Re:学校1の食いしん坊女子がラブコメ?

ドゥギー

第1話 食いしん坊女子の苦いヴァレンタイン


 2月14日、少女は朝から道中で拳大のおにぎりを頬張っている。なぜか曇り空のように浮かない顔。そこへ後ろからセーラー服を着た少女が駆け寄ってきた。


「おはよう、モモ。相変わらず食べてるね」


モモはおにぎりを食べるのを一時停止した。

「おはよう、みのり。……はぁ」

「どうしたのよ?いつもの元気なモモはどこいった?」

「ねぇ、みのり。やっぱ渡さなきゃダメ?下駄箱に入れるのでもいいんじゃないの?」

「だめよ。直接渡したほうがダメージが大きいのよ。なんとなくその気にさせて、一気に落とし込む。このギャップがダメージを大きくするのよ」

「でも、直接は……」

「何言ってるの?じゃんけんで負けたんだから、覚悟決めなさい。いい?部活終わった後にちゃんと玉木にわたすのよ」


 玉木とはモモたちが所属する吹奏楽部の指揮者だ。モモとは気が合わず、言い争いばかりしている。モモたちは玉木にカカオ99%の苦いチョコを食べさせてひどい目にあわせようようとたくらんでいるのだ。


「そのほうがダメージ大きいのはわかってるけど……。気が引けるな……」


 モモはかばんの中のチョコを見て、大きなため息をついた。そして、おにぎりを再び食べ始める。あっという間におにぎりがなくなり、モモはポケットの中からバターロールを取り出し、口の中に入れた。



 男子にとってもヴァレンタインデーは楽しみ一日だ。誰からチョコもらえるか?どれくらいもらえるか?男の子たちはもらえる瞬間を心待ちにしている。ここにももらえる瞬間を心待ちにしている男子が一人。


「よっ、リーダー。何、にやにやしてるんだよ?」

「え?……にやついてなんかいないよ」


「リーダー」と呼ばれる少年、城ヶ崎しげるは顔を赤らめた。


「誰かにチョコもらうことでも、妄想してたのか?あ、もしかしてあすか先生か?」

「からかうなよ。あすか先生からなんて……」


 しげるの顔はますます赤くなる。男子生徒に絶大な人気を誇る保健室のあすか先生。しげるもあすか先生に思いを寄せる一人だ。


『本命はさすがにないけど、義理はあるかな……』


 しげるの妄想は一時間目のチャイムがなっても消えなかった。


 放課後、保健室には白衣を着た綺麗な女性と上半身裸になっている男子生徒が一人いた。しかも、男子生徒は後ろ向きになっている。


「もうちょっと待ってね」


 白衣を着た保健室の校医、あすか先生は、生徒の背中に何か書いている。


「サッカーの練習で膝を擦りむいたのに、どうして上半身裸で先生に背中見せなきゃいけないんですか?しかも何か書いてるでしょ?何書いてるんですか?」


 治療を受けていたサッカー部部員、安永拳は困惑していた。

 同じ頃、しげるは所属する体操部で使うテーピングをもらいにあすか先生のいる保健室に向かっていた。保健室のドアを開けた。


「あすか先生、テーピングをもら……失礼しました」


 しげるは急いでドアを閉め、急いで走り去った。見てはいけない光景。裸の男と二人きり、男の背中に何か書いているあすか先生。


『なんであすか先生が裸の男と?もしかして、もしかして……うああああ!』


 しげるは心の絶叫とともに廊下を全力疾走した。生活指導の先生の注意も聞こえない。テーピングを取りに行くことも忘れた。とにかく走るしかなかった。


 一方、下駄箱の前で一人たたずむモモ。かばんの中から包みを一つ出し、


「安永君……」


 と小さくつぶやいていた。そこへ何か足音が聞こえてきたモモはあわてて包みをとある下駄箱に入れ、見つからないように走り去っていった。


 しげるが出て行った保健室では、


「あら、リーダーどうしたのかな?たぶんテーピング取りに来たと思ったのに。また後で来るかな」


 とあすか先生が言いながらまだ安永に対する作業を進めていた。そして数分後。


「よし、できた。戻っていいわよ」

「はい。でも、何書いたんですか?」

「いいから、気にしないで。ささ、戻った」

「うーん、わかりました。あすか先生、失礼します」


 少々納得しないが、これ以上問い詰めても何も答えそうも無いので、安永はグラウンドに戻っていった。


 一方、我を忘れて走っていたしげるはいつの間にか体育館に戻っていた。


「おい、リーダー、テーピングは?」

「テーピング?あ、ああ……。お前、取りに行ってくんない?」

「なんだよ、めんどくさいな」


 チームメートは渋々テーピングを取りに行った。しげるはため息をつき、苦手のゆか練習にとりかかった。


 18:00。日もすっかり暮れた頃、今日の吹奏楽部の練習が終わった。モモは意を決し、指揮者の玉木に声をかける。


「玉木、ちょっと待って」

「ん、なんだ『木琴』?」


 この男、玉木は部員を担当楽器の名前で呼んでいる。ちなみにモモは木琴担当だ。モモはこの呼び名に多少イラついたが、我慢して包みを玉木に差し出した。


「今日、一応ヴァレンタインだからさ。ほらチョコ。でも、義理だよ。あ・く・ま・で・も義理ってことで」

「義理なのはわかってるよ。ありがとう」


 そのまま帰ろうとする玉木。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ちなよ。ここで食べなさいよ」

「なんでだよ、いいじゃんか。あとで食べても」

「だめなの! ここで食べなきゃ意味無いの!」

「わーた、わかったよ。まったく強引な女だな、『木琴』は」


 玉木は包みを開けて、とうとうあの恐ろしく苦いはずのチョコを口の中に入れた。

 もぐもぐもぐ……。なにか様子がおかしい。


「お、結構うまいじゃん」


『え? こいつ、舌がおかしいんじゃ……』


 なんと玉木はカカオ99%のチョコを平気な顔して食べているのだ。モモも隠れて様子をみている友人の富樫も驚きを隠せない。そして、玉木はすべてたいらげてしまった。


「これもしかして手作り? 店の味とはなんか一味違うんだよな。いや、うまかったよ。ありがとう」

「うん……どうもいたしまして……」


 モモの心臓が不思議と高鳴っていた。


 同じ頃、あの衝撃的なシーンから立ち直れないしげる。体操部の仲間がしげるをなぐさめている。


「悪いことがあれば、いいこともあるって。元気だしなよ、リーダー」

「そうかな……」


 下を向きながら歩くしげる。玄関に着き、下駄箱を開けると、包みがポロリと足元に落ちた。


「おいおいおい、リーダー。そりゃもしやチョコじゃない? ヒューヒュー。本当にいいことがあったじゃん!」


 仲間たちがしげるをちゃかす。しげるの顔に数時間ぶりに笑みがこぼれた。


 安永が家路に着くと、父とある女性がすでに酒盛りをしていた。


「ナンシー叔母さん来てたんだ」


 その女性は安永の叔母、ナンシーであった。


「拳ちゃん、おきゃえり。ヴァレンタインはどうだったの?」


 酔ったナンシーの問いに対して、安永は


「ヴァレンタイン?別にもらってないけど」


 と適当にあしらうように答えた。


「おいおい、情けないな。父ちゃんは『ロビンソン亭』ののりちゃんからもらったぞ。義理だけどな。がはは」


 酒で上機嫌の父が豪快に笑う。酔っ払いたちの付き合いから逃れようと部屋に戻ろうとしたとき、叔母のナンシーが何か発見した。


「拳ちゃん、背中になんか書いてあるよ。どれどれ」


 ナンシーは安永の服を強引に脱がし、背中に書いてあるものを見た。


「なんか汗でにじんじゃって、ほとんど読めないよ。どれどれ……。

『るぎ は  さない  た  もの』?

 こりゃ、暗号だね」

「おい、拳。飯の前に風呂に入って背中の文字落としてこいよ」


 父に言われるまま、安永は急いで風呂場に向かった。


 しげるは夕食のあと、部屋に戻り、下駄箱で発見した包みを開けてみた。


「チョコだ、やったー!でも、誰だろう?他に何も入っていないし」


 大いなる期待と一抹の不安を抱きながら、しげるはハート型のチョコを一口食べてみた。


「……苦い!なんじゃこりゃ?」


 どうやらカカオ99%の犠牲にあったのは玉木ではなくしげるであった。

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