第89話

「主上様。

 アルファリア、報告のため参上いたしました。」


 いつになく畏まった様子を見せるアルファ。


「堅苦しくしなくてよいのですよ、アルファリア。」


 主上様は穏やかな笑みを浮かべてそう話しかけ、


「エルフたちの争乱への介入、どうでしたか?

 概要は知っていますが、現地にて見聞きした貴女に教えてほしいのです。」


 そう続ける。


「わかりました。

 それではお話いたします。」


 アルファリアは主上様に向かって、話し始めるのだった。



 ーーー



 主上様はアルファリアの話を愉快そうに、時に興味深そうに聞いている。


「そう、ユウキは世界樹ユグドラシルという権威の相対化をしようとしているのね。」


 最後まで聞き終えると、そう感想を口にする。


「権威の相対化、ですか?」


「ええ。

 今までは世界樹ユグドラシルはひとつしかなかったから、絶対の権威でいられた。

 けれど、これからは世界樹ユグドラシルは複数存在することになる。

 そうなると、絶対の権威から権威のひとつに変わることになる。」


 そこまで言うと、主上様はアルファリアから視線を外して天井を見る。さらにその先を見ているかのようである。


「予想以上のことをしてくれたことに、なにか御褒美ごほうびは必要かしら。」


 その言葉に、アルファリアは何も答えなかった。答えを求められている口調ではなかったので。



 ーーー



「姉上、お一人で出迎えに来られたのですか?」


 エンリケの第一声に、


「あら?

 私じゃ不満かしら?」


 そうマリアナは返す。


「いえ、そういうわけではないのですが・・・」


「なら、どういうわけかしら?」


 姉に問い詰められたエンリケは少しだけ振り返り、


「ユウキ殿の為人ひととなりなら、自ら出迎えに来られると思っておりましたので・・・」


 通常であれば、佑樹はエンリケの姉とはいえマリアナ一人に任せはせずに、自分もでていたことだろう。


「少しばかり心労が溜まっておりますから、無理やりにですが・・・・・・・・休んでいただいております。」


「なるほど。

 ユウキ殿も、奥方たちには逆らえないということですか。」


 苦笑しつつエンリケがそう言うと、


「妻とするだけで、命知らずと言われそうな方々ですから。」


 マリアナは微笑みを浮かべ、そう答える。


 佑樹の奥方といえば竜四姉妹だ。

 まともな人間なら、めとろうという発想すら無いだろう。


「だからといって、客人を迎えようとしないのは非礼ではありませんか、姉上。」


 エンリケの後ろから進み出た若者が、そう言って非難する。


「久しぶりね、レオン。」


「お久しぶりです、姉上。」


 レオンと呼ばれた若者のは、マリアナにそう返事をする。


「頼もしくなったと言うべきなのでしょうが、度を過ぎればそれも蛮勇となることを理解しているのかしら?」


 たしなめるように言う姉の言葉だが、


「ですが、妻の言葉に唯々諾々いいだくだくと従っているようでは、先が思いやられるのではありませんか。」


 弟には通じていないようであり、さらにレオンの後ろに若い女性は首を軽く振っている。


「こんなところでその是非を論じていても仕方ありません。

 まずは皆を宿泊する部屋に案内します。」


 不毛な議論になりそうな弟との会話を打ち切り、そう宣言する。


「申し訳ありませんが姉上。

 レオンはともかく、私は先にユウキ殿に挨拶をしておきたいのですが。」


 エンリケとしては、侯爵家当主としての立場もあることから、そう申し出る。

 マリアナもそれを予想していたのか、


「わかりました。

 ではエンリケと奥方様、それと・・・」


 マリアナは言いながら視線をエンリケの右斜め下に向ける。そこにはエンリケの二人の子供、男女一人ずつの子供がいる。


「私の可愛い甥と姪も連れて行きましょう。」


「ありがとうございます、姉上。」


 何か言いたそうな弟を無視して、エンリケがそう後を受けたことで、早速の佑樹とエンリケの会談が始まることになった。



 ーーー



 電気自動車EVカーの乗り心地に驚くエンリケとその家族たちだが、天空の城の一画にある森に到着するまでの時間に、


「申し訳ありません、姉上。

 レオンも悪気があるわけではないのですが、年齢のせいか血気に逸ることが多いようで・・・」


「だから、お父様はレオンを天空の城ここに送ったのでしょうね。」


 レオンはガスパール侯爵家の三男であり、マリアナがガスパール侯爵家にいた時にはすでに寄子よりこの家に婿養子に出されることが決まっていた。


「確か、養子の受け入れ先は・・・」


「ユトリロ子爵です、高名な武門の家ですよ。」


「そうだったわね。

 武門の名家とはいえ、ユトリロ子爵はそこまで血の気が多い人物ではなかったでしょうに。」


 受け入れ先の家に染まったかとも考えるが、レオンの後ろに居た少女の様子や、ユトリロ子爵の人柄を思い出してもそのようなことにはならないだろうと考える。


「それよりも、姉上はユウキ殿に嫁がれるのですか?」


 両親から聞いたのだろうことをぶつけられる。


「その件は保留ね。」


 苦笑しつつ答える。


「迷っておいでですか?」


「そりゃそうよ。

 母娘おやこで同じ人間に嫁ぐなんて、ね。」


 その言葉にエンリケも頷く。


「姉上がそう考えていることを知れて、よかったですよ。」


 エンリケは、今後起きるサラマンカ王国との戦いを考慮して、自分自身の幸せを犠牲にして佑樹とのよしみを通じることを考えたのではないかと思ったのだ。

 だが、保留したということは、自分やアレシアの幸せを本当に考えているからこそのことだろう。


「嫁ぐには良い人だとは思うけど、アレシアのことも考えないといけないから。」


 言葉だけなら、母娘おやこの幸せだけを考えているように聞こえる。ただ、その口調は自分が嫁ぐことにより佑樹に悪評が及ぶことを恐れているようにも聞こえる。


「父上が言っていた通りですね。」


「あら?

 何を言っていたのかしら?」


「教えませんよ。」


 お互いに軽口を叩きながらも、会うことのなかった時間を取り戻せたように感じられる。


「そろそろ着くわよ。

 ユウキ様が気分転換に来ている森に。」


 マリアナの言葉に、電気自動車EVカーの車窓から広大な森を見る。

 広大な森にはしゃぐ子供達の声を聞きながら、久しぶりに会うユウキに、エンリケは思いを馳せていた。


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