首をかしげながら、


『もしや、間違えちゃった?』


 と自らのミスにやっと気づいた。


「ま、とりあえずお返しありがとう。でも、あたしあなたに惚れることないから。じゃね」

「え?ちょ、ちょっと……」


 玉木が何かを言う前にモモは去った。玉木が一人たたずんでいると、体育館の扉が開いた。


「よお、玉木。こんなところでどうした?」

「あ、リーダー」


 玉木の顔に一筋の涙が流れていた。


「玉木、このあと『しみけん』で食わないか?」

「ああ」


 18:30。レストラン『しみけん』で男が二人ハヤシライスを食べていた。


「ねぇ、マスター。おかわり」


 ハヤシライスに食らいつく男たち、リーダーと玉木の目に涙があふれていた。


 一方その頃、三日月モモは駅のプラットホームで玉木からもらったクッキーをほおばりながら、帰りの電車を待っていた。


「まずかったな。まさか間違えるとは……」


 モモはヴァレンタインデーのミスに後悔していた。すると、誰かがモモの肩をたたいた。


「や、三日月さん」

「ああ、安永くん」


 安永はモモのクッキーに目を向けた。


「あいかわらず、いい食いっぷりだね」

「『あいかわらず』っていつもあたしが食べてるみたいじゃない。失礼しちゃう」

「ごめん、ごめん」


 電車がプラットホームに着き、二人は電車に乗り込んだ。


「もうすぐ新学期だね」

「そうだね。もう三年生か、早いね」

「一緒のクラスになれるといいね、三日月さん」

「え?一緒のクラス?」


 モモは思わずにやけてしまった。


「どうしたの、うれしそうな顔して」

「あ、え……なんでもないよ」


 モモはあわててごまかした。


「そうだね、一緒になれるといいね、安永くん」


 いくつかの駅を過ぎ、


「じゃ、俺ここで降りるから。あ、クッキーばかり食べてると喉渇くから、これあげるよ」

「ありがとう、じゃね」


 安永が電車を降りた後、モモは安永からもらった飲みかけのペットボトルを口につけ、お茶を口に含んだ。


「一緒のクラスか……」


 一緒のクラスになることを妄想するモモ。このとき起きた重大な出来事にモモは気づいていなかった。


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