第91話
カカポを追いかけ回していたマリアが、森の奥から姿を現したジャインアントモアの姿を見て固まる。
幼女のマリアだけでなく、その姿を見たほとんどの者たちが固まっている。
「魔物が現れたのか?」
と。
頭までの体高が目測で三メートルもあれば、魔物と思われても仕方がないのかも知れないが。
ペリアがマリアのそばまで行くと、ジャインアントモアはその長い首を下ろし、ペリアはその頭を撫でている。
「大丈夫。
この子は大人しいから、敵対行動をとらなければ何もしない。」
ペリアは振り返ることなくそう言うと、マリアを抱き抱えてジャインアントモアの頭に近づける。
マリアはおっかなびっくりしながら、その小さな手でジャインアントモアを撫でると、ジャインアントモアの方もマリアの顔に頬擦りする。
それが合図だったかのように、ジャインアントモア
の雛たちが姿を現してくる。雛と言っても、すでに体高は一メートルはあるが。
「
感慨深そうなエンリケの言葉に、居並ぶ大人たちは大きく頷いていた。
ーーー
カカポやジャインアントモアとの戯れに子供たちが疲れた頃合いを見計らい、佑樹たちは城に戻る。
「ユウキ殿。
先ほど、
カカポを連れ帰りたいアベルとのやりとりのことだと、ユウキもすぐに気づく。
「あれじゃダメだと、ね。」
「何故だ?
アベルは聞き分けの良い子だから、説明すれば理解してくれると思ったのだが?」
「聞き分けがいいなら、アレシアだって聞き分けの良い子だぞ。」
ここでエンリケは気づく。
「アレシアも連れて帰りたがっていたのか。」
城から少し離れているだけで、いつでもあの森に行けるだろうにと、そう思ってしまう。
そして、
「ユウキ殿も、アレシアに私と同じ言い方をしたのか。」
と。
「男ってのは、どうも理詰めというか理屈で相手に言うことを聞かせられると思ってしまうものらしい。」
佑樹は頭を掻きながら言う。
「すると、説得したのは姉上か。」
「そういうこと。
さらに言えば、言葉の内容もほとんど同じさ。」
「情に訴えるということか。」
「言葉は悪いとは思うが、そんなところかな。」
そんな話をしているうちに大手門に到着、迎えに出てきたのはサフィアだった。
ーーー
「ふむ。
少しは気晴らしができたようじゃな、婿殿。」
佑樹の顔を見ての第一声だ。そして、
「じゃが、仕事はするなと言うたにも関わらず、しておったようじゃな。」
エルフたちやエルッキを見て、溜息を吐くように口にし、ペリアを
「ペリアを責めないでやってくれよ。
ペリアに見せたかったってのもあるんだから。」
「なるほど。
今後のために必要と、そういうことか。」
佑樹が動けない時のために自分のやり方、特に考え方を理解してほしかったのだろう。
「ならばやむを得ぬか。」
サフィアは自分たちが無能などとは思っていない。むしろ有能な部類であることを自覚している。
だが、そんな彼女たちでも佑樹の前では大きな問題を抱えてしまう。
それは、佑樹が生きてきた世界で培ってきた考え方や認識と、自分たちが培ってきた考え方や認識のズレである。
佑樹は可能な限りは、自分たちに認識を合わせてくれるのだが、それでもズレはある。
そのズレが致命的なものにならないように、少しでも修正しておかなければならないのだ。
「そうじゃ婿殿。
ゲンナイから報告が上がっておったぞ。
サンプルとして受け取っていた
今回、エルフたちから採掘権を得た鉱山の一つが、
歩きながら簡単に報告書に目を通す。
「・・・、電気抵抗がほぼゼロとは凄いな。」
電気抵抗がゼロということは、超伝導を起こすために冷却する装置が必要ないということになり、そのために必要な電力量が抑えられることになる。
先のパルヌ王国との戦いでは、ゼンジュボウが
また、兵器としての使用だけでなく、リニアモーターカーを走らせるのにも、電力消費が大きく抑えられることになるだろう。
「夢が広がる魔法の鉱石だな。」
佑樹はそう呟く。
「ほう。
婿殿の表情が明るくなったな。」
サフィアが目敏く佑樹の表情の変化を口にする。
「後で、何を考えついたのか教えてよね。」
ペリアが“後で”と付けたのは、二の丸の迎賓館に到着したからだった。
ーーー
迎賓館においても、佑樹とエンリケは会談を続けている。
ただし、ここでは一対一の会談であり、記録員のみが同席を許されるという、本格的なものとなっている。
その内容は帰郷前にグスマン卿が言っていたように、食糧生産と加工技術についてのものだった。
食糧の増産となると、考えられるのは農地の拡充と作付けする作物の選別。さらに移転する作物をどうするのか。
農地の拡充と一言で言うが、これはこれで非常に困難なものになる。
土地を切り開き開墾する。開墾した土地に必要な水を確保しなければならず、そのための水路の掘削も必要となる。
正直なところ、予想されるマルセロ王との戦いまでの猶予は3年と見積もられる。
「正直、時間が足りないな。」
エンリケの正直な感想だが、それは佑樹としても同様だ。
「どのみち、土地の開墾とそれに伴う水路の拡充はやらねばならないだろう?」
佑樹の言葉に、
「まあね。」
そう答える。
開墾したとしてもすぐに収穫が望めるわけではなく、収穫が安定するまでに3年はみなければならない。
ユウキが手掛けているキリプエ周辺や、いまだに名をつけていない島での開墾と農地整備にしても、ロボットを使っているだけに作業速度こそ早いものの、収穫はまだまだ先の話だ。
食糧増産の特効薬となり得るのは、
「やはり化学肥料と農薬、一代雑種の導入しか無さそうだな。」
化学肥料と農薬というと、まるで“悪の権化“であるかのように毛嫌いする人々がいるが、それは大間違いである。
この二つがなければ、人類はここまで人口を増加させることはできなかったのだから。
化学肥料や農薬など無くてもやっていけるという人物もおり、そういう人たちは、
「江戸時代はどちらも無かったではないか。」
とよくいうのだが、そもそもの人口が違う。
江戸時代末期の人口が約三千万人だが、現代日本は一億二千万人を越える。さらに言えば、江戸時代の農業はちょっとしたことで飢饉が起こるなど、その収穫量は不安定だったことも無視されている。
江戸時代三大飢饉のうちの二つ、享保・天保の大飢饉はウンカという害虫の大量発生が原因の一つとなっており、もし農薬があれば防げた可能性が高い。
そして、化学肥料と農薬を禁止した結果、農業生産量が半減した国も実在する。
スリランカでは、二〇一九年に発足したラージャパクサ政権が化学肥料と農薬を禁止したのだが、その結果として主要輸出品であった茶葉をはじめとする農産物の収穫量が半減してしまっている。
また、某有名グルメ漫画のせいで、化学肥料によって育成された作物は栄養価が低いというデマが広がってしまっているが、それは昔と現在の成分調査の精度の違いが原因だったりする。
化学肥料と農薬の説明をした後、
「一代雑種は、あまり薦められないんだけどな。」
佑樹はそう零す。
一代雑種とはF1種とも呼ばれ、収穫量を増大させることができるのだが、それはあくまでもその一代限りの収穫量であり、その種子を使っても同じ収穫量は望めない。
その種子を使っても同じ収穫量が望めないというのが、この一代雑種の大きな罠になっており、常にその種子を購入し続けなければならないのだ。
農産物輸出国となっている中国だが、実はその収穫量は一代雑種に頼ったものとなっており、欧米の種子メーカーから常にその種子を買い続けなければならない、“実質的農産物輸入国”となってしまっている。
ちなみに、日本はこういった一代雑種の作成に出遅れているという批判もあったりする。日本の種子メーカーが販売している種子は、育成した作物から採取した種子からも同じように収穫できたりする。
「他者に依存することになる、そういうことか。」
現在は友好的な佑樹とエンリケたちだが、今後もそうだとは限らない。
下手に佑樹に依存したりすれば、食糧生産を握られてしまうことになりかねない。
「一代雑種ではない作物となると、ジャガイモやサツマイモが有効かな。
それとトウモロコシも。」
どれもアメリカ大陸原産の作物だが、人類に大きな恩恵を与えている作物でもある。
ジャガイモやサツマイモは、天候の影響をあまり受けることなく育ち、また荒地でも栽培できることから飢饉対策の救荒作物としても知られる。
特にジャガイモは、寒冷地でも育つことから人類がその人口を増やすのに大いに貢献した作物の一つとしても知られる。
そしてトウモロコシはというと、人が食べるだけでなく畜産飼料としてなくてはならない作物でもある。
「あと、簡単な調理で食べられるのと保存がしやすいのも薦める理由だな。」
「なるほど。」
蒸す、焼く、茹でる、それだけで食べられるというのは、調理に手間をかけられない戦場ではありがたいことだろう。
「持ち帰らせてもらってから、検討するというのは可能だろうか?」
「かまわない。
実際に食べてもらってからの方が、決断はしやすいだろう。」
さらに幾つかの調理方法を記したレシピの提供も約束する。
「それと保存食だが・・・」
さらに話を進めようとした時、いきなり部屋の扉が開く。
「ユウキー!!
戻ったよー!!」
声を聞いて、佑樹は眉間に手を当てる。
「主上様の話が長くてさ、お腹減ってるんだよね。
早くご飯にしようよ!!」
緊張感のカケラも感じられない言葉に、佑樹は思いっきり脱力する。
パタパタと飛んで近づいてくるアルファだが、佑樹に手が届くところまで来たところで、
「この駄天使がっ!!」
佑樹は振り返りざまに
「痛い痛い!!」
「少しは場の空気を読め!!」
ガッチリとこめかみに指を食い込ませ、
「重要な話をしているところに、能天気に入ってきおって!」
「ギブアップ、ギブアップ!!」
アルファは佑樹の肩を
この様子に、呆気に取られていたエンリケだったが、
「ユウキ殿。
ずいぶんと長いこと話をしていたようだから、そろそろ食事にしてもよいのではないか?」
そうアルファにとっての助け船を出す。
「そ、そうよ。
長いこと話をしていたのなら、もうご飯にしても・・・、痛い痛い!!」
「お前が言うことじゃ無いよな?」
助け船に乗って主張しようとするアルファを掴む手に、一層の力を込める佑樹。
「だけど、まあ長いこと話をしていたのも事実だからな。
晩餐としようか。」
佑樹が手を離すと、その場にへたり込むアルファだった。
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