第93話
「ずいぶんと思い切った提案をしたものじゃな。
切り替えによる減収分を補填するなどとは。」
サフィアの言葉に、
「本当にそうですね。
しかも現金での一括買い取りとか。」
マリアナも同意している。
「自分がいた世界なら、特に珍しいことじゃないんだがな。」
大手ファミリーレストランなどでは、農家と契約することで大量の作物を入手している。
佑樹の狙いとしては、キリプエをグルメの街にするという目標のための先行投資という面もある。今後、キリプエでは多量の作物を必要とすることになるだろう。
そのために、こちらで必要な作物や品種の栽培をしてもらう時に備えて、ガスパール侯爵領の農民の信を得たいのだ。
「農民は現金収入を得て、ガスパール侯爵家は物納ではなく金による税収を得る。
悪くはないと思いますよ。」
マリアナは感想を漏らす。
悪くはない、悪くはないが大きな懸念材料があるのも事実なのだ。
「問題は、どこまで貨幣経済がこの世界に浸透しているか、だな。」
キリプエやシュウェリーンのような商業の盛んな港町とその周辺地域なら、貨幣経済は浸透している。だから今まではたいして考える必要はなかったのだが、比較的内陸にあたるガスパール侯爵領をはじめ、そこまで貨幣経済が浸透していない地域でどこまで通用するか未知数なのだ。
「せめて江戸時代中期、いや戦国時代くらいは貨幣経済が浸透しているといいんだけど。」
江戸時代や戦国時代と言われても、この場にいる者で理解できるのは一人もいないのだが、思わずそう口にしてしまうほどに懸念される材料である。
「そんなにも貨幣経済とやらへの移行は、重要なことなのでしょうか?」
ルヴィリアがこの場の皆を代表するかのように、そう疑問を呈する。
「物流が楽になるのと、人の動きを活発にするためには必要なことなんだよ。」
人が旅をするのに全ての物を持参しなくてはならないとなれば、動ける範囲は自ずと限られてくることになる。それが貨幣経済になれば、金さえ持っていれば現地調達が可能になり、動ける範囲も飛躍的に拡大されるのだ。
意外かもしれないが、15世紀半ばの日本はある程度の貨幣経済が成立している。
李氏朝鮮第四代国王
「少なくとも、サラマンカ王国をはじめとするこの地域には変な意識が根付いていないようだから、その利便性が理解されれば浸透は早いと思う。」
李氏朝鮮が貨幣経済の浸透に失敗した大きな理由には儒教、特に朱子学の浸透があまりにも強固だったことが挙げられる。
貨幣経済の発展には商業の発展が欠かせないのだが、朱子学はこの商業を嫌っている。いや、嫌っているというよりも憎悪していると言った方が正確だろう。
商業というのは非常に簡潔に言うのなら、物を右から左に動かすだけで利益を得る行為である。無論、そこには輸送費や人件費というものが存在し、さらには商売を永続させるために利益を得なくてはならないのだが、その利益を得ようとすることを朱子学は嫌悪しているのだ。そんな思想が強固に根付いているような国では貨幣経済は成立しない。
そして貨幣経済の発展に欠かせないのが、金融業だ。
ただ、この金融業の発展というのは近代化にも欠かせない重要な要素なのだが、その発展には非常に大きな問題がある。
「金融業、ですか?」
マリアナの疑問。
「端的に言えば、金貸しだよ。」
「金貸しですか?」
佑樹の、あまりにも端的な返答にマリアナは渋い表情をする。
マリアナの表情からわかるように、金貸しというのはいつどの世界でも評判が悪い。文学作品でも、シェイクスピアの『ベニスの商人』のシャイロックのように、ほぼ間違いなく悪役になっている。
また、金貸しというのは宗教的に禁止されていたりする場合もあり、それが悪評に繋がっている。かつてのキリスト教でもそうなのだが、イスラム教ではイスラム教徒同士での金の貸し借りを禁じていたりもする。
そのため金融業というのは
「この世界は、金貸しを禁じているような宗教とかはあるのか?」
今までは敢えて触れてこなかった宗教に関する話題だが、この世界で生きていく以上は触れないわけにはいかない。
「無いわけではありませんが、私としても宗教にそこまで詳しいわけではありませんから、詳細はわかりかねます。」
マリアナはそう答え、
「明文化されているわけではありませんが、同族での貸し借りは嫌われる行為ですね。」
それに対してサフィアたちは、
「我らには縁のないことであるな。」
とのこと。
この世界で最強の種族である
マリアナの説明によると、光の神を信奉する宗教では金の貸し借りは
現時点で明確にわかるのはそれくらいで、他の神を信奉する宗教についてはわからないとのことである。
「宗教的な
なら、金融業を始めても良さそうだ。
資金なら、シュウェリーンの悪徳商人を潰した際に没収した金がある。それらを融資することで、産業を起こして経済活動を盛んにする。
そのための人材を集める必要がある。
「シュウェリーンで募集するかな。」
悪徳商人とその商会をいくつか潰しており、そこの従業員が失業者となっている。その中からまともな人材を得られれば、“銀行”の開業も見込めるだろう。
その手始めとして、自分の統治下にあるキリプエとその近郊の村々において、税を物納から完全に金銭による納付へと切り替えることを考える。
「キリプエについては、イグナシオと相談しなけりゃならんか。
シュウェリーンは、誰と相談したらいいのだろう?」
キリプエはその統治にイグナシオを総督として置いているが、シュウェリーンはアレクシアかヴァレリーに話を持っていけばいいだろうか?
そんなことを考えていると、
「そうだ、ユウキ。」
アルファが突然声をあげる。
「どうした?」
「主上様がご褒美をあげるって言ってたよ。」
「ご褒美?」
「内容は知らないけど、楽しみにしているようにって。」
「ふうん。
まあ、わかった。」
一抹の不安を感じつつ佑樹はそう答えると、それが合図だったかのように場が解散されていった。
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