第88話
見事なまでに破壊された
立ち尽くしているのならば、まだ良い方かもしれない。
座り込んで、そこに存在していたはずの
そんな者たちが大半を占める中で、活気を保っている者もいる。
「これかからは、ヴィルヘルミーネ様を中心にして立て直すのだ!」
そう言っているのは、ルヴィリアの元に使者としてやってきた者だという。名前はたしかアスラクと名乗っていた。
そのアスラクの隣には、佑樹よりひと足先に戻っていたヴィルヘルミーネがいる。
どうやら、ヴィルヘルミーネは
「そういう
佑樹は素直に感想を漏らす。
「姉上、
疑問形の
「大したことは言っておらぬ。
婿殿に重荷を背負わせるつもりかと、そう問うただけじゃ。」
サフィアの言う重荷とは、
「その一言で、
強大な力を持っているとはいえ、佑樹は人間である。
その人間である佑樹に、種族の未来を背負わせるのかと問われ、ヴィルヘルミーネも気づいたということだ。他者に未来を委ねてはならないことに。
「人間たちの方は婿殿が抑えるとしても、エルフたちはヴィルヘルミーネらが抑えねばなるまいて。」
パルヌ王国の状況を見れば、エルフたちに手を出せばどうなるかは理解できるだろうし、それこそが佑樹の狙いでもあった。
だが、復讐に燃えるエルフたちが人間に攻勢をかけようとした時はどうなるのか。
それだけではない。
白・黒両エルフで争った時はどうするのか?
殺し合ったという記憶は、そう簡単に薄れるものではないのだ。
例えば、日本とオランダの関係が大きく好転したのは、二〇〇〇年五月の上皇陛下のオランダ訪問からだ。
訪問前には日本に戦後賠償を求める動きや、天皇訪問を拒絶しようとする動きがあったのだ。
戦後五〇年を超えてすらそのような動きがあったのに、停戦からまだ二週間足らずの時間しか過ぎていない状況で再び戦闘が起きないとは言い切れないのだ。
「ユウキ様。」
不意に声をかけられて立ち止まる佑樹だが、サフィアたちは近づいて来ていることに気づいていたらしい。
「ヨウシア殿、だったかな。」
「はい。」
「申し訳ないね。
まだ、エルフたち相手に顔と名前が一致しないんだよ。」
ウルリッカたちのように接している時間が多ければ一致もするのだが、ヨウシアたち
「それは我々も同じことです。
人間たちの顔と名前は、なかなか覚えられないですから。」
ヨウシアの言葉に佑樹は笑い、ヨウシアも同じように笑う。
このヨウシアという男、長老衆の中でも若手ということもあってか、時流の変化への対応が柔軟であるらしい。
ヨウシアは笑いを収めると、
「どちらに向かわれるのでしょうか?」
そう問いかけてくるが、その口調から察するに確認の意味合いが強い。
「
聞かれて困ることでもないため、佑樹はあっさりと答える。
佑樹の言葉が聞こえたのか、周囲にいる
「ユウキ様、
思わず聞き惚れてしまいたくなるような美声。
「かまわない。
いや、かまわないというよりも、こちらから声をかけようと思っていたところだ。」
ヴィルヘルミーネは佑樹の横に並んで歩き出す。
その様子にサフィアは、口元を小さく笑みを浮かべる。
ヴィルヘルミーネは何か
結びつきの強化、例えば同盟のようなものを結びたいと考えているが、すぐにはできないだろうこと。
そのため、少しでも相互理解を深めるための使節を送ることを考えていると。
「少しずつ進めるのが現実的だろうな。」
そんな感想を漏らすと、ヴィルヘルミーネも小さく頷く。
「その使節ですが、私が団長を務めることになりそうです。」
とはヨウシアの言葉だ。
「
ヨウシアは、先に来ていた使節団の中では柔軟な思考を持っていると報告を受けている。そんな人材なら、ヴィルヘルミーネも側に置いておきたいだろう。
「年齢的には若手とたいして変わらないのですが、長老衆に名を連ねていましたからね。」
ヨウシアはそう言う。
「なるほどね。」
と、佑樹は理解を示す。
ヨウシアの口ぶりからすると本来は改革派だったのだろうが、長老衆に名を連ねていた以上、ヴィルヘルミーネの側にいては非主流改革派や守旧派からの攻撃材料となってしまう。
そのために、ヴィルヘルミーネから遠ざからねばならないということだ。
それでいて、天空の城に送り込めばパイプ役として改革に協力できるし、天空の城にいたことで改革派に
「
佑樹の漏らす感想にヨウシアは苦笑する。
「ええ、変わりませんよ。
殆んどの者に自覚はありませんが。」
「もっと高尚な生き物だと思っておいででしたか?」
ヴィルヘルミーネが会話に入る。
「いや。
エルメルたちを見ていたからかな。
民の反感を買って、滅びゆく国の権力者を連想してたよ。」
かなり辛辣な言葉だが、これでもマイルドな表現にしたつもりである。
ただし、そのことに気付いた
だがその殺意も、ペリアのひと睨みで雲散霧消する。
「おそらくは、その認識で間違いないかと思います。」
ヴィルヘルミーネは佑樹にそう答える。
どうやら、本当に覚悟を決めたようだ。
「この先には、
ヨウシアの疑問。
「そこが目的地だからね。
先にアルファたちが来ているはず、なんだが・・・」
そう言いながら視線を先に移すと、そこにはアルファとクマグスたちが地面を熱心に調査している。
調査したあたりに、わかりやすいように小さな旗を目印に挿している。
「あれは何をしているのでしょうか?」
「
破壊されずに残った、生命力の強い根を。」
その言葉に、
なぜそのようなことをするのか、理解できないようだ。
「エルフは森の守護者ってのが、自分がいた世界の定番だったんだがなあ。」
佑樹の小さな呟き。
それが聞こえたのか、ヴィルヘルミーネとヨウシアは苦笑している。
「かつてはそう呼ばれたこともありますが、もう何千年も昔の話です。」
ヴィルヘルミーネの言葉に、
「森というか、植物に関する知識は失われていったのか。」
そう感想を漏らす。
「森を守り、森から生きる糧を得る。
それくらいの知識しか残ってはおりません。」
ヨウシアが答える。
それだけの知識でも大したものだと思わないでもないが、それでも疑問が生じる。
だが、佑樹は疑問を口にはしない。それはいずれわかることだろうし、今はそのことを考える時ではないのだから。
視線をアルファたちに移すと、クマグスが一本の枝を地に刺しているように見える。
「あれはなにを?」
ヨウシアが疑問を口にする。
「生命力の強い根に、
「なぜそのようなことを?」
佑樹は大きく深呼吸をする。
「
そうすることであの枝は成長し、やがて枝から苗木に。
苗木から若木へと育っていく。」
そう言い切る。
「若木へと育っていく・・・」
ヴィルヘルミーネは何度も噛み締めるように口にする。
そして、その言葉の意味を理解する。
「
ヴィルヘルミーネの言葉に、取り巻きの
「
と。
ーーー
「このことを見ておったのか?」
サフィアの問い。
「いいえ。
私が見ていたのは、
ヴィルヘルミーネはそう答える。
「ならば、婿殿がしたことは無駄だったと?」
「いいえ、ユウキ様が行われたことは、呪縛から解き放たれただけでなく、未来への希望を与えることだったかと思っております。」
若い
「これは我々、
今までのような停滞した時代ではなく、大きなうねりを伴った激動の時代に。」
ヴィルヘルミーネはそう言うと、佑樹を真っ直ぐに見つめる。
「なるほど。
その激動の中心は、婿殿ということじゃな。」
サフィアの言葉に、ヴィルヘルミーネははっきりと頷いていた。
ーーー
「ねえ?」
帰る飛行機の中、アルファが佑樹に話かけてくる。
「クマグスたちがいないんだけど?」
「クマグスたちなら、旅に出した。」
「え”っ!?」
「旅に行きたそうだったからな。
十勇士も一緒に付けたから、トラブルが起きてもなんとかするだろう。」
「旅にって、本当に言ってる?」
「ああ。
クマグスは“てんぎゃん”だからな。
いつまでもひとつ所に留めておくのも、可哀想だと思ってな。」
クマグス、そのモデルとしている『
「この世界を知るには、誰かを視察に出さないとならないだろうからな。
クマグスならうってつけってわけだ。」
「なるほどねー。」
どこか棒読みなアルファ。
呆れているのだろうなとは思う。
自分がアルファの立場なら、間違いなく呆れている。
だが、今はヴィルヘルミーネが言っていた『激動の中心が自分』ということに考えを巡らしたい。
佑樹はアルファとの話を打ち切るように、窓から地上の様子を眺めている。
ーーー
天空の城に戻った佑樹に、グスマンがやってくる。
「思いの外、長居をしてしまったがそろそろ帰ろうと思う。」
開口一番にそう言ってくる。
「次にくるのはエンリケの予定だ。
食料増産や、日持ちのする加工技術を教えろということらしい。
「ええ、わかりました。
期待に沿えるかはわかりませんが。」
「お主は謙虚な人間だが、謙虚さも過ぎれば嫌味と取られかねんぞ。」
グスマンは佑樹の肩を叩きながら言う。
「それと、エステラたちより一足早く帰りたいのでな。
手配してもらえればありがたい。」
「今すぐですか?」
という問いに答えず、グスマンは、
「エステラは明後日に帰ると言っておる。」
婉曲的な言い方をする。
「わかりました。
明日の朝には出発できるよう手配します。」
「感謝する。」
グスマンは謝意を示し、あてがわれている自分の部屋に戻って行った。
こうして長く感じられた一日は終わったのだった。
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