第92話
晩餐会が終わり佑樹は自室に戻ったのだが、そこにサフィアたち
ウルリッカが慣れた手つきでコーヒーを淹れていき、全員に行き渡ったところでジェタが口を開く。
「ずいぶんと生意気な小僧だったよね。」
普段、人を悪く言わないジェタが“生意気な小僧“とまで口にしたのは、晩餐会に参加していたレオンに対してだ。
「武力至上主義とでも言えばいいのかな。
大きな危うさを感じるな。」
ジェタの言葉を受けての、佑樹の感想だ。
「はい。
父からもそのあたりの話を聞いてはいたのですが、これほどまでとは思いませんでした。」
マリアナは末弟の現状について、グスマンから聞いてはいたようなのだが、想像以上の状況だったようだ。
「武力は国の根幹となるものの一つだから、それなりの自負を持つことは否定しないんだが・・・」
国民を守るためには武力は必要なものだ。
佑樹の故国日本の自称平和主義者は、武力の保有を否定して外交努力ばかり強調するのだが、武力も外交力の一つであるという厳然たる事実には目を背けている。
このことを昭和の大作家である故・司馬遼太郎は、「平和平和と唱えれば平和になる」と信じている“念仏平和主義”と皮肉ったものだ。
その念仏平和主義も行き過ぎだが、レオンの武力至上主義もまた行き過ぎた考えだ。
戦争を行うには入念な準備が欠かせないのだが、レオンはすぐにでも戦争に突入したがっているように見える。
なにかそういう思想に至る理由でもあるのだろうかと考えていると、扉を叩く音がする。
「
応対するランマルに、
「エンリケ様ヲオ連レシマシタ。」
と、エンリケたちに付けているメイドロボットが返答する。
その声に佑樹が頷いてみせると、ランマルは扉を開けてエンリケが入室する。
「遅くなって申し訳ない。」
入室するなり頭を下げるエンリケに、
「侯爵ともあろう御人が、なんの位階も持たない相手に頭を下げるものではないだろうに。」
佑樹はそう声をかける。
確かに佑樹は位階を得てはいないが、だからといって無位無官の相手とするわけにはいかないのが、エンリケの立場でもある。
「そうは言うが、一国の王女を娶るような相手には関係ないのではないかな?」
そう返されると、佑樹としては言葉もない。
エンリケは勧められた席に座り、目の前に置かれたコーヒーを一口啜る。
「苦いな。」
正直な感想に、一同は笑みを浮かべる。
「色々としたい話もあるのだが、まずは弟の無礼を謝罪したい。」
晩餐会の場でも、エンリケは何度も嗜めてはいたのだが態度は一向に改まらなかった。
「“食い物の話なんかよりも、戦に勝てるだけの武器を寄越せ”とは、直截な物言いだったな。」
「本当に言葉もない。」
頭を掻くエンリケに、
「だから、彼をここに連れてきたんだろう?
今のままでは、色々と危ういから。」
佑樹がそう言うと、
「お見通しってわけか。
前に会った時はもっと鷹揚な人物だと思ってたんだがなあ。」
肩をすくめる。そして、
「今は戦いのために、入念な準備をしなければならない時期だ。
だが、今のレオンは戦うことそのものにしか目が向いていない。
小さな、本当に小さなきっかけで暴発しかねない。」
そう話す。
「相手にしてみれば、レオンを標的にして謀略を仕掛けてくると。
そして、仕掛けられたらすぐにその罠に引っ掛かる可能性が高い、か。」
だから
「自分が置かれている状況を理解していないからな、レオンは。」
「それは厄介だな。」
レオンはガスパール侯爵家の出身であり、現在は武門の家とされるユトリロ子爵に婿入りして、次期当主となる立場である。
そして、近く始まるであろうマルセロ王との戦いでは、一軍を率いることになることが予想される。
「軽はずみな行動はするなと、父もよく言ってはいたのだが・・・」
軽はずみな行動を取り、グスマンの怒りに触れたのだろうか?
ふとそんなことを口にすると、
「いや、まだそこまでのことはしていない。」
“そこまでの”ということは、近いことはやらかしているのだろう。
「やらかしそうだから、ここに連れてきたんだよ。
名目は技術研修としてある。」
「技術研修ね・・・」
色々と幅の広い解釈ができる言葉だ。
まだ、表立って戦いになっているわけではないため、マルセロ王に対していくらでも言い訳ができる名目を準備したということである。
そして、戦いが始まる前までに戻せば良いということでもある。
「
「戦力比でいうのなら、せいぜいが王国の2割ってところだ。」
ガスパール侯爵に付くのが確定しているのが、王国の2割ということだ。
「3割が王国側、5割が日和見だな。」
エンリケがそう言うと、
「日和見が5割って、随分なモノなんだね。」
ペリアが感想を漏らす。
もっと旗幟を鮮明にするものが多いと思っていたのだ。
「5割の日和見って、こっちに有利ってことだぞペリア。」
王国側が5割でもおかしくはないのだ。それが王国側3割というのは、いかに現王もしくは王家が信望を失っているかという証左でもある。
日和見をしている者たちは、大勢が決すれば有利な方へとつくことになるだろう。
「そのための武器の生産はある程度の目処はついているが、問題はやはり食料だな。」
武器は天空の城からの技術移転により、ある程度はなんとかなる。だが、食料はそうはいかない。
農地の拡充をしたとしても、すぐに増産できるわけではない。安定した収穫を得るためには、少なくとも三年はかかるものだ。
「開墾したばかりの土地には、ジャガイモやサツマイモを植えるとして、既存の農地には
そこに化学肥料を使用することで、主食作物である小麦の増産をする。一種のドーピングと考えるとわかりやすいかもしれない。
「あくまでも一時的な措置であって、恒久的な措置ではないということか。」
エンリケは考え込んでいる。
ジャガイモやサツマイモとやらは、その後の生産もかまわないのだろう。飢饉が起きた時のための救荒作物として有効だと、ユウキは言っていたのだから。
そして、
収穫量の増大というのは、農民にとっては収入の増加であり自分たちにとっては税収の増加を意味する。
その増加に慣れてしまうと、元に戻した場合の反動に耐えられるだろうか?
「
もちろん、期間限定だけどね。」
思いがけない提案に更なる説明を求める。
その説明の内容は、新たな農地の生産が軌道に乗るまで、
「なんなら、農民たちとの一括契約としてもいい。
そうすれば、税も物納ではなく現金での納付とできるのではないか?」
ただ、このやり方はこの世界にどれだけ貨幣経済が根付いているかによって、効果が変わってくるものでもある。
エンリケたちとしても、貨幣による税収というものは有り難くもあるが、兵糧という観点からすると物納も捨て難い。
「色々と提案をしてくれるのは有り難いのだが、少し検討をする時間をくれないか?」
自分たちにない発想をいくつも提案され、エンリケとしても部下と検討をする時間が必要なのだろう。
佑樹がそれを承諾したことで、この非公式の会談は終了したのだった。
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