第87話

「どういうことか!!

 なぜ、魔法人形ゴーレムどもが進軍してきておるのだ!!」


 神代ハイエルフの使者は、ルヴィリアが本陣と定め構築した居館に押しかけると、猛烈な抗議をする。

 その抗議を流しつつ、


「どういうことかとは、それこそなんのことでしょうか?」


 ルヴィリアは、あくまでも丁寧な言葉遣いでもって返す。


「まだ白黒両エルフたちとは交渉中のはず。

 それなのに、その最中さなかに軍を差し向けるとは、約定違反も甚だしい!!」


 ルヴィリアの態度に苛ついたのか、使者は一層声を荒げて詰め寄る。


「約定違反ですか?

 私の知る限りでは、貴方方に両エルフを纏める意志がないようですが。」


 泰然として返すが、


「そんなことがあるわけなかろう!

 本当に纏める気が無いなら、わざわざ使節団を送るわけがない!!」


 普通に考えるのならば、この使者の言葉は正しい。ただ、残念なことにルヴィリアは神代ハイエルフの長老衆にその意志が無いことを、佑樹からの報告だけでなくカズマス配下の忍者ロボットによる諜報活動によって知っていた。


「なるほど。

 ならば、これを観てもそう言えるのですね?」


 ルヴィリアは、自分に付けられた一体のロボットに視線を送る。


 その紅い鎧を纏ったような姿の竜人ドラゴノイド型ロボットは、壁掛け式スクリーンをセットしてプロジェクターで映像を投影する。


 そして、使者は投影された映像を観て驚く。

 映像そのものにだが、そこで話されている内容にも、だ。

 そこには、長老衆が交渉を纏める意志が無いことを、明確に話していた。


「そ、そんな・・・」


 使者となった神代ハイエルフは、長老衆の意志など知らなかったのだろう。


「御理解いただけましたか、使者殿。」


 使者として送り出されるのだから、長老衆からも信頼されていたのだろうし、それを自分でも感じ取ってはいたのだろう。

 だが、肝心なことは何も知らされていなかったことにショックを受けている様子を、ルヴィリアは憐れみを持って見ている。


「い、いや、これは・・・、私を幻術で惑わそうとしている、そうに違いない・・・」


 使者は自分が信頼されていると、その前提に立って仮説を積み上げていく。

 その様子を冷ややかに見ているルヴィリア。


「愚かなことを考えるのはお辞めなさい。

 貴方自身、よくわかっているのでしょう。

 これが幻術などではないことを。」


 使者はその指摘にたじろぐ。

 幻術だと断じてはいるが、魔力の発動は感じられなかったのだから。

 だが、幻術でないことを受け入れれば、それは長老衆が虚言を持って自分たち若い神代ハイエルフを騙していることになる。それはそれで、神代ハイエルフとして受け入れ難い結論となってしまう。


 その逡巡している様子を見て、ルヴィリアはさらに揺さぶりをかける。


神代ハイエルフの長老衆というのは、ずいぶんと若い者たちを蔑ろにしているのですね。」


「な、そんなことは・・・」


 そんなことはない、そう言おうとして言葉が詰まる。


「でしたら、先見の姫ヴィルヘルミーネが我が主殿の元に居られることはご存知でしょう?」


「なっ!!」


 使者は驚愕のあまりに声が出ない。


 ヴィルヘルミーネの先見の力は、神代ハイエルフとっても非常に貴重なものであり、それが出奔したなどとなれば混乱を招くことになる。


「知らなかったようですね。

 まあ、彼女が出奔したとなれば混乱を招くことになるのでしょうから、秘匿するのは当然とも言えますけれど。」


 赤竜ルヴィリアの言葉は、至極当たり前のことだと感じられる。ただ一つのことを除いては。


 そして、ルヴィリアはその一つのことを的確に抉る。


「使者として選ばれるほどに有能であり、信用されているはずの貴方も、長老衆から信頼はされていなかったのですね。」


 使者は自分の心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。

 それは、自分が感じたことを的確に指摘されたからだ。


「貴方は、神代ハイエルフの未来は長老衆とともにあると、そう思っているのかしら?

 それとも・・・」


 ルヴィリアはここで一息つき、


「ヴィルヘルミーネの側にあると思っているのか、どちらかしら?」


 長老衆という老人たちが未来を決めるのか、それともヴィルヘルミーネを中心にした若い者たちが未来を作るのか?

 ルヴィリアの問いは使者の心を揺さぶる。


「それは・・・」


 使者の答えは、神代ハイエルフの未来を決定付けるものとなった。



 ーーー



 神代ハイエルフの使者とルヴィリアのやりとりの間にも、カズマス隊は進軍を止めない。


 慌てて迎撃に出る神代ハイエルフたちに、カズマス隊は猛烈な攻撃を加え、文字通りに蹴散らしていく。


 圧倒的な力の前に、神代ハイエルフたちは迎撃態勢を整えるための時間稼ぎすらできず、出てきては叩き潰されるという、兵力の逐次投入という愚策に陥っている。


 流石にこのままでは個別に撃破されるだけだと気づいた神代ハイエルフたちは、


「敵を引き込むんだ!

 引き込んで、一気に叩け!!」


 そう指示を飛ばしている。


 その神代ハイエルフたちの思惑など知ったことかとばかりに、カズマス隊は突き進む。


「やはりただの魔法人形ゴーレムだな。

 なんの考えもなしに突き進んでくる。」


 態勢を整えた部隊を率いる神代ハイエルフはほくそ笑むが、その呟きはカズマス隊の能力をあまりにも過小評価したものであると、この時には気づくこともない。


 カズマス隊は猛烈な勢いで敵中に突き進んでいたが、神代ハイエルフの迎撃にその速度が減殺されていく。


 神代ハイエルフたちは、カズマス隊の攻勢が弱まってきたことに気づくと猛烈な反撃に転じる。


 カズマス隊はその猛反撃に堪えきれず、ゆっくりと後退を始める。


 カズマス隊の後退を見て、


「下等なエルフたちは魔法人形ゴーレムに歯が立たなかったというが、我ら神代ハイエルフは違うのだよ!」


 迎撃を指揮する指揮官はそう口にし、更なる猛攻を指示した。



 ーーー



「行くも滝川、退くも滝川だったっけ。」


 世界樹ユグドラシルの上部に座り、戦いの様子を見ているペリアは呟く。


「戦巧者ぶりからそう言われたって言ってたけど、本当に見事な戦いぶりね。」


 俯瞰して見ているペリアには、戦いの全容がはっきりと見えている。


 カズマス隊は確かに後退しているが、その後退は神代ハイエルフたちを引き摺り出すための後退だ。


 カズマス隊の後退のより、神代ハイエルフたちが吸い出されるかのように引き摺り出されているのが、ペリアの位置からはよく見える。


「気づいた時には、もう遅いわね。」


 ペリアの、神代ハイエルフにとって不吉な呟きは、直ぐに現実のものとなる。



 ーーー



「なにかおかしい・・・。」


 指揮官が違和感を感じたのは、魔法人形ゴーレムたちの残骸が無いことに気づいたことからだ。


 自分たちは押し返し、魔法人形ゴーレムたちは敗走間近に見えている。それだけ自分たちが優勢になりつつあるのに、魔法人形ゴーレムの残骸が無い。

 それは魔法人形ゴーレムたちを破壊できていないということであり、それなのに後退するのはなぜなのか・・・。


「まさか、罠・・・?」


 その思いが芽生えるが、目の前の状況はより良い方向に進んでいるように見える。

 神代ハイエルフによる決死の反撃は、カズマス隊の真ん中に楔を打ち込み、分断しようかという勢いだ。


 指揮官は悩む。


 罠と判断して後退させるか、それとも罠だとしても突き進むのか。

 悩むが、悩んでいられる時間は無い。


「突き進め!」


 決断したのはこのまま突き進むことだった。

 この勢いならば、たとえ罠があったとしても撃ち破ることができる、そう判断したのだ。


 そして、その判断が間違いではなかったと、カズマス隊を左右に分断することができたことから確信する。


 中央突破を果たしたことで、神代ハイエルフたちに歓声が上がる。

 分断することができたことで、勝利を確信したかのようだった。


 だが、その歓声も長くは続かなかった。



 ーーー



「カズマス隊も、上手く擬態してみせたわね。」


 ペリアの声は非常に冷酷だった。

 なにせ、彼女ペリアのいる場所からはカズマス隊の背後に待ち構えていたケンシン隊の存在が見えていたのだから。


 ケンシン隊は、その全てが人馬族ケンタウロスのような姿に変わっており、カズマス隊を中央突破してきた神代ハイエルフたちに襲いかかった。


 予期せぬケンシン隊の突撃の前に、神代ハイエルフたちはいとも簡単に突き崩されていく。


 ケンシン隊の鋭鋒から免れることができた者も、左右に別れたカズマス隊により狩取られて行く。


「なるべく殺すなって言われていたのに、これじゃどれだけ死んだんだろうね。」


 呆れたように呟くペリアだが、まさか天使であるアルファリアが、


「手足が千切れたっていいわよ、どうせ治せるんだから。」


 などと、天使とは思えないような発言を十勇士にしており、それを十勇士からカズマスやケンシン等に伝わっているとは夢にも思ってはいない。


 ただ、一方的に蹴散らされていくのを退屈そうに眺めているだけだ。


「そろそろかな。」


 退屈そうに地上を眺めていたペリアが呟く。


 作戦の最後の仕上げである、ペリア配下の竜たちからタダカツ隊が空挺降下していくタイミングがきたのだ。


 ペリアが佇む世界樹ユグドラシルの上空から、タダカツ隊が降下していく。


 それは、地上の戦いに気を取られていた神代ハイエルフたちにとって、完全な奇襲となって降りかかってきたのだった。



 ーーー



 十勇士はタダカツ隊に合流すると、世界樹を取り囲んでいた神代ハイエルフたちへと討って出る。


 目的は、世界樹ユグドラシルから神代ハイエルフたちを引き離すこと。


 佑樹の元にいるエケイより入った情報によれば、ミサイルの着弾まで時間の猶予は少ない。

 それゆえに、十勇士たちはアルファリアの言葉に忠実に従っている。


 たとえ重傷を負わせても殺さなければいい、その言葉に。


 圧倒的な攻撃力の前に、神代ハイエルフたちは世界樹の周囲から叩き出されていく。


 そして30分も経った頃には、世界樹ユグドラシルから半径200メートルほどの中に神代ハイエルフたちはいなくなっていた。


「来たわね。」


 ペリアは世界樹ユグドラシルに向けて飛んできている飛翔体ミサイルの存在を確認すると、白竜へと変化して離れる。


 そしてミサイルは、寸分の誤差もなく世界樹ユグドラシルへと命中したのだった。

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