第85話

 衛星からの写真は、エルフたちにも渡されている。その反応はというと、白・黒両エルフは佑樹に従う姿勢を明確に打ち出すことを決めたほどのものだった。


 神代ハイエルフはというと、圧倒的多数が佑樹の得体の知れなさを嫌悪している。


「この世界の写真だというが、ならばなぜ丸いのか?

 丸い世界になどいたら、そこに居るものは全て留まっていられないではないか!」


 佑樹が聞いていたら苦笑しただろう。

 彼らが言っているのは、かつての地球で天動説を主張していた者たちの言葉そのままなのだから。


 自転と公転、万有引力などを知らなければ、神代ハイエルフたちのような意見に凝り固まるのかもしれない。


 白・黒両エルフには、ヴェイニたちを通じて教えていたのも反応の違いに出ているのかもしれない。

 もっとも、ヴェイニたち自身も自転と公転やら万有引力などというものを教えられても、ほとんど理解ができていなかったようではあるのだが。


 ただ、自分たちよりも遥かに進んだ文明に佑樹がいたことだけは、はっきりと理解しておりその裏付けとして衛星写真は役に立ったということらしい。


 はっきりというのなら、佑樹という得体の知れない存在に従った方が、既知の存在であり頑迷鼓楼がんめいころう神代ハイエルフに従うよりも利が大きいと感じたということだ。


神代ハイエルフの方々には、話を纏めようという意思はないようにみられる。

 ならば、これ以上の交渉は無意味というもの。」


 黒エルフの代表カレヴィが、淡々とそう告げる。


「同感ですな。」


 白エルフの代表であるアクセリも同意する。


「のらりくらりと本題から躱そうとするばかりで、何一つ建設的な言葉がない。

 なぜ、今まで貴方方あなたがたを敬っていたのか、過去の自分を殴ってやりたい気分ですよ。」


 アクセリの痛烈な言葉に、神代ハイエルフの代表エルメルは怒りに震える。


「何を言うか!

 お前たち下等種エルフのために、わざわざここまで出向いてやっただけでもありがたいと思えぬなら、もはやここまでじゃ!」


 声を荒げるエルメルに、カレヴィとアクセリは冷ややかな視線を浴びせる。


「ええ、私どもも貴方たちに従うのは限界ですからね。

 どうぞ、お好きになさってください。」


「今まで気づかぬふりをしてきたが、貴方たち神代ハイエルフの傲慢さこそが、私たちの敵なのだと確認させていただきましたよ。」


 二人は冷たい口調で、神代ハイエルフを見離す言葉を吐き出す。


 その様子を見ながらヴェイニは、前日の夜のことを思い出していた。



 ーーー



 佑樹は、白・黒両エルフに渡す衛星写真を見せながら、


「そろそろ、本当の敵がわかったんじゃないのかな?」


 そう問いかけてきた。


「はい。

 神代ハイエルフこそが敵だと、そう認識いたしました。」


 そう答えるヴェイニに、


「それだと、半分正解ってところだな。」


「え?」


「本当の敵はね、神代ハイエルフたちの意識なんだよ。」


「意識?」


「他者を見下す傲慢な意識だ。

 そういう意識は、争いを生む土台となるんだよ。」


 他者を見下す傲慢な行為が、争いに発展したことはいくらでもある。


 植民地の反乱の多くは、統治者の傲慢さからくる現地の習俗への無関心が原因だったりする。


「だから、俺は神代ハイエルフの傲慢さの拠り所を潰すことにした。

 これは、決定事項だよ。」


 佑樹はヴェイニを見るのではなく、手元にある端末に目を落としながらそう告げる。


「明日、アルファから報告があり次第、行動に移すことになる。」


「それは、両エルフの代表者に伝えてもよろしいのでしょうか?」


「かまわない。」


 佑樹はそう答えると、端末を見ながらぶつぶつと呟いている。


「化学肥料・・・、農薬・・・」


 自分にはわからない言葉を呟かれる中、ヴェイニは一礼して退室したのだった。



 ーーー



 そろそろ佑樹が動き出す頃合いだろうか?


 そんなふうにヴェイニが考えていると、


「そこまで言うのならば、この場でお前たちを消し炭にしてくれる!!」


 エルメルはそう言い、魔法発動の為の詠唱を始める。


 まさかこんな交渉の場でと、白・黒両エルフたちが唖然とする中、


「そこまでにしていただきましょうか。」


 この場を取り仕切る立場の者、神代竜エンシェント・ドラゴンであるモスアゲートの声が響き渡る。

 いや、響き渡ったのは声だけではない。神気を帯びた魔力の奔流が、神代ハイエルフ周囲に流れ込み、発動しようとした魔法を強制解除する。


「纏まろうが決裂しようが、私には関係のないことではありますが、任せられた交渉の場を血で汚すような真似は許しません。」


 その神気を帯びた魔力の奔流に、エルメルは思わずたじろぐ。


 神気を持っているのは自分たちも同じはずなのだが、モスアゲートのそれは自分たちより遥かに濃密であり、とても立ち向かえるようなものではない。


 だが、魔法の熟達者を自認する神代ハイエルフとして、ここで黙って引き下がるわけにはいかない。


 エルメルは魔法を発動させようとして、それができなかったら。

 なぜなら、自分の首筋に冷たい金属が当てられていたからだ。


「オ館様ガ、オ言葉ヲ掛ケラレマス。

 黙ッテイルヨウニ。」


 それまで、まるで彫像のように壁際に佇んでいたエケイが、そう言葉を発する。


「わ、わかった・・・。」


 エルメルがそう答えると、首筋に当てられていた冷たい金属の感触は消える。


「私としたことが申し訳ないな、エケイよ。」


 モスアゲートはエケイに頭を下げ、


神代ハイエルフどもよ。

 お前たちの命は、この地に来てよりすでにユウキ様の手の内にあると知るが良い。」


 そう言い捨てる。


 エルメルたち神代ハイエルフも、そのことを身を持って知り、背中に冷たいものが流れるのを知覚する。


 エルメルの首筋に刃物を当てた魔法人形ゴーレムは一礼すると、光学迷彩を発動させてその姿を消す。

 その様子を見た両エルフもまた、背筋に冷たいものが流れるのを感じ、沈黙している。


「ユウキ様の御言葉が聞ける状態になったようだな。

 エケイ、頼む。」


 モスアゲートの言葉にエケイは頷くと、自身にこの部屋に通されていたケーブルを繋ぎ、全ての機械をコントロール下に置く。

 そして、モスアゲートの横に大きなモニターを天井から下ろしていく。


「準備完了シマシタ。」


 そう言葉を発するが、それはこの場にいない人物に向けた言葉であるように感じられ、それはすぐに正しかったことを実感する。

 下ろされたモニターに、佑樹の姿が映し出されたからだ。


「モスアゲート、エケイ、ヴェイニ。

 皆、ご苦労さん。」


 映し出された佑樹は、どこにでもいるありふれた人間に見える。


「白、黒、両エルフの代表の方々も、実りなき時間をとらせてしまったことを済まなく思う。」


 責任ある立場にも関わらず、謝罪の言葉だけでなく頭を下げることができるのは、誠実な人物であるようだ。

 そして、神代ハイエルフに向けて放たれた言葉から、決してただのお人好しではないことも理解した。


「エルメルとかいったな。

 お前たち神代ハイエルフは、他のエルフたちを纏める意思もなく、ただいたずらに時間を浪費するだけの無能揃いだということは理解した。

 故に、お前たちの拠って立つものをこれから破壊することにした。」


 淡々と告げる佑樹の姿に、白・黒両エルフはホッとする。敵対しなくてよかったと。

 その一方で、エルメルたち神代ハイエルフは動揺する。

 この世界の遥か天の彼方にまで、ロケットと呼ぶものを打ち上げたのを見せつけられたばかりだ。


脅しブラフだ!

 そんなこと、できるはずがない!!」


脅しブラフか。

 そうだったらいいのにな。」


 エルメルに対して、佑樹は皮肉を込めた口調で答える。


「そこから見えるだろう?

 先日はロケットを打ち上げた施設が。」


 確かに見える。


「そこから、神代ハイエルフが後生大事にしている世界樹ユグドラシルを破壊するミサイルを発射する。

 発射まであと一〇分。

 足掻きたければ、思う存分に足掻くといい。」


 静かな佑樹の宣言であり、神代ハイエルフたちに対して“何もできないだろう?”という挑発でもある。


「世、世界樹ユグドラシルに手を出すとは、この世界に呪われるぞ!!」


 エルメルはスクリーンの中の佑樹に、そう怒声をあげる。


「お前たちのような愚物どもが独占してきたのに、それをただそうとしないような世界の呪いなんざ怖くないさ。」


 エルメルの呪詛を、佑樹は受け流す。


 そして、轟音とともにミサイルが発射される。


「目標への到達予測は3時間後。

 その間、なにもしようとしなかった自分の無能さを呪うといい。」


 エルメルたち神代ハイエルフたちへの、死刑宣告ともいえる言葉を佑樹は突きつけ、エルメルたちは屈辱と怒りの視線をモニター越しに向けるのだった。


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