第90話

 電気自動車EVカーから降り、森の中に入って一〇分ほどしたところに佑樹はいた。


 佑樹の周りにはペリアとアレシア、ウルリッカ。それとアルファが主上様のところに行っているため、マリアとスサナもいる。

 さらに神代ハイエルフのヨウシア、白エルフのアクセリ、黒エルフのカレヴィ、神代エルダードワーフのエルッキもいる。


 やや拓けた場所に大きなレジャーシートを敷き、そこに料理を広げて寛いでいる。


 種族の違う者たちが、そこに集まっているのが当たり前のように見えてしまうのが、エンリケにはなんとも不思議な感覚だった。


「わあ!!」


 エンリケの子供たちは、レジャーシートの上の光景よりも、その周りにいる生き物に歓声をあげている。


 見たこともない鳥のような生き物が数羽、アレシアたちの周りで寛ぐように座っていたからだ。


「ねえねえ、お父様、お母様。

 あれはなんて生き物なのですか?」


 娘セラフィナにに尋ねられるが、二人とも言葉を濁してやり過ごそうとする。二人にとっても初めて見る生き物だけに答えられないのだ。


「カカポというそうですよ。」


 助け船を出したのはマリアナ。


「触ってきてもいいですか?」


 子供らしい言葉に、エンリケ夫婦は言葉に詰まる。

 可愛らしい姿をしていても、実は凶暴な生き物もいる。

 アレシアたちの側にいるのだって、ただ慣れているからで自分の子供たちには噛み付くこともあるかも知れない。


 そんな逡巡を察したマリアナが、


「乱暴に触れてはいけませんよ。」


 と、再度の助け船を出した。


「行ってきなさい。」


 そう送り出すエンリケ。

 子供たちはカカポに向かって走り出している。


「久しぶりに見るな、子供たちのあんな姿は。」


 はしゃぐ子供たちを見て目を細めるエンリケに、


「それだけ仕事に忙殺されていたってことじゃないのか?」


 不意に佑樹が声をかけてくる。


「そうかも知れないな。」


 苦笑しつつ返し、


「そちらの話し合いは終わったのか?」


 そう尋ねる。


「商談なら終わったよ。

 だから、今日は仕事はしない。」


 しないと言うよりも、しようとしたらペリアに止められるだけだろうとエンリケは思ったが、当然ながら口にはしない。


「商談?

 興味をそそられるな。」


 そう言いながらレジャーシートに座り、妻にも座るように促す。


「たいしたことじゃないさ。

 エルフたちの土地に幾つかの鉱山があるとのことだから、その採掘権を買ったところだ。」


「鉱山?

 採掘権?」


 鉱山はわかるが、採掘権とは何のことだろう?


「採掘権とはなんのことだ?」


 エンリケは疑問を口にする。


「ん?

 言葉通り、鉱山を採掘する権利のことだが?」


「それはそうなのだろうが、なぜそんな回りくどいことをするのだ?」


 エンリケの疑問は続くのだが、佑樹の方はというとうんざりしたような表情をしている。


「私たちにも同じように言われ、説明をしたばかりなのですよ。」


 ヨウシアが苦笑しつつそう言い、佑樹に代わり説明を始める。


 ヨウシアたちエルフはもちろん、ドワーフのエルッキも鉱山そのものを自分のものにしてしまえば、採掘権などという回りくどいことをせずとも良いと考えていた。

 そのため、エルフたちは鉱山を佑樹に進呈する気でいたのだ。


 ところが佑樹の方はというと、鉱山を貰ったとしてもそこに配置する人員がいないこと。

 その鉱山の周囲の安定を図らなければならず、かえって経費が嵩むことを説明する。

 そして必要な期間だけ使用できれば良いのであって、永久に欲しいわけではないこと。

 そしてなによりも、下手に進呈など受けてしまうと上下関係になってしまいかねず、それは佑樹が求める関係性ではないことを説明する。


 安全に採掘するためにその地域や政情の安定に力を貸すことはしても、前面に出る気はないという佑樹の宣言でもある。


「正直な話、これまでがやり過ぎたと思っている。

 あまりに自分が前に出過ぎると、この世界に大きな混乱を招きかねない。

 だから、しばらくはキリプエを活動の中心に据えるつもりでもいる。」


 無論、いくらキリプエに腰を据えるといっても、佑樹が行うことの波紋は大きなものになるだろう。とはいえ、キリプエから発信していくのと、突然に石を投げ込んで波紋を作るのではその影響は、ある程度は抑制できるのではないかと考えてもいる。


「奴隷狩りまでして、他国へ人身売買を広げていくのはやり過ぎだと思ったから介入したけど、自分がしたこともやり過ぎたんじゃないかと、少しばかり反省したんだよ。」


 頭を掻きながら話す佑樹に、エンリケは苦笑しつつ感想を述べる。


「今更だとは思うが、自分がしたことを省みるのは必要だろうな。」


 そして、


「採掘権とやらの話は理解したが、配置する人員が少ないと言いつつ採掘はするのだろう?

 その人員はどうするのだ?」


 疑問を呈する。


「そこでドワーフたちだよ。

 彼らを雇って採掘する。

 そのための機材は提供するし、安全対策とそのための技術も提供する。」


 そこで神代エルダードワーフのエルッキがいることを理解する。


「なるほど。

 だから商談と言っていたのか。」


 大きく頷くエンリケに、


「そうじゃ。

 エルフたちは鉱山の採掘権とやらで収入を得て、争乱で荒廃した土地の回復資金とし、ワシらは採掘することで金と新たな技術を得る。

 ユウキは採掘された鉱物で、色々なものを作り利益を得る。

 見事な商談であろう。」


 エルッキはそう言ってニヤリと笑う。


「確かにそうだな。」


 佑樹、エルフ、ドワーフと三者ともに利益を得る。見事な施策といえる。


「はいはい。

 小難しいお話はここまでにして、のんびりとしなさいな。」


 軽く手を叩き、マリアナが場を取り仕切る。


「ユウキ様も、そんな話しばかりしていては気分転換になりませんよ。」


「ホントだね。

 ユウキにはのんびりしてもらわないと、私が姉貴たちに叱られるんだから。」


 それまで、アレシアたちを見ていたペリアが話に割り込んでくる。


「それはすまなかった。」


 素直に謝る佑樹だが、胡座あぐらをかいているその足にカカポが座り込む。

 まるでいい場所を見つけたと言わんばかりの様子に、


「ずいぶんと慣れている鳥だな。」


 とエンリケが感心する。


「慣れているというより警戒心が薄いんだよ。

 その上、好奇心が強いからすぐに寄ってくる。」


 カカポとはニュージーランドの固有種であり、フクロウオウムのことだ。飛べない鳥の一種であり、オウムの仲間では最も大きいとされ、長寿な鳥でもある。

 ただ、飛べない鳥であることと、その好奇心の強さが仇となり絶滅寸前までいった鳥でもある。

 そして、佑樹はカカポと呼んではいるのだが、本来のカカポは群れなど作らないはずなので、本当の意味でカカポなのかは佑樹としても疑問を持っている。


「お父様!」


 息子のアベルがエンリケの元にやってくる。


「お父様、この鳥を連れて帰ってはいけませんか?」


 珍しい生き物だけに、持って帰って飼いたいのだろう。

 即答できず、思案しようとするエンリケだったが、佑樹が首を横に振っていることに気づく。


「残念だが、それはダメだ。」


「なぜですか?

 世話ならきちんとします!!」


 子供らしい反応だが、


「そのカカポという鳥は飛べない鳥なのだそうだ。

 飛べない鳥ということが、どういうことなのかわかるか?」


 エンリケは飛べない鳥ということがどういうことなのか、淡々と説明していく。

 それを見ていた佑樹は、マリアナと顔を見合わせて互いに首を横に振る。


 エンリケの理詰めの説明は、まだ幼いアベルには通用しない。


「それなら、この鳥を僕が守ります!」


 子供らしい、万能感に包まれた発言。


 それをなおも理詰めで話し、諦めさせようとするエンリケ。


 そのエンリケの服の端を軽く引っ張ったのは、その妻パトリシアだ。

 振り返るエンリケを差し置いて、パトリシアはアベルにさとすように、


「アベル。

 周りにいるこのの家族たちを見てごらん?

 家族を連れていかれるのではないかと、不安そうにしているでしょう?」


 そう言い、アベルはハッとしたように周りを見る。

 確かに、不安そうにしているように見える。


「貴方は、家族から引き離されても大丈夫かしら?」


 アベルは首を振る。


「では、わかりますね?」


「はい。」


 家族と引き離すのは可哀想だと、そう思い至ったようである。


天空の城ここにいる間は、いつでもこの森に来るといい。

 それくらいのことなら、父上も許してくれるさ。」


 佑樹にそう言われると、アベルは父親エンリケを見る。


「そうだな。

 ユウキ殿もそう言ってくれていることだし、それくらいは大目にみよう。」


 そう言われると目を輝かせて、


「ありがとうございます、父上。」


 大きな声で返事をすると、そのままアレシアたちの元に戻るのだった。

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