第2話 食パン一斤食べたあと公園で散歩

 とある2月の日曜日10:30。三日月モモは日曜日にはたいていこの時間に起きる。二階の自室から一階のキッチンに食パンを二枚取り出し、オーブントースターに入れスイッチを入れる。3分後トーストが焼きあがると、ベーコンエッグをおかずに朝食がはじまった。トーストを2枚食べ終えると、また食パンを2枚オーブントースターへ。焼きあがったおかわりのトーストを食べ、また食パンを2枚オーブントースターへ。その繰り返しでモモは食パン一斤食べてしまった。


 モモが朝食を終え、ソファに寝転がってテレビを見ようとしたら、母・雅子がモモを呼んだ。


「ちょっと、あんた。すぐ寝転がると太るわよ。そんな暇なら、ほらミッフィーの散歩でもいってらっしゃい」

「えー、めんどい。しかもこいつあまりなついていないし」


 ペットのミッフィーの散歩を面倒くさがるモモはソファでふて寝をしはじめる。自堕落な娘の姿に見て、母・雅子の雷が落ちた。


「つべこべ言ってないで、さっさと行きなさい!晩ごはん抜きにするわよ!」

「もぉ、わかったよ。い・き・ま・す・よ」

「じゃ、お願いね」

「じゃいってきます。行くよ、ミッフィー」


 ペットのミッフィーは数歩歩いたあと、転がってモモの後についていった。


 12:15。モモは公園のベンチで焼きいもをほおばっていた。ミッフィーはモモの前を勝手に転がっている。モモは焼きいもを食べながら、考え事をしていた。


『あれから玉木とはなんか気まずいな。話かけづらいし、あいさつもお互いにぎこちないしね。あーもー嫌だ嫌だ。あんなことしちゃったから、後輩たちもなんか変な目で見てるし……』


 モモは2月14日のヴァレンタインデーに同じ吹奏楽部の玉木を辱めるためにみんなの前でカカオ99%のチョコをあげて苦い思いをさせようとしたのだが、予想に反して玉木は平然な顔をしてチョコを食べてしまったのだ。(実は玉木が食べたのはモモが秘かにあこがれる安永のために作った甘いチョコだったのだが、モモ自身は間違えたことに気づいていない。)このことがあってから、吹奏楽部内でモモが玉木のことが好きだという噂がたってしまい、モモにとって憂鬱な日々が続いていたのだ。


 モモは大きくため息をついて、転がるミッフィーに目をやった。


『こいつはのんきだね、まったく。あたしゃこんなに悩んでいるのに』


 モモが呆けながらミッフィーを見ていたら、突然ミッフィーが視界から消えた。モモは急いであたりを見渡すと、ミッフィーが人の前まで転がっていた。モモは走ってミッフィーを拾いに行こうとする。ミッフィーを拾おうとした瞬間、モモは目の前の人物に驚嘆してしまった。


 ペットのミッフィーに転がった先にいたのはサッカーボールを持った少年だ。サッカー部の安永拳、モモが気になっている男子だ。


「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫ですけど……。あのー、うちの高校の人だよね。見たことあるような」

「あ、は、はい!B組の三日月です!C組の安永君だよね、北海道からきた転校生の」


 まだ冬も終わらないのに、モモの頬に桃の花が咲いた。


「うん。あ、俺のこと知ってるんだ。やっぱ転校生は目立つんだな。で、それは三日月さんのペット?」


 安永がミッフィーをまじまじと見つめる。


「そ、そうなのよ。ミッフィーっていうの。生まれたばっかりでやんちゃっていうか、なんていうか。転がってばっかりいるからすぐ汚れるし……」

「でも、丸くてかわいいよ。俺もそんなペットほしいな」

「安永君、動物好きなの?」

「うん。でもうち魚類以外動物禁止だし……」

「ぷっ。『魚類』ってなに?」


 モモは思わず笑ってしまった。安永はあせる。


「親父が海の男だから、魚以外動物として認めてもらえないんだよね、ははは」

「そうなんだ、それは大変だね。あ、そうだ、今度ミッフィーの遊び相手になってよ。あたしじゃ手に負えなくて。ここにはよく来るから来週にでも」

「本当!ありがとう!じゃよろしくな、ミッフィー」


 安永の屈託の無い笑みにモモはときめいた。


「じゃ、来週の日曜12:00にここで」

「オッケー。じゃまたね、三日月さん」

「じゃまた来週」


 安永はスキップしながら公園を去った。モモはミッフィーを抱えながら、去っていく安永の背中を見つめる。


「きゃー、安永君と話しちゃった。しかも来週会う約束まで。ミッフィーお前も役に立つこともあるんだねー」


 安永を見送るモモのもとにメールが届いた。


『美容院によって。けいちゃんから荷物預かり。取ってきて。 母』


 母からのお使いのメールだった。モモはミッフィーと一緒に美容院へ向かった。


 13:15。モモとミッフィーはなじみの美容院についた。


「こんにちは。けいちゃん、いますか?」

「あ、こんにちは、モモちゃん。お母さんから電話きたわよ。でも今お客さんのカットをしているからちょっと待って」

「はい、わかりました」


 モモが待合席に座ると、隣には美容院とは縁のなさそうな男が両腕に大きな荷物を抱えて座っていた。よく見ると体操部のキャプテン城ヶ崎しげる、通称「リーダー」だった。しげるはつまらなそうな顔をしている。


「なあ、アキトおばさん。俺先に帰ってもいいだろ?」

「ん?まだ買い物が残ってんだから、カット終わるまで待ちなさいよ!しかもね、『アキトおばさん』じゃなくて、『アキトお姉さん』でしょ。わたしはあなたのいとこだし、まだ二十代なんだから。おばさんなんて失礼だよ。わかった、しげる」

「もう、しかたねぇな……。はいはい、わかりましたよ『アキトお姉さん』」


 アキトの押しの一手に負けたしげるはうなだれた。その様子を見てたモモは、

『だらしがない男だね』としげるにあきれていた。


 30分後、美容師のけいちゃんがアキトのカットを終えると、店の奥からなにやら包みを持ってでてきた。


「モモちゃん、おまたせ。はい、これお母さんに渡しといて。ちょっと重いから気をつけてね」

「はい、わかりました。お母さんに渡しておきます。ホントだ、結構重いですね。それじゃ、失礼します」

「モモちゃん、ありがと。また来てね」


 モモが美容院を出たら、ミッフィーがなにか口にくわえている。


「ミッフィーなにくわえているの? まったくしょうがないね。ん、定期入れじゃない? 名前は『城ヶ崎しげる』? あー、体操部の「リーダー」のか。さっき出るとき落としたんだね。住所わからないし……、まっ明日学校で渡してやるか」


 23:00。ベッドに入っても、モモはなかなか寝付けない。安永と話せたこと、そして来週の約束で興奮して眠れなくなっている。


「来週か。楽しみだな。るんるん」


 一人妄想にふけっていると、突然携帯が鳴り出し、モモは現実へ引き戻された。


「もしもし、三日月ですけど」

「もしもし、モモ?あたしよ、夏子」

「あー、なっちゃん先輩!お久しぶりです!」


 去年の3月に卒業した吹奏楽部の先輩、日向夏子からの電話だった。


「ねぇ、あんた来週ヒマでしょ。ひなまつりパーティやるから、来週の日曜13:00、駅に集合ね。じゃねー」


 一方的に用件を言うと、なっちゃん先輩は早々と電話をきってしまった。


「えー、どうしよう……。安永君とも約束あるのに……。でもなっちゃん先輩の誘いも断れないしな」


 モモは悩みでますます眠れなくなってしまった。

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