第98話

 昼食前に皮を剥いた林檎りんごを賽の目にカットする。

 サイズが大きく変わることのないよう注意を与え、その作業をレオンに任せている。


 その一方で佑樹は林檎りんごを煮るためのシロップを準備し、さらにパイ生地を作っていく。


 アップルパイを作るのだが、本来なら林檎りんごの食感を残すために賽の目にカットすることはない。だが、マリアという幼児がいるために、喉に詰まらせるようなことがないよう、念入りに賽の目にカットさせている。

 さらにカットされた林檎りんごを柔らかく煮込むことで、リスクを低減させていく。


「全てカットしました。」


 レオンの言葉を受けて、カットされた林檎りんごをシロップの中に投入し火にかける。

 沸騰してくるまでの間に、パイ生地をパイローラーにかけて延ばし、そして三つ折りにして冷凍庫に入れて冷やす。

 その工程を6回繰り返し、生地を冷蔵庫に入れて冷やす。


「沸騰してきました。」


 レオンの報告。

 佑樹は弱火にすると、底が焦げ付かないようにゆっくりとヘラを使って撹拌していく。

 火が満遍なく通るように、回すだけでなく上下にも撹拌する。


 30分ほど攪拌すると、佑樹は爪楊枝を使ってカットされた林檎りんごの火の通りを確認する。

 そして、爪楊枝にカットされた林檎りんごを一つ刺し、レオンに食べてみるようにと渡す。

 それをレオンが口にしたことを確認すると、もう一つ林檎りんごを刺した爪楊枝を渡す。


 二つ目を渡されるということは、ただの味見ではないのだろうことをレオンは察する。


「少し、ほんの少しだけ食感が違うように思います。」


 レオンの感想に、佑樹は感心した表情をみせる。


「この違いがわかるとは、随分と鋭敏な感覚を持ってるんだな。」


「い、いえ。

 なんとなく、そう感じただけですから。」


「そのなんとなく・・・・・が、才能の分かれ目なんだよ。」


 ほんのわずかな違いを感じ取れるかどうか、それこそが才能だろうと佑樹は考えている。


「それで、なんで違いができたかわかるか?」


 手を休めることなく問いかける。


 レオンは少し考えてから、


「切った大きさでしょうか?」


「そう。少しだが、後の物の方が大きい。」


「だから、なるべく同じ大きさになるようにカットしろと、そういうことなのですね。」


「そういうこと。

 俺のいた国の話だが・・・」


 そう前置きして続ける。


「王侯貴族に仕える料理人集団は、その長が食材を切るのを見て調理法や調理時間を組み立てたそうだ。」


 王侯貴族と言ったのは、レオンにも理解しやすいように表現したものだ。


「切るのを見て、ですか?」


 信じられないように声をあげる。


「長がカットした順番や大きさからその意図を理解して、調理を始めるんだよ。

 それだけ、互いに信頼関係が構築されているってことだ。」


 料理人集団は、ほとんどがその長と師弟関係にあるということもある。


「なるほど。」


 感心したように呟くレオン。


「献立はある程度決まっていただろうし、提供する順番も決まってはいただろうけどな。

 だけど、一番美味い状態で出すタイミングなどは、切った形であったり大きさから変わってくるからな。」


 話をしながらも、佑樹は手を休めない。


 林檎りんごのシロップ煮をザルにあけると、粗熱を取るためアルミプレートに敷き詰める。


 粗熱が取れるまでの時間にパイ生地の成形に入る。

 生地そのものはすでに料理人ロボットたちが作っている。

 その生地を型に成型して整える。


下拵したごしらえはこんなところだな。」


 必要な数より少し多い程度に生地を準備して時計を見ると、すでに16時を回っている。


「お疲れさん。」


 と、レオンにホットチョコレートの入ったカップを差し出す。


「あ、ありがとうございます。」


 差し出されたホットチョコレートに口をつけると、


「少し甘いですね。」


 感想を漏らす。


「こちらの世界の人たちは、コーヒーのような苦い飲み物に慣れていないようだからな。

 だから、苦味の中にも甘さがあるホットチョコレートにしたんだが・・・」


 レオンには甘過ぎると感じられたようだ。


「コーヒーも飲んでみるか?」


 別のカップに入れたブラックコーヒーを渡す。


「!

 流石にこれは・・・」


 ブラックコーヒーは苦過ぎたようだ。


「砂糖とミルクを入れるといい。」


 そう言って砂糖の入った容器と、ミルクの入った容器を渡す。


「砂糖はスプーン一杯から始めるといい。

 ミルクは入れれば苦味が和らぐ。」


 レオンは言われた通りに試してみる。


「これなら自分でも飲めそうです。」


「それはよかった。

 だけど、飲み過ぎると夜が眠れなくなるぞ。」


「え?」


「カフェインという刺激物質が入っていてね。

 飲み慣れないうちは、夜に眠れなくなることがよくあるんだ。

 まあ、軍なら夜警する人間に飲ませると良いかもしれないな。」


 カフェインの軍事利用に関しては、日本ではお茶を濃く煮出して眠気覚ましに使用していたりする。


「なるほど!

 そういう使い方もできますね。」


 レオンはしきりに感心している。


「今までは食事などというものは、ただ腹が満たされればそれでよいと思っていました。

 ですが、それではいけないのですね。」


「いや、その考えは否定しないよ。

 その日の食べ物を心配しなければならないような状況だったり、そういう境遇にある者たちはどうしても“食を楽しむ”とか、“食育”なんて発想には至らないものだから。」


「そうですね・・・」


「俺の居た世界に、“倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る”という言葉がある。

 簡単に言えば、食うや食わずの者たちに礼節だとか栄誉なんて関係ない、けだものと同じってことだ。

 為政者は領民に飢えの心配をさせず、そして教育を与えて人としての教養を身につけさせなければならない。」


 佑樹の言葉を神妙な表情で聞いているレオン。


「教育やら飢えの心配のないようにするなんて、正直なことを言えば地味なことだ。

 だからこそ、本当に力を入れなければならないことでもある。

 戦争でも同じだと思うぞ。

 戦うための兵を集めるだけでなく、その兵士たちが飢えないようにして、周辺国が干渉しないように根回しをする。

 事前の準備をしっかりと整えないと、戦果など挙げられないのではないかな?」


「・・・その通りですね。」


 レオンは佑樹の言いたいことを理解する。


「そうは言っても、いやそれだからこそ、その場から外されるのが悔しいと感じるのだろうな。」


 言葉に詰まったレオンを見て、サラマンカ王国にとって歴史に残る戦いになるのは確実なのに、そこに最初からいられないのは悔しいのだろうと察する。


「初めからいられないのは悔しいだろうが、それはグスマン卿がレオンに期待しているからではないのかな?」


「オレ、いえ、私に期待ですか?」


 信じられないとでもいうような表情をみせるレオンに、


「期待しているからこそ、この天空の城場所で学ばせたいのだろうな。

 新しい兵器を活用した戦術や、俺の居た世界の兵法などを学ばせたいのだろう。」


「え?」


「グスマン卿に供与する兵器を使った戦術など、この世界の誰も知らないのだから、そういう人材は必要だろう?

 勝つための最後の一片ピースは、レオン君がどれだけ天空の城ここで学べるかにかかっているってことなんだろう。」


 確かに、佑樹から供与される兵器の活用法を誰も知らない。それを学ぶ人間が必要になるのは間違いのないことであり、そこに自分が選ばれたというのは、栄誉あることではないだろうか?


「エンリケは君を置いていくと言っていた。

 だけど君自身はどうなんだ?

 俺としては、君の本心を聞きたい。」


「そんなのは決まっています!

 この天空の城に残り、より多くのことを学ぶために残ります!!

 勝利するために!!」


 レオンは迷うことなくそう答え、佑樹はレオンに手を差し出す。その手をレオンは固く握った。

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